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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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最終章 1

 つまらない話なんだ。そのあとどうなったかっていうと、普通に、寝てた人がただ起きただけ、みたいに、釧路市内の病院で目が覚めた。

看護士に『大丈夫ですか』って聞かれたけど、最初自分に話しかけてるんだってことがわからなかった。何回も聞かれて、あ、見えるんだ、と思ったら、口が勝手に動いて「はい」って言った。それがすごく奇妙な音に聞こえたし、喉から空気が出てくる感触がして、そのあといきなり息を吸い込みすぎてせき込んだ。せきをしたときに体に力が入りすぎて全身がきしんだ気がした。

 ああ、体だ、感触がある!

 感動なんて言葉じゃ表せない、この気持ちは。

 目から涙がどわっと流れてきた。看護婦さんがあわてて『どこか痛むんですか?』と聞いてきた。でもどこも痛いわけじゃない、ただ感動してただけだ。

ああ、生きてる、僕は生きてる!

 そのあと、何かよくわからないが注射をされ、また眠ってしまい、気がつくと目の前に父と母と馬鹿サチコがそろって、似合わない神妙な顔でこちらをじっと見ていた。

 お前、車が歩道に突っ込んできてはねられたんだぞ、覚えてるか?

と父に言われたような気がする。

 僕は覚えてると答えた。そのあといろいろ話した(というか三人がすさまじい勢いで一斉にしゃべるのをぼんやりと聞いていた)けど、内容は全く覚えていない。

ただ、動かそうとした右腕がすさまじく痛かったことを覚えている。

 右腕と左足が折れていた。なんというアンバランス。

 でもそんなことどうでもいい。

 僕は生き返った!信じられないことに!それは間違いない!

でも、母にユーレイになった話なんかしたら、外科から精神科に移送されるかもしれない。両親が医療関係者だとそういうところが困る。


 生き返ったとはいえ、しばらく入院だ。歩けるようにリハビリというものもしないといけない。ベッドで横になっていると、湖のことを思い出した、梶村さんとか、そういえばフデさんは元気になったんだろうか?幸平は?サミはまた人が減ったからさみしがって、幸平をいじめてるかもしれない。

 ……でも、なぜだろう。なんだか遠い、架空の出来事のような気がしてきた。


 はねられてから、僕は二週間も意識不明だったそうだ。でも、骨折以外に何の異常もなかった。目覚めてから一通り内臓の検査とかさせられたんだけど、全く異常なし。おかげで早く退院できることになった。父はいちおうヤブ医者だけど、骨折だけでそんなに長く眠るなんてありえんなあとぼやいていた。

 もしかして、ぜんぶ夢だったのか?

 あんな湖、あんな街、存在してなかったんじゃないのか?


 そう思い始めたころ、病院のテレビをぼけーっとみていると、画面に二宮由希が大きく映った。

 思わず飛び起きてしまい、右腕がまた痛んだ。

 二宮由希は優雅な笑顔で、最近流れているという新橋五月との離婚説を否定していた。

『あの人以上に私を理解してくれる人はいないんですから』

 完璧な笑顔でそう言うと、報道陣から逃げるように建物の中に消えていった、ドアが閉まる前に、中に新橋五月がいるのがちらっと見てた。

 やっぱり幸平に似てるよな、目つきとか。

 ちゃんと生きて年取ったら、あんなふうになってたのかな。

『新橋君は、僕の通るはずだった道にそのまま収まっただけなんだ』

 だれかの声が頭の中に響いた。

『たぶん由希は未だに、新橋君の中に僕を見てるんだ』

 そう、幸平だ。幸平が生きていたらそのまま子役から俳優になって、今も二宮由希と一緒にいたかもしれないんだ。新橋五月じゃなくて、藤沢幸平が。

 ちらっと見た不機嫌そうな新橋の顔と、幸平の顔がますますダブって見えた。

 夢じゃない。僕はたしかにあの湖の上で幸平に会ったんだ。

 いや、夢なのかな?

 芸能人が夢に出てくるのはべつにおかしいことじゃない。事故で頭打ったかもしれないし、一時的に混乱しているだけかもしれないじゃないか。

 いや、でも。

 考えれば考えるほどわからなくなった。

 その日はずっとテレビを見ていた。レトロな特集を組んでいて、戦時中の、どこかの街から出征する青年たちと、日の丸を振って送る家族の映像が映った。梶村さんを思い出す。

 そしてそのあと、なつかしの60年代だかの映像が映っていた。そして、なんと、「金沢の高校生が乗った遊覧船が沈んだ事件」が映ったじゃないか。

 ぼくは画面を食い入るように見た。古臭いあの時代の船、でも、シルエットに見覚えがある。

 あの幽霊船だ!

 サミがこれに乗ってるんだ!

 画面に生徒が映るたびに顔をテレビに近付けてみたが、サミは見つからなかった。

 そのあと画面に映ったことに僕は戦慄した。

 同じ湖で、人が溺れ死ぬ事件が多発していること、おかげで今ではちょっとした心霊スポットになっていること……。

『事故で亡くなった生徒たちの亡霊が、生きている人間を水中に引きずり込むという噂です。ですが、湖底の調査を何度行っても沈んだ船も遺体も発見できず、40年以上経った今でも謎は深まるばかり』

 妙に怪談がかったナレーションを聞きながら、僕は最後にサミが言っていたことを思い出した。

『殺してしまう。今までだってそうだった』

 もしかして、サミが?

 幸平も襲われたって言ってたよな?

 もっとテレビを近くで見ようと思ったら、ベッドから落ちた。

 足と腕が痛くてうなりながらバタバタと床に転がってたせいで、看護師に見つかった。

 消灯時間が近かったのでむりやりテレビを消されてしまった。

 それにしても、どうしてこう湖に関係のあることばかりテレビに映るんだ?

 当然横になったって眠れない。事故のこととか、そういえばオンラインゲームはどうなってるんだろうとか、退院したらすぐ事情を説明してパーティに戻らないととか、急に現実的なこと(僕にとっては!)を考えた。

 でもそれよりも、だ。

 自分に体があるってことが不思議でしょうがなかったんだ。暗闇に手を突き出して手を握ったり開いたりしてみる。関節や、皮が、動いている感触がする。今までこんなこと意識したこともなかった。背中が痛いのはずっと横になっていたからなんだろう。横向きになってみたらこんどは下になっているほうの腕が強烈にしびれてきた。このまま動かなくなるんじゃないかと思った。かといってもう片方は折れてるから下になんかできないし。そういえば足も折れてたっけ、と思いだした瞬間にするどい痛みが走った。結局はもとの仰向けに戻るんだ。でも、そういう感触にいちいち反応してしまって、一睡も出来なかった。

 数日経っても、体を動かすたびにへんな感触がした。

 ほんとにこれは僕の体なのか?と思ってしまう。スダに乗り移った時みたいに。

 そういえば、スダはどうしてるんだろう?アドレスは覚えているが電話番号を聞いてなかった。ま、いいか、あのお母さんが出てきたら嫌だし、カレーにはニンジンしか入ってないし。



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