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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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最終章 2

 五月中旬の退院予定日は延期になってしまった。階段から転げ落ちて、治りかけてた足がまた折れてしまったのだ。母親が飛んできてさんざん怒られた。

「あんた、いったいどこへ行くつもりだったの?」

「いや、売店に行こうと思っただけだって」

「エレベーター使いなさいって言ったでしょう!?ほんとにバカなんだから」

「バカとはなんだバカとは!!……階段くらい大丈夫だと思ったんだけどなあ」

 実は、ユーレイだったときの癖が抜けなくて、階段のところでそのまますーっと空中を移動できるような気がした。それで、重力のまま落っこちたというわけだった。でも、そんなこと説明してもわからないだろう。それより、落ちた時の痛みがあまりにも強烈で、しばらく生きた心地がしなかった。もちろん死んだ気もしないけど。

 他にも、ドアに正面衝突したり(言いわけだけどさ、前はすり抜けられたんだ!)ベッドから浮かびあがろうとしてそのまま横に墜落したりした。歩く時もどうも体の動かし方を忘れたみたいで、足がギクシャクして上手く動かない。平衡感覚がおかしくなっているのかもしれないと言われて、また変な検査を受けさせられたが、もちろん異常なんてあるわけもない。

 あと、窓から身を乗り出して、飛び降り自殺と勘違いされた(実際もう少しで落ちるところだった)前は窓から外に飛んで行けたのになあと思ったが、そんなこと言ったら本当に精神科に送られると思って、黙っていた。そしたら落ち込んでいると思われて「6月には高校に戻れるから、遅れた分もとりもどせるよ、大丈夫」と知らない人になぐさめられた。学校のことなんてそれまですっかり忘れていた。

 僕は知らないうちに高校三年生になっているらしい。

 骨折だけだから退院させろと何度も言ったが、そんな奇行のせいか、まだ検査したいことがあるとか何とか医者が承知してくれなかった。


「やっぱ神経のほうにも診てもらえ。ついでに精神にも行って来い」

 ヤブ医者(父)がやってきてそんなことを言いだした。親でも言っていいことと悪いことがあるぞ!

「全然正常。そんな心配ないって、見てわかんないの?医者のくせにさぁ」

「おまえがそういう話し方をするから余計にこっちが心配になるんだ」

「話し方?変?」

「何かが憑いている……」父の後ろでバカ幸子がぼやいた。

 それはお前だ!

「妙に明るいじゃないか。目を覚ましたと思ったらえらいハイテンションでにこにこと笑って」

「それじゃ前は暗かったみたいじゃないか」

「暗かった」父が即答した「パソコン以外のことをしてるのを最近見たことがない」

「あっそ。それは暗いね」

 僕はてきとうに答えた。今どき誰だって画面に向かう時間は長いはずだろう?父の世代はまだアナログなのかもしれない、思考が。

 そこで突然思い出した。ユーレイだったときに親父が言っていた。

『俺は時代についていけなかった』

「親父って何年生まれ?」

「は?」

「高校の時って、80年代とか?」

「80年代だ」親父が遠くを見るような目で窓の外を見た「それがどうかしたか?」

「何でもない」

 よく考えたら、父とまともに会話したことが、これまで一度もなかったような気がする。

 幸平が生きていたら、これくらいの年になっていたはずだ。

 もしかしたら、普段考えていることはそんなに変わらないのか?僕らと。



 結局、退院できたのは5月の終わりごろだった。ただの骨折なのに!!

 退院の日、母親と一緒に病院から出た。晴れていた。光が、風が、ほこりっぽい道路の匂いが、いっぺんに僕の体に襲いかかってくる。思わず出口で立ち止まった。

「どうしたの?」

 母が怪訝そうな顔をした。

「何でもない」

歩きだす。まだ歩く感触にも慣れてない。なにもかも刺激的だった。空は青く。道を歩く人の顔がいちいちはっきりと見えた。歩道橋が見える。登ってみたかったが母が今日は急いでいるので、あとで一人で来ることにする。

 通り道に桜が咲いていた。釧路は桜が遅い。でも今頃までまだ咲いてるなんて。

「他の木はみんな散ってるのに、ここだけおととい咲いたのよ」母が花を見上げながらぼやいた「綺麗だけど不思議」

 花びらが飛んでくる。かすかに花のにおいがする。

 いい風だ!

 僕は生きてるぞ!生き返ったぞ!

「あらやだ、どうしたの」

 母の声で我に返った。僕は泣いていた。こんなことは初めてだった。

「なんでもない、感動しただけ」

 服の袖で涙をふいていると、母親が深刻な顔でつぶやいた。

「……やっぱり精神科に行く?」


 ……なんでそういう話になるんだ!?



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