最終章 3
自分の部屋に戻った。一年ぶりに戻ってきた。でも、実際は一ヶ月半くらいしか経っていないことになる。当然だが何も変わっていない。でも何か、自分の部屋じゃないような気がする。
いろいろ物をひっくり返したり、部屋にあるものにやたらに触りまくって、部屋中を指紋だらけにして回った。どうやらみんな存在していて、本物らしい。そして僕にも触れるらしい。
安心した。当たり前のことなんだけど。
携帯電話が充電したまま放置してあった。中を確認するとメールが二件と着信が……38件!?
何だこの異様な着信は、しかもみんな同じ番号だ。しかも留守電には何も入っていない。
待てよ。
確か去年から、甲高い女の子の声でいたずら電話がかかってきてなかったか?たしか最初にかかってきたのが夏休み……。
そこで僕は、湖で過ごした夏を思い出した。ミカちゃんがやってきて、たしか僕はケータイの番号を教えたはずだ……。
そうか、そういうことだったんだ。
僕は一瞬迷ったが、その番号にかけてみることにした。心臓が高鳴った。今度は気がするんじゃなくて、本当に心臓が脈打ってるのが感じられる。生き返ったからな!
……残念ながら話し中だ。メールも打てるが、しばらくほっとくことにする。
メールはオンラインゲームのリーダーからだった。どうして最近来ないんだ、と書いてあったので「車にはねられて入院してました」と返信したら「マジですか!?」と速攻で返事が来た。「今日砦を攻略します」とも書いてあった、一瞬何だっけと思った。操作手順を一度確認したほうがいいなと思った。MACを起動する、ああ、なつかしい音がする。
デスクトップが表示されたとたん、画面のど真ん中に「名称未設定」というフォルダがあるのに気がついた。もちろんそんなファイルを作った覚えなんてない。
なにげなくクリックすると、アップルワークス(あんまり使わない)が起動した。
『ご生還おめでとうございます。今後は車に気をつけるんだね』
という文字が。妙に大きなフォントで映し出された。
息をのんだ。本当に。誰が書きこんだかはすぐにわかった。
幸平だ。
どうしてMACの使いかたを知ってるんだろう?教えた覚えはないのに。
ファイルの作成日時を確認する。日付は一週間前だった。
幸平が、ここに来たんだ。
あの湖は、ユーレイ体験は、みんなほんとに起きたことだったんだ。
桜を見たときと同じような感動が僕を襲った。また涙が出てきた。しばらく机につっぷしていた。
そのうちはっとして部屋を見回した。だれもいない。でも、もしかしたら、見えないだけで幸平がそこにいるのかもしれない。にやにやと笑いながらこっちを見ているのかもしれない。
だってあいつは、どこにだって行けるだろ?透明な壁を打ち砕いて。
そのあとずっと誰かに見られているような気がして落ち着かなかった。
他にもファイルがないか探してみたが、ないようだった。まあ、パソコン嫌いそうだったし、そんな複雑なことはできないんだろうな。
今日はとりあえず眠ろう。もうゲームする気になれない。
ベッドに横になった。いつかユーレイとしてみた、生きている自分の醜い姿を思い出した。一気に気分が悪くなったが、眠れなかったので転がってシーツの感触を楽しんだり、枕を投げて遊んだりしていた。 全部僕のものだ!
自然に口から笑い声が漏れた。なにもかもおかしくてしょうがなかった。
物に触れるってことに感動していただけだけど、傍から見たら狂っているように見えたかもしれない。
午前三時、眠る気が全く起きないので、ゲームにはあいさつ程度に顔を出して、すぐに別なことを調べ始めた。
湖の街の名前を入れたらすぐに引っかかった。でも、サイトのつくりが雑なんだよ。スダの親父が作ったんじゃないかと思うくらい。僕のほうがぜったいいいものを作れるし人も集められる。断言してもいい。北海道の中央より東、湖が観光資源。遊覧船の写真もあった。懐かしい。残念ながら知っている人の情報は得られない。というか、せっかく知らない町にずっといたのに、ちゃんと見て回ったりしなかったな。今さら遅いけど。
それから、サミが乗っていた船の事故とか、梶村さんとか藤沢幸平の名前とか、葛西アイカとか、探してみたけど、似たような名前の別人しか見つからなかった。
ふと思いついて。二宮由希の公式サイトを見た。もちろん幸平のことは載っていなかった。でも、ウィキペディアの文章に気になるところがあった。
『身内や友人に自殺者が多く、本人も学生時代から情緒不安定で奇行が目立ち、自殺するのではないかと関係者はずっと懸念していた』
前からよく聞く話では、舞台裏では一言もしゃべらずにうつむいていることが多く、コミュニケーションに問題があるんだそうだ。演技力だけでもってるという人もいる。テレビで見るあの笑顔からは想像ができない。
そんなうわさがあっても、本人の人気には何の影響もない。それどころか、精神病系の暗い人からは女神扱いされていたりするんだ。それがそのままあのカルト的な人気につながっている。
世の中はわからないもんだ。
目が疲れてきた。目の周りの筋肉が固まってきているのがわかる。パソコンの電源を落とした。これは慣れるのに何日かかかるなと思った。前は24時間ぶっ続けでも平気だったのに。それに、いろいろ考えることがありすぎて集中できない。湖のことを思い出そうとすると、今街の存在を確かめたばかりなのに、やっぱり夢だったような気がする。
でも、夢じゃない。幸平のメッセージが残ってる。
そう自分に言い聞かせた。
明日は学校に行かないと。少しは寝たほうがいいんだろう。新年度早々一か月以上も休んでる。