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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第二章 1

 ある木造の一軒家の前で、僕はもう長いこと立ちつくしている。家には一応粗末な表札がかかっていて、『須田』って書いてある。今僕が取り付いている(好きでこうなったんじゃないぞ!)スダの家であるらしい。

「いつまで迷ってんの?自分の家だと思ってとっとと入っちゃいなよ」

 後ろから幸平の声。そう言われても、僕にとっては他人の家なんだ。気軽に入る気にはなれない。

「何て言えばいい?入ったら」

「ただいまーって無愛想に言って、二階の自分の部屋へ直行。それがいつものパターンだよ。スダ君の」

「何でそんなこと知ってるんだよ」

「この町の家庭の事情は知り尽くしてるもん、僕。ほら早く早く!」

 僕は恐る恐る入り口の引き戸に手をかけた。鍵はかかっていなかった。どうやら軽い木材でできている戸らしいが、なぜかとても重く感じる。中を覗くと、外観からなんとなく想像してたのと同じような、暗い、板張りの廊下が見えた。その奥に階段がある。

「ただいまー」

 声がうまく出ない。廊下を歩く、と、いきなり横の戸(廊下に戸があることにそのとき初めて気がついた)がいきなり開いて、中年のオヤジが出てきた。

「お、お父さん?」

 反射的に叫んでしまった。

「お、とうさん?んー」妙に赤黒い肌のオヤジが首をかしげた「おまえにそんなご丁寧に呼ばれるのは何年ぶりかなあ、アハハハハ」

 わざとらしく笑いながら『お父さん』はもとの戸の中に引っ込んだ。

 僕は全速力で廊下を走り、階段を駆け上がった。二回にはドアがひとつあるだけだ。部屋に飛び込んで思い切りドアを閉めた。全身から冷や汗が出た。

「忘れてた」声がしたので驚いて振り返ると、部屋の窓辺に幸平が立っていた。ニヤニヤしている「親の呼び方ね、『親父』『お袋』『ばあさん』だからね。権限がないけど一応『じいさん』も存在してるよ。スダ君は家族とはあまりしゃべらないんだよね」

「もっと早く言ってくれよ!」

 息を切らしながら思った。つまり僕はこれから、他人の家族と家族しなきゃいけないってことなのか?自分の家族とだってめったに話さないのに?

 『親父』と対面したせいで、事の重大さにようやく気がついた。

「ここの親って何してる?いっつも家にいるんじゃないだろうなあ」

「いや、さっきの親父さんは公務員だよ。でもいっつも五時前には帰ってくるね」

「何で帰ってくんだよ、うっとおしいなあ……。何であんなに日に焼けてんの?」

「生まれつきじゃない?そういえば、岩本くん家はどんな家族だったの?」

「うちは平和な核家族だ!」

 そうとしか言いようがない。親は二人とも仕事が生きがいだ。めったに帰ってこない。姉貴は一応学生だけど、彼氏の影響で変なオカルト宗教にハマっている。お互いの行動には一切干渉しないのがうちのルールだ。ただ、父は姉の宗教好きが気に入らないらしく、時々注意して口論になる。たぶん今ごろいつもと変わらず、父と母は仕事して、姉はへんてこりんな祈祷と称して奇声を上げているに違いない。

 ああ、僕が死んでも、家族が悲しんでる姿なんて想像もできない。悲しまなくていいから、あの姉貴に変な供養をされるのだけは勘弁してほしい。なんせ真夜中に髪振り乱して絶叫するんだから。

 家族のことを思い出したら悲しくなるだろうと思ったら、姉が暴走族みたいな格好で祈祷して絶叫してる映像しか頭に浮かばない。現実とはこんなものなのだ。

 まさか、あの祈祷のせいでこんなアホな状況になったんじゃないだろうな?

「どうしたの、黙り込んじゃって」

「何でもない。うちのアホな家族を思い出した」

 気を取り直して、スダの部屋を物色することにした。でも机とベッドしかない。いや、本棚もあるんだけど、学校の教科書しか入ってない。本どころかマンガすら入ってない。どういう生活してるんだ?机の引き出しを開けると、使っていない新しいノートと、削られてない鉛筆、そしてシャーペンの芯(おい、肝心のシャーペン本体がないぞ!)それしか入ってない。かばんも調べたが、教科書と、手垢がついてぼろぼろになった汚いノートと、黒い布製のペンケースしか入ってない。ペンケースの中には鉛筆数本、消しゴム、鉛筆削り。

「こ、こいつ、現代の中学生の癖に三種の神器をひとつも持ってない……」

「三種の神器?冷蔵庫?」

「アホか!」幸平、頭が古すぎるぞ「パソコン、携帯、ゲームだよ!」

「ええっ?」幸平が大げさに驚いた「それ何?今ってそう言うの?」

 幸平はほっといて、押入れを開けてみた。何も入ってない。なのにかび臭い。ベッドがあるから布団はないってことだな。それにしてもこの部屋、ものがなさ過ぎるんじゃないか?学校に持っていくもの以外ほとんど置いてないじゃないか。

「ふーざけんなああああー」

 ベッドに倒れこんだ。全身に弾力を感じた。どうやら僕は生きているらしいが、ぜんぜん嬉しくない。

「これからどうやって時間つぶせばいいんだよ?」

「岩本君」

「何?」

「三種の神器さあ、あんまり必要ないような気がするんだけど」

「それは大昔の人間の発想だろ!」

「……わかったよ」幸平の声が突然不機嫌に低くなったので、僕はあわてて起き上がった「僕帰るから、がんばってね、スダ君!」

「え?おい、一人にするなって!おーい!幸平!」

 幸平はふてくされた顔で窓から飛んでいってしまった。何をいきなり怒り出したんだ?

 僕は再びベッドに倒れこむ。久しぶりのやわらかい布の感触だ。そういや今まではフデさんの家の屋根で寝てたんだっけ。感触も何もないから平気だったんだ。

 シーツを手でつかんでもんでみる。手のひら全体から布の感触がした。ひどく懐かしい。自分でも不思議なくらい、このやわらかさに安心してしまった。こんなものがありがたく感じられたことは今までなかった。



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