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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第六章 1

 幸平の様子が変だ。

 いつもなら町を回ってプライバシーの侵害に励むか、図書館で本を読んでるか、湖の上空を不気味に回転飛行してるんだけど、最近はずっと、商店の奥の仏壇のある部屋にこもって、隅っこにうずくまるようにしてブツブツと何かつぶやいている。声が小さすぎて、近寄っても何をしゃべってるのかさっぱりわからない。

 悪霊にでも取り付かれたように見えるが、ユーレイが取り付かれるなんて変だよな。

「幸平、ヒマだから湖に行かない?」

「一人で行ってよ」

 不機嫌な声はいつもより3オクターブは低い。変声期か?死んだのに。

「なあ、大丈夫か?気晴らしに空中飛行付き合うか?」

「ほっといて」

 こんな感じだ。ぜんぜん話に乗ってこない。

「ああ、もう十月か」梶村さんがカレンダーを見て何か納得したようだ「じゃ、しょうがないな」

「十月って何かあるんですか」

「幸平は十月になるとうつ病にかかる。毎年のことだ。気にするな」

 五月病ならぬ十月病というものらしい。何なんだいったい。

 字室も今日は見かけない。サミも昨日は機嫌が悪かった。昨日の会話なんかこうだ。

「岩本って、どうして毎日この船に来るの?」

 うつろな目つきでそんな質問をされた。

「え?そりゃ、サミに会いに、暇だし」

「何?ヒマなだけ?私が心配だからじゃないの?」

「え?いや、それもあるけど」

「もういいわよ!」

 いきなり怒り出して、そのまま船ごと湖に潜ってしまった。何だよ!?

 しょうがないので、学校に一人で行ってみることにする。でも最近は学校も面白くないんだよな。なにせ、スダに友達ができちゃって、僕と話してる暇なんかないんだよ。ここで僕が出て行って、『おれ、ユーレイが見えるんだ』なんて、スダがあの顔で言ってみろ、ただでさえ少ない友人が消えていくぞ?だから、学校ではなるべくスダに話しかけないことにしてる。

 だからよけいに最近ヒマなんだ。

 ヒマになるとどうなるかって?落ち込むんだよ。

 今の自分の状態に目を向けないといけなくなる。今死んでいる。ユーレイになってさまよっていて誰にも見えない。未来はない。なのに今の状態はいつまでも続く……そんなことを頭の中で何度も何度も念仏のように唱えるはめになる。そのうち気が変になるんじゃないかと怖くてしょうがないんだ。

 何がどうなろうと、狂うのだけは嫌だ!


 そんな十月も後半になった。僕は幸平と一緒にずーっと部屋に座っていることにした。毎年うつ病にかかっているということは、毎年治ってるってことだろ?その様子を観察してたら、今の自分の精神的不安定を打破する参考になるかもしれないと思って。

 幸平はうずくまってひざを抱えたまま動かない。顔もよく見えない。僕が部屋に残っていることに気がついているのかいないのか、見ただけではわからない。話しかけても反応がない。ブツブツつぶやいている声が聞こえるのに内容がわからない。近寄って耳をそばだててみる。寝言みたいにごにょごにょつぶやいている言葉の間に、明確に聞き取れる単語がひとつだけあった。

『ゆき……』

 だった。

 僕は幸平から離れて、向かい側、つまり部屋の反対側の壁に座りなおした。幸平をじっと見つめながら考える。

 『ゆき』って、二宮由希のことじゃないだろうなあ。十月病と何の関係があるんだ?それとも何の関係もない言葉か?二宮由希は最近、夫の新橋五月との離婚騒動がテレビで報道されていた。本人たちは否定している。たぶん幸平も見ていたと思うんだけど。

 考えれば考えるほどわからない。僕は三時ごろに座り込みをギブアップ。図書館へ新聞を読みに行ってしまった。部屋にじっと座ってるなんてとてもじゃないが耐えられない!


 夜になって、サミのところへ行った。機嫌がよくなってることを祈りながら。

 湖面に浮かんでいる錆びた幽霊船の上で、いつも通りに月を見上げているサミを見つけた。今日は天気がいいから、月がはっきり見える。ちょうど十三夜だって朝のニュースで言ってたな。そんな季節感ずっと忘れていた。

「あら、岩本。字室がさっき来たわよ。もう十月だったのね。幸平は来れないわね」

「そうだね」僕はほっとしながら船に降りていった「どうして十月になるとああなるのかな?ほんとに病人だぞ、あれじゃ」

「そういうときもあるのよ、長いこと一人でいたら」

「おーい」字室が飛んできた「今日はケンカが少なくてつまんねえよ」

 字室は最近趣味を変えた。ケンカしている男を捜して、どさくさにまぎれて殴ることにしたらしい。こんな小さい町でそんなにケンカがあるもんだろうか?まあ、女の人を狙うよりはマシだけど。

「幸平も最近からかいがいがねえんだよ。何だってんだよ。十月が何なんだよ」

 どうやら字室にも幸平の十月病は理解できないらしい。

「岩本って釧路から来たのよね」

「え?ああ、そうだけど?何を突然?」

「私、金沢でしょ、ちょっと思い出したのよ。犀川と浅野川」

「はあ」

「そういう川があるのよ」月を見上げたままサミが独り言のように言った「最近恋しくてしょうがないのよ。生きているときはなんとも思っていなかったけど、男川と女川って呼ばれていたわね……」

「そう」

「釧路、恋しくならない?」

「うーん」そういえば、あまり家のことも釧路のもとも思い出さなかったな、どうしてだろう?「幣舞橋っていうのがあるんだよね。たしか、春夏秋冬を表した女性像が立ってる」

 一応そんな説明はしたが、実際よく見たことはないんだよな。橋はよく通っていたはずなんだけど。地元のことって案外よく覚えていないものらしい。

「ふーん」

「お前らな、そういうことばっか考えてるから落ち込むんだよ」

 字室が文句を言った。字室は思い出さないのだろうか?と思ったが、聞かなかった。

「いいじゃない、たまに思い出したって、ねえ?」

「まあね」

 湖は静かだった。夜の湖なんかに出てくる人はいない。いつかのあのミカちゃんの暴挙がなんだかすごく懐かしい。湖面は真っ暗で月以外何も映らない。釧路は今どんな感じだろう。またうちのアホな姉が祈祷でもしているのだろうか……思考停止。

 ……ああ、だめだ、また落ち込みそうだ!


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