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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良


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第五章 1

 いいか、僕は真面目な、そしてまともな人間なんだ。今でこそユーレイなんかになっているけどな、それでもまともなんだ。少なくとも、字室みたいに暇つぶしにそこらへんの人を殴って遊んだりしないし、幸平みたいに、ブツブツ独り言を言いながら湖の上空でアクロバット飛行して悦に入ったりしない(すごく不気味な姿なんだ、これが)サミみたいに酒に酔ったわけじゃないのに酔っ払いのような赤い顔で歌や踊りをやって、船から落ちたついでに船ごと湖に沈んだりしないし、梶村さんみたいに、米軍がテレビに映るたびに銃を構えたり、情けない政治家が映るたびにけしからんと言っていきり立って怒鳴ったりしない。

 僕は普通だ。狂ってない。狂いたくない。たとえ死んでいてここで永遠に過ごさなきゃいけないとしても絶対に狂いたくない。

 しかし、しかしだ。最近妙に空中アクロバット飛行がやりたくてうずうずすることがある。いや、だめだ、それをやったら自分としてはおしまいだ。だから我慢している。そして、この先ずっとここにいなきゃいけないということに絶望する。自分が一番まともで健全だということだけにすがって何とか平静を保っている。なのに、なのに……。

「岩本ってさあ、ちょっと変わってない?」

 理科室のパソコン画面を見ながらスダがつぶやいた一言に、僕は凍りついた。

「ど、どこが、どこがだ、こんなにまともな奴がどこにいるんだ!」

「ど、どうしたのさ、詰め寄ってくるなよ!怖いって!」スダが慌てて椅子ごと後ろにさがった「自分でまともって普通言わないと思うけど」

「悪かったな!どうせユーレイだよ!」

「機嫌悪いなあ。なんかあったの?ユーレイどうしの戦争とか?」

 突拍子もないことを言い出すスダ。でもそのほうがまともだな。アクロバット飛行よりは。

「みんな変になってるんだよ。死んでからだいぶたつと」

「あっそ。俺が変わってるって言ったのは、最初に会ったときより元気がなくなったって言いたかっただけなんだけど」

「元気がない?」

「ない。全然ない。疲れてるように見えるし、いきなり詰め寄ってくるし」

 ……ショックだ。やっぱり死んでから長くたつとそうなるのか……


「岩本くん。最近変だよ」

 砂浜で幸平に言われた。アクロバット飛行に言われたらおしまいだ!

「ど、どこが?」

「心ここにあらず。何か気になることでも?」

 お前のアクロバット飛行のせいだ!と言いたかったがやめた。

「このままだと頭がおかしくなりそうで怖いんだよ。いつまでもここにいなきゃいけないと思うとさ。誰にも僕らは見えない。やることもない」

「わかる。わかるけど、そこは工夫して耐えるしかないよ。なんなら一緒に特殊飛行でもやらない?死んでないとできないことだよ」

 ニヤリと笑う幸平。やめろ!僕を悪の道に勧誘するんじゃない!

「嫌だ!それだけは嫌だ!」

 大声で叫ぶと、幸平が不満げな顔をした。

「そんなにきつく言わなくたっていいじゃない」

「しょうがないだろ!不気味なんだよ!お前のアクロバット飛行は!」

「あー!そこまで言う?」幸平が宙に浮かんだ「だったらせいぜい一人で悩んでなよ!」

 そのまま湖の向こうへ飛んでいってしまった。

「ちょっと待てって!悪かったって!……あー行っちゃった」

 砂浜に一人取り残された僕は、湖を眺めて途方に暮れた。いつも通り遊覧船が就航している。そののんきな動きがとても気に障る。何が楽しくてあんなものに乗ってるんだろう、みんなは。そんな時間があったらもっとやることがあるだろうに、まだ生きてるんだから。

 そんなことを考えていると、隣に人の気配を感じた。見ると、女の子が一人、浜辺に立って湖を眺めている。

 知っている顔だ。確か、中学の、葛西アイカだ。ショートカット、きれいな足。

 こんなところで何を見ているんだろう?何か考え事でもしてるんだろうか?

 僕はそーっと近寄って、彼女の横顔をじっと見つめた。きれいだった、何か僕らには見えないものでも見てるみたいに、目がうつろに光っていた。胸が高鳴るのを感じた。いや、死んでるからそんな感じしないはずなんだけど、確かにそのとき、僕は動悸みたいなものを感じたんだ。


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