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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第五章 2

「さっき親子喧嘩を見つけてよ、話を聞いてたら、母親の言うことが支離滅裂なんだよな。すっげー腹立ってきてさ、ちょっと横っ面張り倒してやったんだ」

 こんなことを嬉々としてしゃべってる奴は、もちろん字室だ。

「そしたらさ、ちょっと力入れすぎちまったらしくて、母親が失神しちゃってさあ。さっきまで怒鳴り散らしてた息子が青くなって『お母さん!しっかりして!』って泣いてやがんの」

「そりゃ驚くだろ、突然倒れたら」

「でもさあ、すっげえ情けない顔してんだぜ。かなり体格のいい男がさ、なんか俺バカバカしくなっちゃって、そのまま帰ってきた」

 ああ、町内の人に警告したい。『不審な暴行、殴打事件があったら、それは全部字室の仕業です』なんて、どっかに書いておくのはどうだろう?でも、字室の姿は誰にも見えないから意味ないか。

 実際問題になってるんだ。町内で通行人が頭を殴られる事件が多発してるって。犯人は捕まってないし、目撃情報もない(当たり前だよな)

「お前!いいかげんにしろ!」

 梶村さんがニュースや噂でその話を聞くたびに、字室に向かって鬼のように怒鳴りつけるんだ。字室の奴、梶村さんの前では、すみませんすみませんって、それこそ泣きそうな顔で謝ってるんだ。こんな状態でさまよってるのが苦しくてしょうがない、ついやってしまうんです、なんて言う。その瞬間だけ、本当に深く反省しているように見える。

 でもまたやるんだよ、数日たつと。同じことを。もう癖になってるんだろうなあ。

 周遊中の遊覧船の上で大の字になって寝転んでいる字室を横目で見つつ、人を殴る力が自分になくてよかったと思う。でも退屈だな。きっとみんな退屈なんだろうなあ。

「そういえばサミは、昼間は眠ってるんだっけ?」

「まあね、あいつはほんとに一人ぼっちだからな、起きてたっていいことないだろ」

「でも昼間に出たほうが人は来るだろ。この遊覧船とか、ボートとか」

「そうだなあ、でも昼間には出れねえんだよ。出れたらとっくに出てるだろ」

「そうだね」

 遊覧船の乗客は少ない。夏休みはいつもの十倍は来てたんだけど、それでも観光シーズンの行楽地とは思えない少なさだった。中を見ても、席はほとんどあいていてガランとしてる。

 まるで、生きている人間がみんなここを避けているみたいだ。


 図書館に行ってみた。町の図書館のロビーには、その日の新聞が数誌貼り出されている。僕でも読めるわけだ。あと、たぶん幸平が来てるんじゃないかと思って。先月までは町中で人間観察にいそしんでいたけど、最近は活字が恋しくなったとか言っていた。だったらアクロバット飛行はやめて、読書に専念してくれよ、全く。

 ものが動かせるっていいよな。僕もそういう能力がほしかった。暑いとか寒いとか感じても役に立たない。かえって不快だ。

 幸平は新聞の縮刷版のコーナーにいた。本棚の前に立っている幸平は、ふつうに生きている中学生にしか見えない。でも死んでいるんだよな。

「何を調べてんの?」

「別に」本から目を離さずに幸平が返事した「ただ見てるだけ。面白いんだよ、昔の新聞って」

「そう?」

「あのう」

 横からかぼそい声がしたので、僕と幸平がそっちを向くと、そこには、あの葛西アイカが立って、こちらをじっと見つめていた。

「私も、面白いと思います。縮刷版」

 僕は何と返答していいかわからなかった。幸平と顔を見合わせてしまう。だって、僕らは生きている人間には見えないはずだ。なのに。

「僕らが見えるの?」

「はい、あの、あなたは見えます」幸平の質問に答えた声は、今にも消えてしまいそうなほど小さい「あの、昨日も、湖の上飛んでるの、見ました」

 そういえば昨日、砂浜で湖を見ていたな、あれは幸平が見えていたのか!

「ちょっと待って」僕は葛西アイカと幸平の間に割って入った「僕は見えてないのか?」

「ここにいる人は見える?」

 幸平が僕を指差した。葛西アイカはこちらを、正確に言うと、幸平の指のあたりを見て、首を横に振った。

 ……み、見えてない!僕は!

「ただ、誰かとお話をしているなと思って」

「不思議だなあ」

 幸平が例の口癖を発した。

 ショックだ。なんでスダみたいなそばかす男には僕が見えるのに、よりによってこんなかわいい子に見えないんだ!不公平だ!

「あの、あなたは、何ですか?」

 アイカが幸平を見ながら、少し怯えたような顔で言った。

「うーん、ユーレイだよね?」

 幸平!わかりきったことでこっちに同意を求めるんじゃない!

「ユーレイ、死んだんですね」

「うん。ダンプでドーンと」

「はあ、ダンプですか」

「それでヒマだからここにいる」

「ヒマですか?私もヒマです。お名前は?」

「幸平って呼ばれてるよ」

 淡々と続く会話。なんだかとても間抜けに聞こえるのはなぜだろう。イライラしてきた。

「でも今、まだ授業中のはずだよね。中学校」

 幸平の言葉で思い出した。今日は火曜日、午後一時だ。中学生が町の図書館にいるわけがない。そういえばアイカは制服を着ていない。地味な灰色のスカートに、青いシャツという格好だ。それでも綺麗な足はすごく目立ってる……いや、そこしか見てないわけじゃないが。

 アイカが黙り込んでしまった。返答に困っているようだ。目が横向きに泳いでいる。

「サボリ?僕は別にどうでもいいんだけどね、アハハ」

 幸平が笑った。同時に、空中に浮かんでいた縮刷版がバタンと音を立てて閉じ、もとの本棚に収まった。アイカが驚いて目を丸くした。

「岩本君、帰ろう」

「えっ」

 幸平は近くの窓に向かって飛んでいった。何だよ突然。

「あの!」葛西アイカが叫んだ、なんだかせっぱつまった顔で「またここに来てください」

「そんなことより、学校行ったほうがいいと思うよ、葛西アイカさん?」

「何で名前……」

 驚いているアイカに返答せずに、幸平は窓から出て行った。迷ったが、僕も幸平のあとを追った。去り際に名前知ってますっていうのは、なんかあやしくないか?幸平。気を引いてるみたいじゃないか。

 いや、別に嫉妬してるわけじゃない、そんなことは絶対ない。でも。


幸平の奴、そのまま湖に直行して、空中十七回転をやりはじめた(十七回が限界なんだって!くだらないと思いつつ、やってみたい気もしてくるから怖い)絶対機嫌がいい、これは。

「何喜んでるんだよ」

 僕の声は自然に低くなる。体がないのにどういうことだろうと思う。

「喜んでなんかいないよ。岩本君こそ何さ、機嫌悪そうな顔して」

「別に機嫌悪いわけじゃない」

「たまにいるんだよね。僕が見える人」

「どうして幸平しか見えないんだよ」

「さあ、同じ記事を見てたからかもしれない。わかんない。きっとたいした意味はないんだよ。岩本君がスダ君にとりついちゃったのと同じ。理由はない」

 どうせなら、美少女に見える無意味に遭遇したかった。納得がいかない。

「でもさあ」飛ぶ動作をやめて、幸平が僕の前に止まった「自殺の記事ばっかり見てたってことは、自殺志願者なのかもね」

「えっ?」

「だって、ふつう自殺の記事なんて熱心に掘り出さないでしょう。よほど興味があるか、ヒマじゃないと」

 葛西アイカが自殺志願者?

 湖に立っていたアイカのうつろな目つきを思い出す。彼女に自殺なんて言葉は似合わない。でも、映画だったらきれいな画面になるかもしれない……って、そんなの嫌だって!

「止めろよ!もしそうだったら!」

「止められるようだったら止めるけど、まあ、まだ推測だからね、あまり気にしないんだよ!岩本君!」

 幸平はそう叫びながら、湖の上を高速で飛び回った。人間飛行ショー。不気味だ。小型飛行機かなんかに人間を吊り下げて、そのまま高速で空中回転したらああいうふうになるんじゃないかと思わせる不自然な飛び方。空中首吊りショーだ。幸平の顔が半笑いだからよけいに怖いんだよ。

 自分が飛んでいる姿を一度幸平にみせてやりたい。無理だけど。

 僕は町に戻ることにした。葛西アイカを探そうと思った。気にするなと言われても無理だ。



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