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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良


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第六章 4

「毎日毎日、僕は何で生きてるんだろう、何で生きなきゃいけないんだろうって考えていたら、どんどん毎日がいやになっていった。どうしてって聞かれてもわからないんだけどね。底なし沼に頭だけはまったような感じだった。学校では一応、それなりにニコニコしてたらけっこう人間関係はやり過ごせたからいいけど、家ではもう全くしゃべらなくなってた。演劇部の活動だけだね、楽しいと思ってやってたのは。

 そのうちさ、似たようなことを考えてる人と知り合って、休み時間とか昼に話すようになったんだ。人間はなぜ生きなければいけないんだろうとか、どうして自殺しちゃいけないんだろうとか。あと、さっき話した自殺した兄ちゃんのこともね。もう生きていても立たないんだから、僕らあまり長生きしたくないなあ、なんてことを話していたような気がする。

 そしたらそいつが、睡眠薬くれてやるって言い出したんだよね」

「睡眠薬?」

「どこで手に入れたかはわからないんだけどね」話している内容に合わない明るい声で幸平がおどけた「ほんの出来心だったような気がしないでもないよ。でもそのときは本当に死ねるかもしれないと思って、もらった分一気に飲んだ」

「で、死んじゃったわけ?」

「残念ながらまだ死んでません」幸平が空を見上げる「気がついたら病院にいました。親は一度も会いに来ませんでした。三日ほどで出られて一人で歩いて帰りました」

 十月後半の冷たい空気が、生きていないはずの体に一気に染み込んでくるような気がした。辺りをよく見たら、もう夕方になっている。空が赤く染まり始めている。

「それからはもう学校に行く気もしなくて、家で寝てたんだよね。親も何も言わなかった。もともと子供に興味がない親だったんだよね。僕さ、死んでからいろんなところで、子供の誕生日を祝ってる親とか、小さい子をかかえて笑ってるお母さんとか見かけて、なんであんなにうれしそうなんだろうって不思議だった。今でもよくわからない」

「誕生日祝うの、僕はあんまり好きじゃないんだけどな」

 うちは平和な核家族だ。何度でも言うが、正常な家族だ(ただし姉以外は)ただ、母親が異常なほど誕生日にこだわる。一度父親が母の誕生日に急に夜勤になった。医者なんだから急患が出たらしかたないだろうに、それから半年ほど二人は口をきかなかった。ちょうどその半年後が僕の誕生日で、その日にようやく仲直りだ。誰の誕生日だよってくらい、子供を無視して二人で仲直りを盛大に祝っていたのがとても印象的というか、不愉快だった。そのとき僕は小学生。たぶん三年生か四年生だったかな、正確には覚えていない。

 それ以来誕生日と言うものがあほらしくなってしまった。でも、親たちは勝手に祝おうとするから、親孝行だと思ってほっとくことにしている。

「ま、それはいいんだけどさ」僕がうちのことを思い出してボケーっとしていると、幸平が仕切りなおすように声を大きくした「とにかく本格的にノイローゼだって言われるようになっちゃって、通院して薬を飲む生活してたんだよね。由希と演劇部の友達はよく様子見に来てくれた。台本書いてた友達が、配役ももう決めたから、ちゃんと部活に来て講演会に出てくれって言ってくれた。だから部活動だけは行ってたよ。学校に。すごく居心地悪かったけどさ」

「それで、公演は上手くいった?」

「うん、上出来」幸平が本当に満足したような笑みを浮かべた「そのときに、一緒に演劇やってたみんなと約束したんだ。このままみんなで役者を目指そうじゃないかって。由希も入ってたな。もう本物の役者になってたのにね。みんなに付き合って笑ってた。

 でも、その公演が終わってから、僕ね、家から出られなくなっちゃったんだよね」

「家から出られない?」

「やりたいことがなくなっちゃったっていうのかな、公演が終わってほっとして力抜いたら、そのまま体に力が入らなくなった。ずうっと家で横になってた。薬なんかなくてもいくらでも眠れるんだ。それで、真夜中に目が覚めても体がぜんぜん動かない。ああ、だめだ、もう生きられない、死ぬって思って。そのまま三ヶ月過ごした」

「そのままって、親は?」

「だから、子供に興味のない親なんだって」

「興味なくたって子供が寝込んでたら動くだろうが普通は!」

「精神科の診療費と、保険証だけもらってた」

「それだけ?」

 信じられない。一体何を考えているんだこいつの親は。

「それだけ。でもそのあと精神科に行くことはなかったよ。死んじゃったから」

「ちょっと待て」僕は幸平に最初に会ったとき言われたことを思い出した「幸平さ、たしか、ダンプに轢かれたって言ってなかったっけ?」

「その通りだよ。三ヶ月目に、いい加減学校に行かなきゃと思ってさ、ふらふらと家から出て行ったんだよね。やめとけばいいのに」

「そんな、他人事のように言うなって」

「昔の話だもん。とにかく学校に向かってたわけ。通学路の途中に、交通量の多い道路があるんだよね。信号無視して渡ったら絶対はねられるような」

「まさか幸平……」

「たぶん、想像しているとおり」幸平は笑っていたが、顔を下に向けていた「これで死ねる。これで全部終わる。そのままふらっと車道に飛び出して……おしまい」



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