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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第四章 5

 それから、みんなで交互に穴を覗いた。僕もチラッと見たけど、もう二度と見たくない。ガイコツって言っても、理科室によくあるような、白くてきれいな標本じゃない。いろいろこびりついていて汚い。腐りかけみたいだ。それが床にある。でも、四十年も前の死体が腐りかけっておかしいよな。船と同じで貝殻とかがこびりついてるだけかもしれないけど。

「なーにが『中学生はダメ』だっつの。字室のヨワムシ!」

 ミカちゃんが悪態をついた。

「そうよ、死人が驚くようなことじゃないでしょう?」

「驚くに決まってるだろ!お前らがおかしいんだよ!」

 女子二人組みに責められた字室が悲鳴をあげた。僕も字室に賛成。でも幸平はぜんぜん驚いていなかった。

「あのさあ、車にはねられた死体のほうがまだ怖いと思うよ。字室君?」

 幸平が字室を見てにやっと笑う。今までの意地悪の仕返しなんだろうか?僕は自分や幸平のはねられた死体を想像して……怖くなったからすぐ頭から振り払った。

 でも、字室が怖がるのは確かに意外だ。だって殺人犯なんだろ?詳しくは教えてもらってないけれど。

「あれは誰かしら?」サミが穴を覗きながらつぶやいた「行方不明の誰かか、もしかしたら私かしら?嫌ねえ」

「サミ、怖いことを平然と言うなよ」

 思いっきり平常心のサミに、字室が引きつった顔で意義を唱えた。

「早く出してあげないと。砂浜に持っていったらダレかみつけるよ、私がケーサツに行ってもいいし。メンドーだけどぉ」

 口調とは裏腹に、ミカちゃんの表情は真剣だ。どうしてもドアを開けたいらしく、またドアに蹴りを入れ始めた。

「行方不明者の名前、どこかに書いてあったかなあ。新聞で調べておけばよかった。学者だったら性別くらいはこれから判別できるのかな」

 幸平の態度は至ってのんきだった。僕は……早く帰って寝たい。

「うらあ!」

 ミカちゃんのかけ声つきの体当たりと共に、バコッという派手な音がした。ドアが外れて内側に倒れた。もうもうとほこりが舞う。

「やった!」

 ミカちゃんが喜びに飛び跳ねながら中に入っていく。サミと幸平もあとを追っていった。

「俺、帰りたい」

「僕も、でももう逃げられないと思わない?」

 僕と字室は恐る恐る中を覗いた。骸骨の前で三人が話しているのが聞こえた。

「えらの張った顔みたいだね。骨の形からすると」

 幸平、冷静に分析するなよ。

「なんかホソくない?骨。普通こんなもんなのかなあ?」

「私じゃないわ。私はこんなに足が長くないですもの」

「足が長いかあ。痩せ型の男かもしれない。それにこれ」

 幸平がしゃがんで、何か、腐ったマットレスのようなものをめくりあげ、空中に放り投げた。そうだ、ものを動かせるんだ、幸平は。

「時計だ!」

 ミカちゃんが叫ぶ。僕と字室も中に入って幸平の前へ行ってみる。錆びついてはいるが、確かに腕時計の形をしたものが、床に落ちていた。針が一本だけ残っている。

「先生のだわ」サミが時計を見てすぐにそう口走った「時計をしてる生徒なんていなかったもの」

「あるいは、学校以外から来た乗客のだね。それは確かめようがないよ」

「いいえ!先生のです!」サミがすごい大声で叫んだのでみんなビックリして一歩後退「この時計は、知ってます。先生のです!先生の……!」

 サミは腕時計をつかむように手を伸ばした。でも手は時計をすり抜けるだけだ。それなのにサミはずっと握る動作を繰り返している。しばらくその様子を見守っていた僕らは、サミの言う『先生』が漠然とした他人じゃなくて、どうやら特定の、大事な人物らしいということに気がついた。そして、サミがひどく動揺してることにも。

 生きているミカちゃんが代わりに時計を手に取った。腐っていたのだろう、ベルトの部分がはらりと床に落ちた。

「どうしたらいいの、これ」

「私にちょうだい」サミがミカちゃんの目をまっすぐ見た「お願い」

「サミ、骨と一緒に外に出してあげよう。そしたら誰か供養してくれるよ、遺族がまだ生きているかもしれないし」

「嫌です!」

「でも」

「先生って誰?」

 言い合っているサミと幸平に質問してみたが、無視された。

「とにかく時計はちょうだい。お願い」

 ミカちゃんが困った顔で幸平を見た。幸平は無表情でうなずいた。いいのか?

「骨は出したほうがいいぞ。怖すぎるからな」

 字室がそう言ったとたん、骸骨がいきなり浮かび上がった!

「うわあああああああ!」

「大声出さないでよ字室君。僕が運び出すから」幸平が軽蔑しきった顔で字室を見ていた「骨はさすがにおいて置けないからね、わかった?サミ?」

 サミが下を向いたままうなずいた。ミカちゃんは部屋の隅にある崩れた壁のくぼみに時計をはめ込むように押し込んだ。

「ここでいい?部屋の真ん中においておくとウゴきそうじゃん?」

「いいわ」

 サミはそのあと、一人にしてほしいと言ってその部屋にこもってしまった。僕と幸平は、骨と一緒に海岸まで飛んで、砂浜にてきとうにばらまいた。自然に流れ着いたようには…見えないか。

 しばらくして、字室がまたミカちゃんを抱えて飛んできた。また『重い』と言ってケンカをしていたらしいが、砂浜の骨を見て二人とも黙り込んだ。

「こうなっちゃったら悲しいね、人って」ミカちゃんが本当に悲しそうにつぶやいた「ケーサツ呼ぼうか?」

「いや、別な人に発見してもらおう。そのほうが面倒がないし」幸平がミカちゃんのほうを向いた「もう帰ったほうがいいよ。もともとケンカして飛び出してきたんだし、梶村さんが心配して死にそうになってるかも」

 そうだ、ミカちゃんって、お父さんとケンカして飛び出したんだったっけ。

「忘れてたあ」

 ミカちゃんがぺろっと舌を出して照れ笑いした「おじいちゃんにはちゃんとセツメーしとくね」

「じゃないと俺らが撃ち殺されるんだよ」

 字室が文句を言った。だから、もう死んでるんだって、僕らは。



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