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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第一章 4

 明け方、商店の屋根の上でぼんやり朝焼けを眺めた。隣の幸平は眠っている。ユーレイも眠らないといけないということに僕は未だに納得できずにいる。だって脳ないだろ?眠る必要があるのか?死んでるのに。おかしいだろうが。

 でも、眠気は確実に襲ってくるんだ。サミにつきあっていつも徹夜するはめになる。幸平は明け方の数時間と、午後三時ごろに眠っているらしい(が、昼間眠っている幸平を見たことがない、きっと住民のプライバシーを暴くのが楽しくて寝る暇もないんだろうよ!)僕も明け方に眠りたいのだが、眠気が強い割によく寝付けない。

 幸平をゆすって起こそうとしたが、寝ているくせにさっと僕の手をかわして、そのまま寝返りをうってそっぽを向いた。どういう神経をしてるんだ?(いや、もう死んでるから神経がないのか)大声を出してもぜんぜん起きる気配がない。起こすのはあきらめて一人で湖へ飛んでいくことにした。

 僕は毎日、自分が初めてこの町で目覚めた地点、湖の真ん中の上空へ向かう。そこに行けば元に戻れるんじゃないかと考えたのだけど、当然のように何も起こらない。

 暇つぶしに湖にもぐる。服が濡れる心配はない。ただ冷たいと感じるだけ。湖の底が見えるが、すごく汚い。ヘドロのようなものが渦を巻いている。ところどころに空き缶や弁当ガラが散らばっている。観光客が捨てたものだろうな。そして、どう調理しても食べられなさそうなぶさいくな魚が二匹。

 気味が悪いのですぐに空中に飛び出した。全身を覆っていた冷たさが瞬時に消えた。空気や水の温度がそのまま体感温度になっているらしい。変温動物になった気分だ。人間だったら体温ってものがあるし、湖から出ても水に濡れているからまだ寒いはずだ。

 もしかしたら、死んだんじゃなくて、別な生物に変化してしまっただけかもしれない。

 でも、誰の目にも見えない生物なんてありか?


 幸平の案内で、町の図書館まで行くことになった。小さい町にしては立派な建物だ。おそらく新築なんだろうな。きれいだけどこれといって特徴がない、同じような建物が北海道じゅうにありそうだ。

 中に入ると、幸平はすぐ奥のほうへ飛んでいった。あわてて追いかける。中にはほとんど人がいない。午前中だからか?やっと見つけたと思っためがねをかけたおばさんは、僕が呼んでいる本の前に手をかざして邪魔しても気がつかない。黙々と文字を目で追っていた。

 やっぱり僕の姿は見えないんだな。悲しくなってくる。

 やっと追いついた幸平は、いちばん奥の、新聞の縮刷版がずらりと並んでいる本棚の前にいた。

「幸平」

「なに?」

「幸平は辛くないの?こういう状態で長いことすごして」

「慣れちゃった」まったく表情を変えずに幸平が言った「もともと人と一緒にいたいと思うタイプじゃないからね。一人でいるのが好きっていうのかな?」

 幸平がさらに奥へすーっと平行移動していった。あわてて追いかける。

「なあ、ここで何する気?人間観察?」

「何言ってんの?図書館なんだから本読むに決まってる」

「だってものに触れないだろうが」

「ああ、言ってなかったっけ」幸平が周りを見回した「誰もいないね?」

 幸平が暗い色彩の本棚に向かって立つ。

 と、棚の真ん中から、ぶ厚い本が飛び出してきた!

「うわっ!」

 本は幸平の目の前に浮かんだまま開いた。ぱらぱらとページがめくれる音がする。

「驚いた?僕の特殊技能」

 幸平はそう言いながらめくれていくページを見つめていた。本に気をとられて、僕が驚いているかどうかはどうでもいいみたいに見える。

「ずげえ!」

 僕は自分の目が信じられなかった。でも本は実際に浮かんでいる。しかも幸平はまったく手を動かしていない。幸平の手は両側にさがったままだ、目だけが忙しそうに文字を追って動いている。

「どうやんの?どうやんの?それ」

「残念だけど僕だけだと思うよ、できるの。字室君はものには触れないけど人を殴れる。サミは船をあやつれるけどものは触れない。梶村さんもダメ」

 納得がいかないので、しばらく向きになって手で本を触ろうとしたり(ことごとくすり抜けた)じーっとぶ厚い本だらけの本棚を睨んだりしてみたが、無駄だった。

 がっかりだ。

「あのさ、見たい本あったら僕に言ったほうが早いと思うよ」

 幸平は冷たくそう言い放つと、別の本棚のほうへ移動していった。


 それからしばらく『特殊技能探し』と称して、いろいろ試してみた。

 手で触れないなら足はどうかと思って岩を蹴ってみたがみごとに空振りだった。それから、湖のほとりでキャッチボールをしている子供を見かけたので、ボールをじっと目で追って、動かせないかなあと思ったがこれもダメだ。人の考えが読めないかなあと思いついて、フデさんをじーっと観察していたら、梶村さんに不振がられて銃を向けられたあげく「お前は今流行のストオカアか?」と言われた。おばあさんなんかストーカーしないって!

 そのうち、あきらめた。無気力状態に陥ってしまった。

 どうせもう人生終わってるじゃないか。やる気なんて出ようはずがない。何かをする必要もない、誰も期待していない、誰にも僕の存在は見えない。

 そんな感じで数日間どん底にいた。そのうち立ち直りそうになると、また暇になって、余計なことをやりたくなる。

 そんな状態で迎えたある日、昼になって現れた幸平がどこかに飛んでいくのが見えたので、ついていくことにした。

 こっそりあとをつけていく予定だったのに、すぐばれてしまった。

「岩本君のほうが年上なんだろうけど、ここでは僕のほうがベテランなんだからね」

 永遠の十四歳が無表情でそう言った。あれ、はしゃいでバカにしてくると思ってたのに、起源が悪いのか?

 二人で町の上空を飛ぶ。一応今は春だけど、まだまだ気温が低い。体がないから、寒い夜に野外にいてもぜんぜん風邪ひいたりしないんだけど、寒さは感じるから不愉快だ。

「今日寒いな。日が照ってるのに」

 そうつぶやいたら、前を飛んでいた幸平がいきなり止まって振り返った。

「へ?」なんだか驚いたような顔をしている「今、寒いって言った?」

「言ったけど何?」

「岩本君、今、寒いの?気温感じるの?」

「感じるけど何?」

「僕は感じない。ほかの三人も温度なんてわからないよ。真冬でも屋根の上で寝てるんだから」

「そうなの?」

「そうだよ!」幸平が興奮気味に叫んだ「岩本君、あるじゃん!特殊技能!温度を感じるなんていいなあ、生きてるみたいだ。やっぱり梶村さんが言ったとおり、まだどこかで本当に生きているのかもしれないよ」

 幸平はこの発見で急に機嫌がよくなったらしく、妙な鼻歌を歌いながら機嫌よく空を飛びはじめたが、僕はあまりうれしくなかった。温度を感じたから何だってんだ!寒いだけじゃないか!ものを動かすとか人の考えを読むとか、もっとかっこいい能力がほしかった。

 幸平のあとを追ってたどり着いたのは町の中学校だった。

 三階の窓から中を覗く。ガクランとセーラー服がたくさんいる。

「なかなか面白いよ、観察してると。たとえばね……」

 幸平が窓際の女の子に近寄った。もちろんこの女の子にも、ほかの生徒にもぼくらは見えていない。授業中だ。黙々とノートに板書してるのかと思ったら、ノート一面に漫画が描かれていた。しかも内容が……。

「これは、何ていうのかな、女の子限定もの?最近の流行?」

 幸平がニヤニヤしながら言った。

「ホモマンガじゃねえか、うわ、キモっ!」

「最近の中学生って進んでるねえ」

「幸平、面白がるなよこんなのを!」

 ニヤニヤしている幸平はエロオヤジのようだ。僕は具合が悪くなったので、すぐ後ろのせ生徒のほうを覗いた。こちらは男で、ふつうに板書しているが、眠いのか、ときどきカクッと首が落ちる。

 黒板を見た。中年のやせた教師が数式を書きながら何か説明している。ごくごく簡単な式。生徒はみんなやる気なさそうだ。ぼーっとしてるか半分寝てるか。ま、よほどの進学校でない限り、学校なんてどこもそうなのかもしれない。

「中に入れるんだよ、岩本君」

 幸平がそう言うと、閉まっている窓をすり抜けて!教室の中からこっちに手を振った。

「入ってきなよ」

 入って来いって言われても、どうも壁をすり抜けるのは嫌だった。すり抜けられるっていう事実が嫌だ。

 そーっと窓に手を当ててみる、指先がふっとガラスのなかに入った。あわてて手を引っ込めた。

「何やってんのさ。早く」

 思い切って全身で体当たりした。僕の全身はあっさりガラス窓をすり抜けて、教室の真ん中まで勢いで飛んでいた。

 真ん中へんの席の男と目が合った。いや、向こうには僕が見えてないはずなんだけど、なんとなく居心地が悪いので、幸平が立っている教室後方まで移動。

「何ビクビクしてんのさ。どうせ誰にも見えないんだから、僕らは」

 幸平が愉快そうにケラケラ笑った。

 そう、見えないはずだ。現にこのクラスの生徒たちは、誰一人として窓から入ってきた僕らに反応していない。ただ、さっき目が合った男が後ろをふりかえってこちらを見ている。また目が合いそうになった、男があわてて前を向きなおした。何だろう?

「このクラス、気力がないんだよね。僕が見た感じだと一学年一クラスしかないんだけどさ」

「気力がないのはどこだって同じだと思うけど」

 僕は自分が通っていた高校を思い出した。本当なら今ごろ、僕だって普通に教室で居眠り……じゃなくって、まじめに勉強していたはずだったのに。きっと僕の机には花が飾られてるんだろう。そして授業は何もなかったように平然と進められていくのだろう。

 想像しただけで嫌になる。

「岩本君。緊張しすぎ。先生に立たされてるような姿勢になってるよ」

「しょうがないだろ、慣れてないんだよ!」

 幸平は心底愉快そうにケタケタと笑い声をあげた。もしかして、僕をからかうためにここに来たんじゃないだろうなあ。幸平なら十分やりそうな気がするぞ。

 僕はさっき目があった男のところへ行って、ノートを覗いた。

 ノートには、汚い字で黒板どおりの数式が写してあった。まあ、まじめなほうだな。顔を見ると、地味な上にそばかすだらけの顔。暗そうだ。いかにも友達いないぞって顔。

 下を向いていた男が顔を上げた。黒板を見るのかと思ったら、僕を見た。勘違いかと思ったが、間違いない。こいつは僕を見ている!目が合ったまま離れない。そばかすだらけの顔は僕を凝視していた。ものすごく驚いた顔で。

「岩本君?」

 幸平の声が聞こえたような気がする。でも僕は動くことができなかった。視線を外せない。強靭な力でおさえつけられたみたいに、動けない。

 そして、少しずつ目の前の景色がかすれていった。意識が途切れ、気がついたときには、教室の真ん中の席に座っていた。何が起きたんだ?

 気を取り直して立ち上がろうとすると、黒板に向かっていた先生がこちらを向いた。

「スダ、どうした?」

「へ?」

 誰にも見えないはずなのに、先生は明らかに僕に向かってしゃべっていた。それだけじゃなく、教室中の生徒がこっちを見ている。

「岩本君!どこ!?」

 幸平の叫び声がしたので後ろを向くと、教室の天井あたりを飛び回りながらきょろきょろと首を動かしていた。僕を探しているんだ!

「幸平……」

「スダ!質問がないなら座れ!」

 先生がかなりきつい声で怒鳴った。僕は反射的に椅子に腰を下ろした。木の板が体に当たる感触がした。背もたれか。額から汗が流れているのも感じる。手で額を触る。やわらかい皮膚と指先の感触、手を見ると汗で濡れている。これはユーレイの、僕の手ではない!

 手を握り締めてみる。簡単にできた。手のひらに爪が食い込む感触がする。

「スダ君の体だけど、中身は岩本君なんだよね。筆談で質問に答えてくれる?」

 幸平が僕が座ってる席の横にしゃがんでこちらをのぞき見ていた。僕は机の上の鉛筆を手にとった、手が震える。汗が流れて落ちてくるのをいちいち感じる。鉛筆自体から冷たい気配を感じる。こんなふうにものを恐る恐るつかんだのは始めてだ。

『どうなってんの?』

 ノートになぐり書きした。

「こっちが聞きたいよ。乗り移ったのかな、スダ君に」

 乗り移った?さっきのそばかすだらけの暗そうな男にか?冗談じゃない!

「抜けられないかどうか試してみて。精神集中してさ、すっと抜けられない?」

 僕は目を閉じて集中しようとした、しかし、

「スダ!授業中だぞ!寝るな!」

 先生に怒られた。

「すみません」

 自分のものとは思えない高い声が口から出た。のどが震えたのがわかった。何かが変だ。

『どうしよう?』

 またノートに書いた。

「うーん。どうしようもないか」幸平がなんでもないことのようにのんきに言った「せっかくだからそのまま生き返ってしまうという手もあるよね。スダ君として」

「冗談じゃない!」

 僕は思わず叫びながら立ち上がってしまった。教室がシーンとして、先生がこちらを『テメエ、殺す』という顔でにらみつけているのがわかった。

「……廊下に立ってろ」

 生まれて初めて(死んで初めて?)僕は学校の廊下に立たされた。

「災難だったねえ。岩本君、あ、今はスダ君か」

 廊下に出てきた幸平はとても楽しそうだった。

「笑ってる場合か!」

「まあ、怒らない怒らない。あんまり騒ぐとまた先生に聞こえるよ」両手のひらを突き出してまあまあのポーズをした「こんなこと始めてだよ。岩本君、才能あるのかもね」

「こんな才能いるか!どうやってもとに戻るんだよ!?」

「だから、僕にもわからないんだって。初めて見たもんこんなの。しばらくスダ君やってるしかないんじゃない?」

「じょーだんじゃねえええええ!」

「うるさいってば!とにかくここは落ち着いて、今日は六時限目まで黙って授業受けなよ。そのあとまた話そう。じゃあね」

「え?おい、ちょっと待てって!幸平!」

 幸平はなんと、僕を置いて廊下の窓から外へ飛んでいってしまった。後を追いかけようにも、生きている体を抱えていれば窓をすり抜けられないし、当然飛べない。

 僕は途方に暮れてため息をついた、すると息が肺から出て行く感触がした。出たり入ったりのどを空気が通過していく感触、肺がうごめいているような感じがする。

 廊下に立たされている間、うまく息ができなかった。今まで意識したことがなかった。息のしかたを忘れていたのかもしれない。

 誰もいない寒い廊下を見つめて荒い息をしながら、考えた。今僕は生きているわけだ。他人の体を使って。背中にはもたれている壁の感触、腕を動かすと空気がスースーと横をすりぬけているような冷たさを感じる。みんな初めて経験するみたいだった。体の奥からあついものが沸き起こってくる、これは感動だ!僕はそう思った。

 でも、これは僕の体じゃない。他人の体を取ってしまったことになる。

 それだけに、この新しいような感触が、怖かった。


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