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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第十章 3

 湖の町に帰る。サミの船に行くと、船の甲板でサミがうずくまって下を向いていた。

「どうしたの~?」

 幸平の呼びかけに顔をあげた。今にも泣き出しそうな顔。

「字室が消えた」サミが消え入りそうな声で言った「ねえ、あんたたちも消えちゃう?」

「は?」

「そしたら私、一人ぼっちになっちゃうわ」サミが立ちあがった「もう40年以上ここにいるのよ?いつまでこんな暗い所で一人で耐えていればいいの?いつか終わるの?誰かが迎えに来るの?それともずっとこのまんま?」

 ものすごい早口だ。かなり追いつめられているんだ、精神的に。

 でも、僕はなんと答えていいかわからない。

 へたに『大丈夫だよ』なんて言っていいんだろうか?

「僕は消えたりしないよ。もう死んでるし。自分でもここにどうしているかわかんないけどさ」幸平が妙に明るいのんきな声で言った「それに、まただれか増えるかもしれないじゃない。岩本君が来たみたいにさ」

「岩本は?」サミがこっちを向いた「いなくなったりしないよね?」

「えっ?」

 僕は……生きてるから……もしかしたら……とは、言えなかった。

「ねえ?どうなの、やっぱりいなくなっちゃうの?」

 詰め寄ってきた。どうしていいかわからない。

「岩本君は生きてるからね~」

 幸平がのんきな声で言った。おいおいおいおい、ここでそれを言うか!?

「生きてる」サミがはっとしたように動きを止めた「そうか、そうよね」

 船がぐらりと揺れた。別に足ついてない(浮いてるから)のに、なぜか僕らまでぐらっと傾いた。

「じゃあ、死んだら、ずっとここにいられるの?」

 サミの目が不気味な光を放った……、と、突然湖の水が噴水のように噴き出してきた!!

「岩本君!離れて!」

 幸平の叫び声がした。僕はとっさに上空にのがれた。でも水がどこまでも這い上がって追ってくる!


「とにかく離れて!」

 幸平がすぐ横に飛んできてそう言うと、商店のほうに向かってすごいスピードで飛んで行った。

 僕もあわててあとを追う。ちらっと後ろを見たけど、暗すぎてよく見えなかった。

「僕がここに初めて来たとき、サミはあんな感じだったんだよ!」

 幸平の叫び声が聞こえた。

「は?」

「たぶん水で僕を飲み込もうとしたんだ」ようやく商店の前で幸平に追いついた「でも、相手が生きた人間じゃなくて、もう死んでるユーレイだって気付いて、やめた」

「どういうこと?」

「僕もわからないよ。でも、あんなところに何十年も一人でいたんだから。気が変になって人を襲ったって無理もないと思わない?」

「ってことは、さっきのは僕を襲ってた?」

「そうだよ」幸平が顔をしかめた「でも、またあんなふうになるなんて思ってなかった。もう大丈夫だと思ってたのに」

 商店の中に入る。フデさんは眠っていて、梶村さんはその横にじっとすわっている。

 やっぱり表情が深刻だ。

「フデさん、ずっと眠ってるんですか?」

 僕がそう聞くと、梶村さんは無言でうなずいた。

「実はさっきサミが……」

「岩本君」幸平が僕と梶村さんの間に割って入った「会わせたい人がいるんだけど」

「は?」

「今から札幌に行こう」

「はあ?」こんな時に何を言ってるんだ?「そんなことしてる場合じゃないだろうが!」

「それが、そんなことしてる場合なんだよ」幸平が真面目な顔で言った「知り合いで一人だけ、僕らが見えて、しかもまともな助言をくれそうな人がいるんだ」

「誰それ」

「うーん、顔を見たら確実にビックリすると思うよ」

 幸平がニヤニヤし始めた。

「何をこんな時に笑ってんだよ!」

「行って来い」

 梶村さんがそう言ったので僕はビックリした。表情は動かないし、こちらを向いた気配もない。

「岩本く~ん、早くして!」

 気が早い幸平は、既に窓の外に出て僕を呼んだ。

 はっきり言って気が進まない。今頃サミは一人で狂ってるんだぞ?

 近づくのは怖いけど、確実にさみしいんだろうし、悲しいんだろう。

 どうすればいいんだ?



 札幌。街の灯りがまぶしい。湖の町や釧路とは比べ物にならない。

「たしか中心からちょっと西だったと思うけど……」

 おい幸平、そんな大雑把な記憶でほんとにたどり着けるのか?

「どういう奴なの、そいつは」

「何て言うかな、かなりな難病を抱えててあまり家から出ないんだけど、頭はすごく良くて、ロボット工学をやってるんだよ。ロボット作って研究するのが仕事?よくわかんないけど」

「へえ~」

 話を聞いただけだとかなりすごい奴だ。

「でももっと驚くことがあるんだよ……クククッ」

 空中を飛びながら、幸平が怪しげな笑いを洩らした。何か企んでるな!

「幸平」僕は低い声で言った「何か悪いことを考えてるなら、いまのうちに白状しとけ」

「別にそんなこと考えてません……あ、ここ、ここの……どの部屋だったかな?」

 かなり高層の、高そうなマンションの最上階の窓をのぞく幸平。

 だれかに見えてたら完全に泥棒だな。でも、この高さまで自力で登れるやつはいないだろう。浮いている僕でさえ、下を見るとその高さにぞっとする。生きててここから落ちたら確実に死ぬな。

「岩保く~ん、います?起きてますかぁ~」

 幸平が間抜けな声で叫んだ。

 前から思ってたけど、こんな力の抜けた大声を出せるのは、この世でこいつ一人だろうな。

「外に出れないからそっちから入っておいで」

 中から、若い男の声がした。学生みたいな声だと思った。

「おじゃまします~」

 幸平がベランダの窓をすりぬけたので、後を追った。

 中には、パソコンとパソコンとパソコンと……なんだかよくわからない機械とか、基盤とか、とにかくパーツだらけだった。部屋の隅にはなんとMACの大群!!

 なんて魅力的、いや、雑然とした部屋なんだろう。

「誰かと思ったら幸平か。ひさしぶりだね」デスクのモニターの影から声がした「前に来たのって、たしか僕が大学の時だから……ずいぶん前だね」

「僕らには時間はないも同然だから」

 幸平がさびしそうな声で言った。僕は声の主を見ようとデスクに近づいて……おもいっきり驚いて天井まで飛び上がった。

 そこにいたのは、僕だった。

 正確に言うと、僕と全く同じ顔をした男だった。

 髪の色は黒いし、色つきのメガネをかけていたけど、それでも瓜二つだった。

「ドッペルゲンガー」

 もう一人の僕が、やはり驚愕の顔でつぶやいた。

「だから驚くって言ったでしょ?」幸平が僕のほうを見て、楽しそうに笑った「最初湖の上で岩本君を見たとき、岩保君が死んでユーレイになったのかと思ったんだ。だって同じ顔じゃない?まあ、雰囲気が違うな~とは思ったけどさ」

「ちょ、ちょっと待って」僕は何が何だかわからなくなってきた「こないだ釧路で自分が歩いてるのを見つけたと思ったら、こんどはそっくりな奴が別な街にいる、どうなってんだ一体……」

「この世には同じ顔が3人いるって言う」

 そっくりさんがつぶやいた。

「でもそれってたしか、会ったら死ぬんじゃなかったか?いや、待てよ?僕はもう死んでユーレイになってるから問題ないのか?でもまだ生きてるんだよな?ってことはやっぱり3月に」

「ごめん、岩本君が落ち着くまで待ってくれる?」

 人がパニックになってるのに、幸平は楽しそうにもう一人と楽しそうに何かしゃべっている。どうやら、僕に会ってからのことを説明しているらしい。でもそんなの僕は聞いてる余裕はない。

 何がどうなってるんだ?



「僕は生まれつき体が弱い。だからほとんど家の中にいる」岩保が困ったように笑った「でも、特殊技能がって」

「僕らが見えるし、他人の記憶とか思い出が読める」

 幸平がなぜか得意げに言った。おい、お前の技能じゃないだろ、それは。

「で、さっきのサミ?だっけ?女の子だけど」岩保がメガネを直しながら言った「きっとさみしがっているだけだ。それはわかるよね?どうして暴走したのかはわからないけど、たぶん悪意はないし、僕が会ってきた怪物みたいに、人を食ったりはしないと思う」

「人を食う?」

「いるんだ、そういうのも」

 僕は字室の母親を思い出した。あんなのが他にもいるのか?

「岩本君は生きている、だからいずれいなくなるかもしれない。同じように幸平や他のユーレイも消えてしまって、自分だけになってしまう、一人ぼっちになる、それが彼女の一番恐れていることじゃない?そこをなんとかしてあげればいいのさ」

 なんとかするって……。

「どうやって」

「たとえば、生き返ったら必ず戻ってくるって約束するとか」岩保が僕のほうをまっすぐ見た。真剣だ。自分そっくりの顔が真剣だとかなり怖い「岩本君はユーレイじゃなくなるけど、実態は消えるわけじゃない。生き返るだけ。だから、戻ってきてまた話すことはできるでしょ?まあ、ユーレイがその時見えてればの話だけど」

「そうすれば友達は減らないね」

 幸平が感心したように言った。

「支えてあげる人が必要だよ。可哀そうだ……」

 ひどく同情した声だ。優しい男なのか、もともとこういう話し方なのか(そういえば、幸平と岩保は雰囲気がよく似ている。おっとりというかぼんやりというか……)

「とりあえず、湖の水にのまれないように、距離を置いて呼びかけてみなよ」岩保が立ちあがった「せっかくだからここのPCいじってく?岩本君好きでしょう?このへん」

 岩保が部屋の隅のMACを指差して笑った。

 人の記憶を読むってこういうことか?それとも幸平が話したのか?



「本当はたいした病気じゃないんだよ、あの人」

帰り、真っ暗な上空を飛びながら、幸平がめんどくさそうに言った。

「ほんとはもうかかわるつもりなかったんだ。生きてる人にかかわるとろくなことがないから、でもね」

「でも何だよ?」

「岩本君は生きてるから、たぶん知り合っておくと便利だろうと思って。特殊技能は本物だし、怪奇現象にもユーレイにも詳しい。生き返ってからまた何かに遭遇したら……」

「おいおい、生き返ってまでそんなのは勘弁してくれ!……それよりサミだよ」

「そうだね」前を飛ぶ幸平の背中からかすかに声が聞こえた「でも、一人でも知り合いが多いほうがいいんだ。僕らユーレイは永遠に孤独だから」

 それからは二人とも、無言で空中を飛んだ。サミに呼びかける言葉を探しながら。

でもいい言葉なんてちっとも浮かばなかった。

 こちらは本気で心配だ。でもそれをどう伝えていいかわからない。

 生きてても死んでても同じだ。人の心はなんて難しいんだろう?



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