第九章 2
『長い間の乗車お疲れ様でした。3分で釧路、釧路です。お手回り品、お忘れ物のないよう、お支度してお待ちください。降り口、右側、一番線路到着です。お降りの際、足もとにご注意ください……』
「とうとう着いたね」また幸平がわくわくした声で言った「緊張してる?」
「まーね」
幸平のはしゃぎようを見てるうちに、こっちは気分が冷めてきた。
妙にどうでもいい気分だ。
窓の外にうつる景色も、生まれ育った街なのに、どうもよそよそしい。
それでも、歩道橋が見えた時には胸が高鳴った。
よく上で考え事をしていたから。
おかしいよな、死んでるから体ないのに、胸が高鳴るなんてさ。
「駅の周りに高い建物がない」
「どうせさびれた地方都市だよ」
「札幌だって地方都市だよ」幸平が駅前を見回している。ほとんど人がいない「でも、こっちのほうがいいな。札幌はやっぱ人が多すぎるよ」
「ここは少なすぎるけどな!」
「また怒ってる」
「怒ってない」
「せっかく生まれ故郷に帰ってきたのに何さ、その顔は」
「生まれ故郷って……」
そうだ、ここは僕が生まれてから車に轢かれて死ぬまで、ずっと住んでいた場所のはずだ。
なのにどうしてだろう?
「なんか、頭がぼんやりするんだよな……」
きっと人が少ないせいだ、だから街に現実味がないんだ。
気がつくと僕は空中を飛んでいた。
「岩本君!どこ行くの!?」
歩道橋の上から、街を見渡す。
そうだ、生きているころもここでこうやって街を見てた。
「こうして見るとさ、ますます高い建物がない。フラットだね」いつのまにか幸平が隣にいた「ぼく、ここに住みたかったなあ」
「どうしてお前は高い建物にこだわるんだよ」
「高層ビルが大嫌いだから」
「なんで?」
「わかんない。文明の象徴だから?」
「いつの時代だよそれは」僕は右側を指差した「僕の家はあっちだ」
「一軒家?マンション?」
「あのへんにマンションは存在してない」
「早く行こうよ」
「……やっぱり駅前を歩いてからにしよう」
僕はふたたび駅に向かって飛んだ。
「ちょっと!岩本君!そういうのダメだって!」
後ろから幸平の叫び声が聞こえた。一人で来るんだった。強烈にウザいぞ。
「そんなことしたらやっぱり帰るとか言い出すって絶対!!」
「お前さっきからうるさいんだよ!少しは黙っててくれ!」
「だからなんで怒ってるのさ……!」
駅の前に着陸しようとしたとき、幸平の声が消えた。
ふりかえると、目をものすごい大きさに見開いて、口を大きく開けていた。うわあ、アホ面だ!
「何の真似?」
「あ……あ」幸平の開いた口から変な声が漏れた「あれ、あれ!!!」
「あれって何?」
僕は後ろを振り向いた。
駅に向かって、一人の学生が歩いていた。
茶色い髪に、真冬なのにコートも着ないでブレザーのまま、ケータイをいじりながら早足で歩いている。顔は果てしなく無愛想だが、そこそこかっこいい顔だ。
僕はそいつに見覚えがあった。いや、よく知っていた。世界のだれよりもそいつを知っている自信がある。
奴が持っているケータイには容量いっぱいにアプリが入っていて、そのほとんどはRPGだ。
奴はMAC以外のパソコンを使わない。Windowsなんて認めない。
これから家に帰って新しいアプリを自分で開発する気だ。ただしその気があるだけで実行はせず、オンラインゲームに一直線だ。
奴には奇怪な姉と、医療関係者の父母がいる。
今、目の前を歩いている高校生。
それは、僕だった。
まぎれもなく、他の誰でもない、岩本祐一だった。
あまりのことに茫然と突っ立っていると、幸平が目の前に回り込んできた。
「追いかけよう!」
幸平が『岩本祐一』の後を追い始めた。
僕はそれでも動けなかった。
今、目の前を通り過ぎた奴は、確実に、僕だ。岩本祐一だ。
死んだわけでも、病院で昏睡状態でもなく、普通に街を歩いてた。
でも、それじゃあ、今ここにいる僕は何だ?
「岩本くんってば!!」
はるか向こうから幸平の声がした。見ると、駅に入ろうとしている自分が見えた。
そう、ここから電車に乗って、20分もすれば家に到着する。
動くしかない。駅のほうへ向かって飛び始める。でも何かがひっかかる。
「やっぱり生きたんだね!」幸平が興奮気味に叫んだ「でもなんで起きて活動してるんだろう?魂抜けてるようには見えないよね」
「そっくりの別人かもな」
「まさか」
もちろん僕にはわかってた、目の前を歩いているのは自分に間違いないと。
でも、それじゃ今ここにいる僕は……。
「岩本君!立ち止まらないで!」
気がつくと、もう一人の僕と幸平が、改札の向こうにいた。
僕は、何か、裁きの門でもくぐるような気持ちで、改札を抜けた。




