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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第七章 5


 僕は今、雪の中に埋もれながらいろいろな映像を頭の中で反芻している。

 僕は生きているらしい。だからかどうかは知らないが、今、寒い。なんぜ雪の中にシャツ一枚で横たわっているわけだから。きつい寒さを感じる。

 でも、こんなのシベリアの極寒というやつにくらべたら、きっと大したことじゃない。

 日本に帰った、その夢以降、ぼくはシベリアや梶村さんの夢を見なくなった。夢を見ない、ただのユーレイの眠りに戻った。体を休めるためでもないだろうに、なぜか眠くなるユーレイの僕ら。

 どうして僕はここに?

『先に、行ってるから、早く来い』

 そう言い残して谷川は死んだ。ユーレイにはならなかった。だってここにいないのだから。

 天国にでも行ったのか、単に消えてしまったのか。

 死ぬとはそういうことなのか?

 なぜ梶村さんはここにとどまり続けているのか?

 なぜ僕らはここにいるのか。

 なぜ?

 たくさんの『なぜ』が僕の頭の中をぐるぐると回っていた。答えなんか出ない。でも、しばらく考えていたかった。

 なぜ?

「どうしたの岩本君」空中に幸平が現れた「ストーブの独占はあきらめたの?」

「誰も独占なんかしてない!……ちょっと頭を冷やしたい気分なんだよ」

「ふうん」幸平が子供っぽい声でをあげた「梶村さんが呼んでるよ」

 もうちょっと考え事をしていたかったのだが、そろそろ背中の寒さが限界だ。二人で梶村商店に帰ることにした。

 雪の舞う空中を飛びながら、最近見た、たぶん梶村さんの夢、そして、搬送先の病院で死亡が確認されたあの、谷村のことを考えた。

 どうしてあの二人がシベリアに抑留されたのか。

 どうして梶村さんが死んで、谷川は生き残れたのか。 

 どうして梶村さんだけがユーレイになってここにいるのか。

 どうして?

 考え出すときりがない。たぶんいくら考えても答えは出ない。

 でも、考え続けずにはいられなかった。


 居間では、梶村さんが一人、電気の消えた暗い室内で、金庫に座っていた。

「電気くらいつけましょうよ」

 幸平がスイッチのほうを向くと、部屋の蛍光灯がぱっと光を放った。やっぱりいいな、この超能力みたいなの。

「いや、フデがいないのに、電気代があがるといけない」

 フデさんは急遽、喪服をかかえて札幌方面へ向かった。数日は帰ってこないだろう。

「蛍光灯じゃちょっとしかあがらないから大丈夫ですって」

「そのちょっとというのが気になるのだ」

「だれも気付かないから大丈夫ですってば」

「しかし昨今は何でも値上がりしている、ムダ使いはよくない」

「僕らが使ってるんだからムダじゃないですってば!」

「あの、話って?」割り込まないと永久に電気でもめ続けそうだ「何ですか?」

「岩本」梶村さんがこちらを向きなおして、なんだかあらたまったような風情になった「釧路に行ってこい」

「はい?」

 何か人生訓か思い出話でもするのかと思っていた僕は、出てきた地名が一瞬理解できなかった。

「おまえはまだ生きておる。だから、釧路に確認に行ってこい」

「確認って」僕はあわてた「でも、この町からは出れないんですけど、例の壁が」

「幸平が壁を割れるはずだ」

 僕は幸平のほうを見た。幸平もびっくりした顔をしていた。

「知ってたの?」

「お前、毎年札幌に行ってるだろう?」

「幸平、梶村さんには話してなかったのか?墓のこと」

「話してない」幸平が呆然とした顔で、呟くように言った「でも、どうやって」

「それくらいわからないとでも思ったか」あきれた声でそう言ったあと、梶村さんがまたぼくのほうをまっすぐ見た「釧路に行ってこい。まだ生きている自分に会えるはずだ」

 自分に会える?

「そうだ、行こう。岩本君」幸平がはっと我に返ったように言った「どうして今まで気がつかなかったんだろう?行けばわかるよ。生きていれば本人に会えるし、死んでたら……」

 墓がある。

 そう言いたかったんだろう。でも、なぜか三人ともそこで沈黙してしまった。

 釧路へ行く?

 自分に会える?

 もしくは……自分の墓参りをする羽目になる?

 いつか見た、幸平の墓を思い出した。

 体がないのに背筋がぞっとした。

「いや、いいよ、いい」ぼくはやっとのことで声をしぼりだした。頭が痛い「行かない」

「だめだ、行ってこい!」

「そうだよ、僕も行くからさ、一緒に」

「いやだ!」

 僕はその場を飛び出した。窓をすり抜けて、雪が舞う村の上空を飛んだ。雪の量がすごくて、下を向いても街の様子はほとんど見えなかった。寒さがないはずのからだに突き刺さってくる。でも、そんなことにかまっている余裕はなかった。

 釧路に行く?自分が生きているか死んでいるか、確かめる。

 怖かった。正直に言って。怖かった。


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