第八章 4
半年かけて、完璧な計画を立てた。俺はどうかしてたんだろうな、テープに犯行声明まで吹き込んだよ。いかにババアが狂っているか、いかに俺は正しいことをしようとしているかってな。
でも、計画は無駄だったんだ。
あの日、成績が落ちたとババアが怒りだした。そりゃそうだ。犯行計画をノートに書くのに夢中で、まともに勉強していなかったからな。それで言い合いになった。
俺は一度部屋に戻った。そして、レンガと角材が目に入った――その瞬間、俺は正気を完全に失ったよ。気がついたら居間に立っていた。手に角材を持ってな。
ババアが足もとに倒れていた。とっくに死んでたよ。
3
「せっかく計画たてたのに、発作的に殺しちゃったわけ?」幸平が嫌そうな声を上げた「意味ないじゃない」
おい、そういう問題じゃないだろう幸平!
「そのあと、あなたが自殺したんでしょう?」
サミがものすごくストレートな質問をした。
字室は怖い目でサミをにらんだが、なにも反論せずに話を続けた。
ババアを殺してからはじめて気がついた。俺は殺す方法ばかり考えていた。計画も立てていた。でも、殺した後のことはなにも考えてなかったんだ。
家を飛び出した。とにかくあそこにいちゃいけないと思った。どこに向かってるかなんて自分でもわからない。そんなこと考えられない、なにも考えちゃいなかった。
気がついたら、近所で一番高層のマンションの階段を、必死で登ってた。
「飛び降りたんでしょう」幸平が低い声で言った「新聞の縮刷版で見た。1979年だ」
字室は何も答えなかった、急に黙り込んでしまった。
「何も殺すことはないのに」サミが言った「学校を出てしまえば一人で暮らせるじゃないの」
「おまえらには絶対わかんねえよ」
字室が聞こえるか聞こえないかの小さい声で呟いた。下を向いて。
「何がさ。短絡的すぎるよ。何もかもね。思想も何もあったもんじゃない」
「ノイローゼで自殺した奴に思想云々言う権利があるか?」字室が幸平につかみかかった「あのままババアを生かしておいたらなあ、一生付きまとわれたぞ、大学に行っても就職してもそのあともずっとだ!永遠に!あいつは狂ってんだよ!」
「狂ってるのは字室くんでしょ!」
「ちょっと!二人とも黙りなさいよ!」サミが怒鳴った、そして、怖い顔で僕を見た「岩本!男だったら何とかしなさい!」
「そんなこと言われても……!」
視界に何か動くものが入った。使見合いをしている二人の後ろ、上空から、何かがこちらに向かって飛んでくる……あれは!
「二人とも逃げろ!!」
僕が叫んで空中に飛ぶのと、あの老婆が船に突っ込んできたのは、ほぼ同時だった。
見下ろすと、船が大きく揺れて、周りの水が動いたのがわかった。老婆の頭で髪が揺れているのも見える。
でも、サミも幸平も字室も見えなかった。
「サミ!?幸平!?」僕はありったけの声で叫んだ「どこだ!字室!?」
と、老婆が上を向いた……つまり、僕と目が合った。
体は朽ち果てているのに、眼だけが生きた人間のようにギラリと光っていた。
僕は反射的に逃げ出した。梶村商店に向かって。
「梶村さん!」
窓(もちろん開いてない)から部屋の中に飛び込むと、金庫に座っている梶村さんがぴくっと動いた。どうやら眠っていたらしい。
「何の騒ぎだ」
「出たんですよ!例の化け物が!」
「……字室は?」
梶村さんが立ち上がって窓に向かって歩いて行った。
「わからない。船に突っ込んできて、三人ともいなくなった」
「いなくなった?」
「だから!化け物が突っ込んできたからあわてて上に飛びあがったら、三人とももういなかったんです!それからこっちを向いて飛んできて逃げて」
「岩本、落ち着け」
「無理です!」
「字室君、もう終わりだね」
いきなり後ろから声がしたので飛び上がった。幸平だった。
「脅かすな!」
「まあ、自業自得だよね」幸平は無表情だった「自分が殺したお母さんが、化け物になって襲いかかってくるわけだから」
「なんで自分の子を襲うんだ?」
梶村さんが不思議そうな顔をした。
「そういう時代なの、今は」幸平が冷ややかな声で言った「人はみんな、自分勝手に夢見たり空想したり、自分の世界を作ったりしてて、他人がその通りに動かないと不安になったり不満に思ったり、八つ当たりしたり、無理やり何かを強要したりするんだ。それで、自分の世界にそぐわない相手は、たとえ親だろうと自分の子だろうと、邪魔ものってわけ。うん。僕の家と同じだな」
「幸平が生きていたのは80年代だろ?今じゃない」
「あっそう?何が違うの?」幸平が馬鹿にしたような顔で僕のほうに迫ってきた「もう半年以上家族に会ってないでしょ?岩本君は?心配じゃないんですか?そんなに自分の死を確認するのが怖いですか?家族がどうしてるかとか、心配してるんじゃないかとか、悲しんでるんじゃないかとか、考えたことないんじゃないですかぁ?」
幸平のしゃべり方があまりにも劇画じみているというか、狂気じみているので僕は怖くなった。
「考えてるよ」
「何を?どんなふうに?」
「いや、うちの家族は平和な核家族で」
「二人とも、そのくらいにしておけ」梶村さんが窓の外に向かって銃を構えていた「来たぞ」
パン!
銃声が響いた。ものすごくリアルな音だ。
そのあともパン!パン!と何度も聞こえた。
梶村さんはいつか「この銃も死んでいる」って言ってたような気がするけど。
これって生きている人には本当に聞こえていないのか?
「湖に落ちたぞ」梶村さんがこっちを向いた「見に行って来い」
「え?」
幸平が目を丸くした。
「いやです!」
僕は正直に叫んだ。
「字室も一緒に落ちたぞ」梶村さんが少し悲しげな顔をした「行ってやれ」