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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第十章 2

 「でもどういうことなんだろう?」

 次の日、また幸平と二人で釧路に向かう上空で(今回はJRには乗らないぞ!)どうしても解けない疑問に直面していた。

「事故に会った瞬間にタイムスリップしたってこと?」

「そうなのかなあ~」前方の背中から力の抜けた声がした、かなりのスピードで飛んでいるのに幸平はやっぱりのんきだ「全然わかんないよ。何度も言うようにさ、僕らに起こっていることに理由なんてないよ」

 幸平がスピードを落としてこちらを向いた。急に顔つきが大人びて見えたのでびっくりした。

「なんなら、事故に会う前に止められるよ。事故の日は朝から生きている岩本君にはりついてさ、事故現場に行けないように何か起こせばいいんだからさ、アッハハ~」

 おい、いったい僕に何をする気だ?笑い方が怖すぎるぞ。

「事故が起きたら、僕は戻れる?」

「じゃないかと思うんだけど、もしかしたらほんとに死ぬかも。その日になってみないとわかんないよ」

「ホントに死ぬ……」

「字室君みたいにさ」幸平がまた顔を前に向けてスピードを上げた「普通に死んだ人と同じように、存在が消える。ユーレイでいるよりずっといいよ」

 ホントに死ぬ……。

 ユーレイになって上空を飛びながら考えるようなことじゃないけど……ホントに消える、それはどういう状態なんだ?いや、そもそも状態なんてものがなくなるってことか?

 本当に無になるってことか?

 無って何だ?

 完全に僕の理解を超えてる。

 怖くなってきた。

「岩本君、まだ日にちがあるよ。あまり思い詰めないほうがいいよ」

「そう言われてもなあ~」

「それよりさ」幸平が空中で止まってにっこりと笑った「どうして僕ら、海の上を飛んでるのかな?釧路まで行くのに海を渡る必要はないよね?」

「えっ」

 足元を見ると……青黒い海が広がっていた、はるか後方に陸(らしき影)が見える。

「……何やってんだお前は!道間違う以前の問題だろ!!!」

「岩本君だって気がつかなかったくせに~!!」

「うるせー!!!」

 二人のユーレイはお互いに罪をなすりつけながら陸に向かった……。


 ケンカをしながらなんとか釧路にたどり着いたのはいいけど、またあのバカ姉が祈祷をしているせいで、幸平が家に近付けない。僕は一人で部屋に入った。まだ『生きている僕』は帰ってきていない。いまのうちにMACをいじろうと思ったが、僕は物に触れない。あきらめて居間に戻ると、めずらしくうちの夫婦二人がのんきにテレビを見ているじゃないか!

 びっくりして思わず後退したけど、よく考えたら僕の姿は見えていないのだ。

 親の前で手をひらひらさせてみたり、大声をあげてみたりしたけど、全く気付いてくれない。

 親子のつながりなんてはかないものだ。

 でも、多忙な医者ヤブだけどのくせに、なんで二人揃って家にいるんだ?

「あの奇声はなんとかならないのか」

「どうにもなりませんよ」

 父親の質問に母親が即答……って、少しは何とかしようとしろよ!親なんだから。

「祐一は?」

「毎日怒鳴ってるけど。でもやめる気配はすこしもない」

「はぁ~」ヤブ医者がため息をついた「少しは俺に似た静かな人間になってほしいもんだ」

「何を言ってんだ」

「何を言ってるの」母が僕と同時に声をあげたのでびっくりした「あなたのどこが静かなんですか。テレビを見始めたと思ったらあの芸人の服は変だのあいつは最近キレがないだの、ずっとしゃべりっぱなしじゃないですか。おかげでテレビの音声が聞こえないでしょ」

「まあまあ、静かにテレビを見ようじゃないか」

「だからそう言ってるじゃない」

「まあまあ~」

 アホな夫婦が黙ってテレビを見始めた……が、すぐにまたヤブ医者が口を開く。母が止める。しばらく黙っている。

 でもやっぱりしばらくするとおしゃべりが再開する。

 こんなパターンが自分の親にあったとは、知らなかった。

 そういえば、前にこの二人と一緒に何か話したのはいつだったろう?

 思い出せない。

「祐一はどこいった?」

 ヤブ医者がぼそっと呟いた。自分の名前が出てきたので少しのけぞった。

「部屋でネットでもやってるんじゃないですか」母親があきれたように言った「少しは外に出るとか、部活をやるとか、活動してくれればいいのに、学校から直帰で部屋にこもってるなんて」

 そういえば、ネットゲームばかりやるなって注意された記憶がある。無視したけど。

「まあいいさ。あいつらの世代は、俺たちと同じようには生きられんよ」ヤブ医者がテレビの画面を見つめながら、うわごとのように言った「俺らの時代はまだ、のんびりと生きてればそれなりになんとかなったかもしれないが、最近の世の中の変わり方は、早いよ。俺たちの十倍、いや、もっと早い。二十年前に今の日本や世界をこんなふうに想像できたやつはいないだろう。インターネットなんて言葉もなかったんだからな。

 俺らみたいに、ただ学校を出て、部活やって、就職して、なんてふうには、今の子たちは生きられんよ。そんなのんびりした古い生活してる奴は間違いなく淘汰されて消えていく、これは断言してもいい。俺は祐一にはそうなってほしくない。時代についていくためにネットゲームが必要なら全然構わん。あいつらにはあいつらのスピードがある」

 僕はビックリした。このいつもバカそうなしゃべり方をする父が、こんなことを考えていたとは。

「あなたらしくない真面目な意見ね」

 母親もテレビ画面を見つめたままつぶやいた。画面では芸人が何かコントらしきものを披露しているが、全然おもしろくない。

「俺は時代についていけなかったからな」

 ヤブ医者が独り言のように呟いた。

「サチコはこれからどうするのかしらね」母が言った「大学を休学してるけど、まさかこのままやめたりはしないでしょうね?」

「それは本人しか決められんよ」

 父が興味なさそうに言った。

 僕はしばらくその場で両親を見つめていたが、もうしゃべりだす気配がなかったので、外に出た。


 父親がこういう考えを持っていた。

 そんなこと聞いたことがなかった。


 僕は生きていたころ、両親の何を見ていたんだろうか?


 外に出ると、幸平がちょうど上空から降りてきたところだった。

「綺麗だね、橋のあたり」機嫌がよさそうだ「あれが幣舞橋なのかな?サミに見せたいね。金沢とは違うだろうけど。でも僕らカメラ持ってないからね」

 そういえば、サミが前に故郷の川の話をしていた。

 きっと帰りたいだろうに、なぜかあの湖に縛られている。

「今度スダにでも借りるか?持ってるかわかんないけど」

「そうしよう」

 僕らは帰ることにした。すっかり暗くなっていた。

 上空から街の灯りが見える。橋に沿って光る街灯。車。

 こんな景色、本当は見るはずじゃなかった。


 やっぱり僕は生き返って、地上から街の景色を見たい。

 ちゃんと肺で呼吸して、自分の足で歩きながら。



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