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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良


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第十章 1

「マジ!マジで!?」そばかすだらけのぶさいくな男が驚いている「生きてんの?」

「しかも目の前を普通に通り過ぎてった」僕は出来るだけ神妙な顔で言った「自分が」

「ええ~」

 スダが興奮したのか何なのか、ベッドの上でバタバタ暴れながら大笑いを始めた。

「笑い事じゃない」

 僕は冷めた顔をしたが、内心自分もおかしくて笑いそうだった。

 何が何だかわからないが、とにかく僕は生きている!

「じゃあさー、生き返れたらまず俺にメールしてよ。アドレス覚えて」

「何で?」

「何でって何だよ。そのほうが楽しいって!あ、それよりまずさ、俺に会いに来てよ。実際に生きてる岩本が見たい」

 ……なんで生き返ってまでこの町に来なきゃならんのだ!?


 おバカのスダはほっといて商店に帰ると、真昼間なのにフデさんが布団で寝ていた。

 昨日の夜あたりから調子が悪そうだった。今日確か病院に行ってたはずだが。

「ついていったんだけどさ、あんまりよくないみたい」枕元に幸平が座りこんでいた「重い病気ではないみたいなんだけど」

「風邪?」

「血圧が高いって」

 幸平が座っているのとは反対側の枕元に、梶村さんが座り込んでいた。フデさんの顔をのぞきこんで、難しい顔をして黙っている。

「血圧?それだけ?」

「まあ、お年寄りだし、前にも血管の手術してるよね?」

 幸平が梶村さんのほうを見たけど、梶村さんはまったく何も答えなかった。表情が暗い。

 フデさん本人は、普通に、ただすやすやと寝息を立てているだけのように見える。


「そんなに時間が経っていたのね……人間が一人寿命を終えるほどに」

 サミが月を見上げてしんみりとつぶやいた。

「フデさんはまだ死んでない」

「でももうかなりお年を召しているのでしょう?戦争中にもう大人だったのだから、今は……80歳以上よね」

 ……まあ、夫が軍服なんか着てるくらいだからね……と僕はつぶやきそうになったけど、やめた。

 梶村さんの死後、つまり戦後、フデさんが過ごした60数年の膨大な時間は、いったい何だったんだろう?

 子供は2人いるみたいだけど、今は一人きりだし。

 そばに夫のユーレイがいるのに、見えてないし。

「みんな変わっていくのに、私はずっとこの船と一緒に湖にいる」サミが白い月を見上げたまま言った「フデさんが死んだら、梶村さんってどうなるのかしら」

「どうなるって?」

「一緒に成仏できるのかしら、それとも、一人だけ取り残されるんじゃないかしら。私は心配だわ」

「取り残されるって……とにかく」僕はむきになって言った、あまり考えたくなかったから「フデさんはまだ死んでない」

「いずれ死ぬわよ。お年寄りでしょう」サミがこっちをにらむように見た「若くても死ぬ時は死ぬのだから。幸平や字室や私みたいに」

 どうも機嫌が悪いみたいだ。字室がいなくなってからずっとこんな感じだ。笑わなくなって、ときどき人のことをキッと怖い顔でにらむ。

 僕はサミから目をそらして湖の向こうを見る……といっても、真っ暗で何も見えない。山も見えないし、月以外に星も出ていないし、町の灯りもはるか彼方にかすかに点々と見えるだけだ。

 いじけても無理ないよな。こんな真っ暗なところで、何十年も一人っきりでいたんだから。



「ミカちゃんのお母さんもだいぶ年だからね。遅くに出来た子だって言ってたしね」商店の屋根の上で幸平が寝転がっていた「あのお父さんだって60近いんじゃない?死んだって、だれも驚かないだろうね。ましてやフデさんは……」

「人を勝手に殺すな」

 サミといい幸平といい、もうフデさんは死ぬものと決め付けているように見える。

「2、3日寝てれば治るかもしれない」

「そうかなあ……もしそうだったら、梶村さんがあんな顔で黙るかな」

「どういう意味?」

 幸平が起き上がってこっちを向いた。

「梶村さんって、人の生死がわかるじゃない?こないだ来た友達……何て言ったっけ?ま、いいや、あの人が死んだ時もさ『もう助からない』って言ってたじゃない」

 確かに、谷川が死んだ時そう言っていた。

 僕はそれを、この目で見た。

「きのうからずーっと黙り込んでるんだよ?聞いても何も返事しないし。だから僕は思ったんだ。もしかしたら、梶村さんには、もうフデさんが助からないってことがわかってるのかもしれないって。でも、相手はフデさんでしょ?最愛の妻じゃない?口に出したくないんじゃない?『もう死ぬ』なんて」

「そうだけど……」

 確かに、梶村さんの様子を見ているとそういう感じがするけど、でも僕は、もう少しフデさんには生きていてほしいと思った。

 別に世話になったわけじゃないし、商店に勝手に出入りしてるからでもない。

 ただ、そう思うだけだ。



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