表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
39/55

第八章 4

 半年かけて、完璧な計画を立てた。俺はどうかしてたんだろうな、テープに犯行声明まで吹き込んだよ。いかにババアが狂っているか、いかに俺は正しいことをしようとしているかってな。

 でも、計画は無駄だったんだ。

 あの日、成績が落ちたとババアが怒りだした。そりゃそうだ。犯行計画をノートに書くのに夢中で、まともに勉強していなかったからな。それで言い合いになった。

 俺は一度部屋に戻った。そして、レンガと角材が目に入った――その瞬間、俺は正気を完全に失ったよ。気がついたら居間に立っていた。手に角材を持ってな。

 ババアが足もとに倒れていた。とっくに死んでたよ。


「せっかく計画たてたのに、発作的に殺しちゃったわけ?」幸平が嫌そうな声を上げた「意味ないじゃない」

 おい、そういう問題じゃないだろう幸平!

「そのあと、あなたが自殺したんでしょう?」

 サミがものすごくストレートな質問をした。

 字室は怖い目でサミをにらんだが、なにも反論せずに話を続けた。

 

 ババアを殺してからはじめて気がついた。俺は殺す方法ばかり考えていた。計画も立てていた。でも、殺した後のことはなにも考えてなかったんだ。

 家を飛び出した。とにかくあそこにいちゃいけないと思った。どこに向かってるかなんて自分でもわからない。そんなこと考えられない、なにも考えちゃいなかった。

 気がついたら、近所で一番高層のマンションの階段を、必死で登ってた。


「飛び降りたんでしょう」幸平が低い声で言った「新聞の縮刷版で見た。1979年だ」

 字室は何も答えなかった、急に黙り込んでしまった。

「何も殺すことはないのに」サミが言った「学校を出てしまえば一人で暮らせるじゃないの」

「おまえらには絶対わかんねえよ」

 字室が聞こえるか聞こえないかの小さい声で呟いた。下を向いて。

「何がさ。短絡的すぎるよ。何もかもね。思想も何もあったもんじゃない」

「ノイローゼで自殺した奴に思想云々言う権利があるか?」字室が幸平につかみかかった「あのままババアを生かしておいたらなあ、一生付きまとわれたぞ、大学に行っても就職してもそのあともずっとだ!永遠に!あいつは狂ってんだよ!」

「狂ってるのは字室くんでしょ!」

「ちょっと!二人とも黙りなさいよ!」サミが怒鳴った、そして、怖い顔で僕を見た「岩本!男だったら何とかしなさい!」

「そんなこと言われても……!」

 視界に何か動くものが入った。使見合いをしている二人の後ろ、上空から、何かがこちらに向かって飛んでくる……あれは!

「二人とも逃げろ!!」

 僕が叫んで空中に飛ぶのと、あの老婆が船に突っ込んできたのは、ほぼ同時だった。

 見下ろすと、船が大きく揺れて、周りの水が動いたのがわかった。老婆の頭で髪が揺れているのも見える。

 でも、サミも幸平も字室も見えなかった。


「サミ!?幸平!?」僕はありったけの声で叫んだ「どこだ!字室!?」

 と、老婆が上を向いた……つまり、僕と目が合った。

 体は朽ち果てているのに、眼だけが生きた人間のようにギラリと光っていた。

 僕は反射的に逃げ出した。梶村商店に向かって。


「梶村さん!」

 窓(もちろん開いてない)から部屋の中に飛び込むと、金庫に座っている梶村さんがぴくっと動いた。どうやら眠っていたらしい。

「何の騒ぎだ」

「出たんですよ!例の化け物が!」

「……字室は?」

 梶村さんが立ち上がって窓に向かって歩いて行った。

「わからない。船に突っ込んできて、三人ともいなくなった」

「いなくなった?」

「だから!化け物が突っ込んできたからあわてて上に飛びあがったら、三人とももういなかったんです!それからこっちを向いて飛んできて逃げて」

「岩本、落ち着け」

「無理です!」

「字室君、もう終わりだね」

 いきなり後ろから声がしたので飛び上がった。幸平だった。

「脅かすな!」

「まあ、自業自得だよね」幸平は無表情だった「自分が殺したお母さんが、化け物になって襲いかかってくるわけだから」

「なんで自分の子を襲うんだ?」

 梶村さんが不思議そうな顔をした。

「そういう時代なの、今は」幸平が冷ややかな声で言った「人はみんな、自分勝手に夢見たり空想したり、自分の世界を作ったりしてて、他人がその通りに動かないと不安になったり不満に思ったり、八つ当たりしたり、無理やり何かを強要したりするんだ。それで、自分の世界にそぐわない相手は、たとえ親だろうと自分の子だろうと、邪魔ものってわけ。うん。僕の家と同じだな」

「幸平が生きていたのは80年代だろ?今じゃない」

「あっそう?何が違うの?」幸平が馬鹿にしたような顔で僕のほうに迫ってきた「もう半年以上家族に会ってないでしょ?岩本君は?心配じゃないんですか?そんなに自分の死を確認するのが怖いですか?家族がどうしてるかとか、心配してるんじゃないかとか、悲しんでるんじゃないかとか、考えたことないんじゃないですかぁ?」

 幸平のしゃべり方があまりにも劇画じみているというか、狂気じみているので僕は怖くなった。

「考えてるよ」

「何を?どんなふうに?」

「いや、うちの家族は平和な核家族で」

「二人とも、そのくらいにしておけ」梶村さんが窓の外に向かって銃を構えていた「来たぞ」

 パン!


 銃声が響いた。ものすごくリアルな音だ。

 そのあともパン!パン!と何度も聞こえた。

 梶村さんはいつか「この銃も死んでいる」って言ってたような気がするけど。

 これって生きている人には本当に聞こえていないのか?


「湖に落ちたぞ」梶村さんがこっちを向いた「見に行って来い」

「え?」

 幸平が目を丸くした。

「いやです!」

 僕は正直に叫んだ。

「字室も一緒に落ちたぞ」梶村さんが少し悲しげな顔をした「行ってやれ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ