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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第四章 2

 その日はすぐにやってきた。駅まで娘一家を迎えに行くフデさんのあとを、僕と字室でついていく。幸平は行方不明だ。夜はたしか戻ってきたと思ったが、朝になって目を覚ましたらもういなくなっていた。

 駅に到着して数分後、古臭いローカル線から出てきたのは、フデさんを若くしたような、地味だけど頭のよさそうなおばさん。メガネをかけたいかにも性格の暗そうな、でっぷりしたおじさん。そして、頭がまぶしい金色の女の子。

 ……ちょっと待て、まさかあれが例の孫なのか?

 僕は彼女を一目見て呆然としてしまった。これはどう見てもぐれてるぞ。中学生って聞いてたけど。あの頭、あの顔つき。上はセーラー服を真似たようなシャツ、下が迷彩柄のパンツ。おしりがはみ出そうなくらい短いやつだ。顔は……はっきり言ってかわいくない。幼くて生意気そうな顔だ。目が細い。大きな口はにんまりと口角が上がっている。

「おばあちゃん、久しぶり」

 駆け寄ってフデさんに抱きつくミカちゃん。なんだかわざとくさい動きだ。いまどきこんな孫いるかなあなんて思ってたら、ミカちゃんはフデさんの肩越しにこちらを見て、ふざけたような笑いを浮かべながらペロッと舌を出した。

「久しぶりだなあ、あ、こいつ新入りだから」

 字室が楽しそうに笑う。僕は何と言っていいかわからず、反射的に頭を軽く下げた。すると、ミカちゃんは右手を上げ、親指だけ立てて見せた。後ろの両親はそんなミカちゃんを困った顔で見ている。

 案外かわいい子なのかもしれないな。


 ミカちゃんの金髪は今に始まったことではないらしく、梶村さんは驚かなかった。しかも、

「確か去年は桜色だった。群青色だったこともある」

 とまで言い出した、ちゃんと注意してくださいよ。一応保護者なんだから。

 ミカちゃんは金庫の前に正座して、梶村さんと話している(というより、一方的に、学校のむかつく連中のことをしゃべり続けている)親二人とフデさんは困った顔でそんなミカちゃんを見ている。

 彼らに見えているのは、金庫と会話している『変な子』だ。

「大きくなったら治ると思っていたのに」

 お母さん(フデさんの娘だ)がため息をついた。どうやらここに来るたびに金庫に話しかけている娘が心配らしい。お父さんのほうは無関心を装って(ホントに関心がないのかもしれないけど)気難しい顔でお茶をすすっていた。ミカちゃんはそんな親の態度は完全無視で、こんどは楽しそうに自分の服の襟を手でひらひらさせながら、海軍カイグーンなんてふざけて笑っていた。

 もっと変なのは梶村さんだ。ミカちゃんがしゃべってる間ずーっとニヤニヤしている。いつもの貫禄が台無しだ。エロビデオ見てるオヤジじゃあるまいし。かなりかっこ悪い。

「隊長はミカに甘いからな。いいか、絶対泣かすなよ。撃ち殺されるぞ」

 字室が耳打ちしてきた。今日は隊長か。それにしても撃ち殺すって何だよ。もう僕らは死んでるのに。

 しかも、前に幸平に聞いた話では、この娘さんはフデさんが戦後、別な男性と作った子供である。その男とは結婚しなかったらしいが。つまり、ミカちゃんと梶村さんには血のつながりがないんだ。(ちなみに、ちゃんと二人の間に生まれた息子も一人だけいるらしい)それなのにこんなにうれしそうなのはなぜだろう?いくら自分が死んでるからって、奥さんがほかの男とくっついてうれしいわけがないと思うんだけど。どうなんだろうなあ。そんなことは超越してしまうのかなあ。死んで何年もたつと。

 ミカちゃんは外に遊びに行くと言い出した。梶村さんが僕らに、

「ついていってやれ。幸平も見つけられるだろうからな、ミカなら」

 と言った。意味がわからないので字室のほうを見ると、いつになくニヤニヤと楽しそうに笑っている。こいつがニヤニヤしてるとホントに凶悪犯に見えるな。


 湖のほとり。砂浜と遊覧船乗り場の間にある波止場みたいなところに出る。観光シーズンだけど、ここは人がほとんどいない。

「字室、ゲンキだった?」

「見ての通り」

「で、そっちはダレ?」

「岩本祐一です」僕は丁寧に挨拶した「おじいさんにはお世話になってます」

「ふうん。イワモトかあ」

 ミカちゃんは波止場の一番端、あと一歩で湖に落ちるようなぎりぎりのところまで歩くと、湖面に向かって大声で怒鳴った。

「キサマはカンゼンにホーイされているううううう!出て来い!幸平!」

 僕は驚いてミカちゃんに近寄り、湖面を覗いた。と、水面から幸平の顔がにゅっと出てきた。ものすごく機嫌が悪そうだ。何やってんだ一体?

「アハハハハハハ!それで隠れたつもりだったのか?バカじゃねえのお前!アハハハハ!」

 字室が思い切り大声で笑い転げた。幸平は水面から、きつい目で字室とミカちゃんを睨んでいる。

 ミカちゃんが迷彩のポケットから携帯電話を取り出した。

「幸平は映るんだよね、これには」

 ミカちゃんが左手で、僕に向かって『見て』のジェスチャーをした。携帯電話の画面を覗くと、幸平の頭が湖面に浮かんでいるように、はっきりと映っている。驚いた!テレビカメラにも映らなかったのに!

「えーとイワモトはあ」ミカちゃんがカメラを僕に向けた「映らないね」

 ミカちゃんが『つまんないの』というような声で言った。僕も残念だ。ちなみに、映るのは幸平だけらしい。どうして幸平なんだろう?前に洞窟前で取られた映像には、だれも映っていなかった(放送で確認した)その後も何も報道されないから、あの洞窟の写真に僕らを見た人間はいなかったんだろう。ガッカリだ。

 ま、僕の姿がミカちゃんに見えただけ幸運だ。


ミカちゃんは幸平を追いかけまわしてキャッキャッと騒いでいる。それを見て字室がけらけら笑っている。僕はどう反応していいかわからず、三人を黙って見守っている。店のほうを見ると、梶村さんが珍しく外に出てこっちを見ているのがわかる(あまり家から離れようとしないんだよな)

 幸平だって、いやなら飛んで湖の向こうにでも逃げればいいのに、律儀に地面のあたりを『走って』逃げているんだから、一応気を使ってるんだろう。ミカちゃんにつかまったらどうなるんだろう?そもそも、ユーレイをつかまえられるのか?ミカちゃんって。

 これが二人とも生きている中学生だったらなあ。美しい海岸(いや、湖岸か)で青春日記なんだけどなあ。中学生日記に使えそうじゃないか。そういえば僕らって、青春真っ盛りで死んでるんだなあ。あまり実感がわかない。悲しいが、生きていても女の子においかけられるとは思えない。そもそも青春なんて言葉が死語だよな、もう。

 僕は不意に、スダに乗り移ってるときに会った女の子を思い出した。たしかアイカって言う名前の、きれいな足の女の子。スダと同じクラスだから今でもよく見かける。ああ、僕が生きてたらなあ……って、わざわざ釧路からここまで来ないよな。生きてても。だいいち存在を知らなかったよな、彼女の。

「もう!いいかげんにして!こっちだっていろいろ用事があるんだから!」

「どんなヨウジだ!言えるものなら言ってみろっての!」

 追いかけ回しごっこは続いている。ミカちゃんは漢字語の発音が変で、ときどきカタカナに聞こえる。

「ねえ、あれ、何が楽しいの?」

 字室に聞いてみる。

「はたで見てる俺らが楽しいんだよ。いいじゃねえか。たまには幸平も人に翻弄されたほうがいいんだよ。人生経験が足りないんだよあいつは」

 人生経験と追いかけ回しごっこがどう結びつくのか、僕にはわからない。

「問題はあれだな」

 字室が商店のほうにあごをしゃくった。見ると、梶村さんだけじゃなく、ミカちゃんのお父さんが外に出ていて、こちらを見ていた。遠いからはっきり見たわけじゃないが、苦い表情のようだ。

「あのオヤジにはミカしか見えてねえんだ。どういうことかわかるか?」

「一人で走り回ってキャーキャー言ってる頭のおかしい娘?」

「そう。そんな奴はっきり言って精神障害だろ?」

 梶村さんはきっとニヤニヤしながらこっちを見ているだろう。はっきり見たわけじゃないが、お父さんとの表情はきっと対照的だろうなあ。



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