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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良


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第五章 3

 夕方になった。アイカは見つからなかった。家に帰ったんだろうと思ったけど、彼女の家なんてどこにあるかわからないし、一軒一軒家を覗くのも気が引ける。諦めて商店に戻ってきた。

 中に入ったとたん、横目で梶村さんがこっちを睨んだ。最近機嫌が悪い。たぶんテレビに映っている政治家のせいだろうな。最近国会中継が入っているらしい、昼間は。

「アメリカはいつまで他国を侵略する気なんだ!」

 僕に向かってそんなことを言われても。軍人に怒鳴られると怖い。たとえ死んだ人でも。

「僕に聞かれても困るんですけど」

「隊長。最近の若い奴は何も知りませんって」横に座っている字室がせせら笑った「たぶん、なんで米軍基地が日本にあるかも知らねえだろ?」

「それくらい知ってるよ、戦争のせいだろ?」

 そう答えたら、字室が鼻先でヘッ、と笑った。明らかに人を馬鹿にした笑い方だ。

 最近この二人は話が合うらしい(もちろん、字室が暴行事件を起こさなければだ)話題はたいていアメリカや、その他強国の悪口だ。梶村さんは未だに『日本を守る』というスタンスで話をしているらしい。問題は字室だ。過激なんだよな。発展途上国(この言葉今使っていいんだっけ?)が貧しいのは怠け者が多いからだとか、暴動を起こす奴らなんか死んでもしょうがないとか、世界は所詮強いものが勝つんだとか、そんなことばっかりしゃべっている。

「要するにお前、弱いものが嫌いなんだな」

 梶村さんがため息のような声をだした。

「怠けてる奴が嫌いなんだよ。援助しろなんて叫んでるヒマがあったら働けっての」

「だから、働くところがないんだろ」

 僕がそういうと、鋭い目線がこっちを刺した。今は日本だって働くところがないんだぜ、と言いそうになったが、やめた。

「また抽象的な話してる……」

 幸平が帰ってきた。

「なあ、まさか、今までずっと特殊飛行してたんじゃないだろうな」

 昼間に幸平と別れてから、もう六時間近くたっている。

「まさか、葛西さんの家を覗きに」

「何っ!?」

 葛西アイカの家を覗いていた……犯罪だぞ!ずるいぞ幸平!

「おい、俺らの話のどこが抽象的なんだよ」

 字室が幸平をにらんだ。

「強国とか怠けてるとかそういう話が嫌いなだけ、僕は」

「なあ幸平、葛西さんの家ってどこに……」

「何だよ、単に嫌いなだけかよ」字室がヘッ、と馬鹿にした声で言った「お前どうせ何も考えてないだろうが」

「少なくとも、字室君みたいに汚いことは考えてないね」

 幸平も字室をにらみ返した、軽蔑の顔で。

「なあ、葛西アイカの……」

「何だと!この!」

「字室、怒るな」幸平にとびかかろうとした字室の前を、梶村さんの銃がさえぎった「それより、岩本がさっきから何か聞きたがっているが」

 三人の視線が僕に集まった。部屋には、フデさんがお茶をすする音だけが妙に響いた。

「……何でもありません」

 僕はいたたまれなくなってその場を退散した。真面目に戦争の話してるところで、女の子の家の住所なんか恥ずかしくて聞けないじゃないか。


「それは、恋だわ、恋なのだわ」

 僕が昼間の出来事を話すと、サミがうっとりした顔で月を見ながらつぶやいた。船の先端に立っていた僕は、あやうく湖に落ちるところだった。浮けるから落ちるわけないんだけど。

「きっとその子は幸平に恋をしてしまったのだわ。そして自殺を考えているのだわ。そのうち湖に浮かんで発見されるのよ。そしてめでたく私たちの仲間入り」

「おいおいおい、縁起でもないことを言うなって、単に葛西さんに幸平が見えただけなんだって!」

「いいえ、恋です!」サミが強く断言した「じゃなきゃつまんないじゃないの!」

 つまんないとかそういう問題じゃないと思うが。サミはすっかり仲間が増えたような顔をして、最近の女の子は何を話したがるのかしら、ミカちゃんにもっと流行を聞いておけばよかったわ、とか言いながら、船の上をつま先立ちでくるくると回った。スカートがひらひらと揺れる。そういえばサミのことをあまりじっくり見たことがなかったな。

 サミもけっこう綺麗な足をしてるけど、葛西アイカにはかなわない。


 次の日、幸平が見当たらないので町内を探し回っていると、町外れの道端でしゃがみこんでいる葛西アイカを発見した。近寄ってみると、いつかのようにぼんやりした目で遠くを眺めているようだ。制服を着ているところを見ると学校帰りだろうか。でもまだ昼なんだよな。

 いったい何を考えているのだろう?僕はアイカが眺めているであろう景色と、彼女の顔を交互に見た。山側だから家もほとんどない。山と林と空き地(昔は畑だったんじゃないかと思われる草ぼうぼうのくぼ地)だけだ。

 しばらく彼女の横に座って考え事をしていた。ときどき顔をのぞきこんでみても、彼女には僕が見えてない。アイカはいつまでたっても動かなかった。僕は幸平を探しに、再び町へ戻った。人に気づいてもらえないことがこんなに悲しいことだとは思わなかった。

 学校に向かう。図書室にいるかもしれない。いなかったらもう一人の友達に会いに行けばいい。


 中学校には一応コンピューター室がある。でも授業中しか使わせてもらえないらしい。(休み時間くらい開放しろ!全く)自由に使えるのは理科室にある二台のウインドウズ、一台の古いマッキントッシュ、それだけだ。たいがいの生徒はウィンドウズを使いたがるので、スダに付き合うときはむりやりマッキントッシュを使わせる。他の二台とは席が離れてるから、ぶつぶつしゃべっていても問題ない。だいいち、どうしてみんなウィンドウズに惹かれるんだろうなあ。あんな欠陥だらけのOSにさ。

「授業でどこまで習う?」

「エクセルの使い方は習った。あとは、文字入力の課題の提出。去年はペイントで絵を描いて提出だったよ」

「そんなの何の役に立つんだよ……」

「だよね。やっぱインターネットが見れないと」

 スダがニコニコしながら見ているのは何かというと、アイドルの写真が集まっているサイト。しかも露出度超高め。

「いっつもそこじゃん。ほかに見たいものないのかよ」

「しょうがないじゃん。チャットもアクセス禁止だし、学校の掲示板にしか書き込みできないし。つまんないだろ?」

「つまんない……」

 聞き覚えのあるセリフだ。

 それならプログラミングでもやったらどうだと言いたかったが、説明するのがめんどくさいのでやめた。僕だってたいして知ってるわけじゃない。葛西アイカのことを聞こうと思ったが、それもからかわれそうだからやめた。

 それにしても、この学校のパソコンはおかしい。アイドルのサイトは見れるくせに、個人のサイトやブログには一切書き込み禁止だ。どういう設定だよ?


 午後の授業で、体育館の天井の鉄骨の上から、バレーのシュートを六回連続で失敗したスダを眺めていると、視界に見慣れた人物が入ってきた。字室だ。

「岩本、なにしてんだよこんなところで」

「友達の観察」まさか殴る標的を探してるんじゃないだろうな「字室こそ何やってんの」

「ヒマだからうろついてただけだよ。友達ってどれ?」

「右側のコートの、一番動きが変な奴」

 具体的には教えないことにした。暴行のターゲットにされては困る。

「みんな変な動きに見えるな」字室がまた鼻先で笑って見せた「こんな授業真面目にやったってどうせみんな死ぬのになあ、あほらしくならないのかね」

「あの中には、自分が死ぬと思ってる人はいないだろうね」

 コートの中で跳ね回っているジャージ姿を見る。僕だって、中学のときにはそんなことは考えてもみなかった。PSやパソコンゲームの中では人はよく死んでいたけど。

「さあどうかなあ」字室が凶悪な笑いを浮かべた「案外明日あたり、あの中の誰かが車にはねられるかもしれねえよ」

 不吉な予言に固まってる僕を置いて、字室は消えた。被害者が出ないことを祈るしかない。

 コートに目を戻すと、ちょうどスダがボールを受けようとしてつまずいてこけたところだった。体育館に笑い声が響く。スダも、立ち上がってよろめきながら薄笑いを浮かべた。その表情は、はたから見ていてもかなり痛々しい。


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