第九章 4
茫然としたまま、僕は階段を上った。自分の部屋に行くためだ。
たぶん生きている『岩本祐一』はまだ眠っている。そして、数ヵ月後に自分が車にはねられてユーレイになるなんて夢にも思ってない。
だれがそんなこと予想できる?
部屋に戻った。
間抜けな顔で寝てる男をじっと見た。
……醜いな。
そう思った。
僕は今まで、自分はどちらかというと、いや、かなり、かっこいいほうだと思ってた。
太ってもいないしがりがりでもないし、スダみたいな救いようのない不細工でもない。
でも、今目の前で、自分の姿を見ていると、どうにも……気持ち悪い。
「何やってんの、すごく嫌そうな顔してるけど」
幸平が閉じたままのドアから上半身だけ、生えたようにぬっと出てきてこっちを見た。
……ああ、ユーレイにしかできないよな、そんな芸当。
「なんか、醜いと思って」
「は?」幸平が耳に手を当てて『聞こえない』というジェスチャーをした「何?」
「自分がすごく醜く見える」僕は正直に言った「なんだよ、この間抜け面で寝てるのは。ユーレイが二人も覗きこんでるのに気付きもしない」
「別に醜くはないと思うけど」幸平が言った「かっこよくないことは確かだね」
……なんか、針で突っつかれたような気分だ。やっぱり僕は自分をかっこいいと思っていたい。
「こんな風に自分を外から見たことなんてなかったから」
「だろうねー。僕が初めて自分を見たときは、血まみれだったし死んでたしそれに……」
「その話やめて」一瞬、血まみれの幸平のイメージが浮かんだのであわてて止めた「パソコンなしでこんなに長い間過ごしたこともなかった」
「いつから使ってるの」
「パソコン?生まれた時から使ってたよ。それこそ『物心ついたときから』って感じ」
「信じられない」
「平成生まれだから」
「あっそ」幸平が拗ねたような顔をした「僕とりあえず町に戻るよ。梶村さんに報告したいし、最近サミにも会ってないから、きっと寂しがってるよ」
「そうだね」
字室がいなくなったあと一度サミのところに行ったが、ショックを受けていたのかほとんど話しができないみたいだった。
「僕も帰る」
「だめだって!岩本君はここにいないと」
「いたって戻れるわけじゃない」
「試してみれば」幸平が全身をドアから出した「体に入れるかもよ、ちょうどいま寝てるし」
少し迷ったけど、思い切って寝ている自分に近づいて、思い切って飛び込んでみた……自分に向かって。
……見事にすり抜けて、ベッドの下に落ちた。
「いわもとくーん?」
幸平の間抜けな声が響いた。
「ベッドの下に落ちただけだ!」僕はベッドの下に倒れたまま叫んだ「やっぱ無理なんだって!帰る!」
「はいはい、帰るのね。帰ろうね。でももう終電は行っちゃった……」
「飛んで帰ればいいだろうが!!」
「いちいち怒らないでってば!!」
言い合いをしながら外に飛び出した……が、真っ暗で、どちらへ行けばいいのかさっぱりわからない。
駅に戻って、線路をたどることにしたが、どこがなんだかわからなくて、さんざん迷った。
それでもなんとか湖の街にたどり着けたが、次の日の夕方までかかって、しかも、一日中言い合いをしたのでひどく疲れていた。