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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第三章 4

 夜になった。いつも通り商店で、フデさんと一緒にテレビを見る。字室はまだ帰ってこない。幸平は梶村さんに今日のイタズラの報告をしていた。

「あまり不道徳なことはやめておけ。相手がもっと不道徳だった場合は別だがな」

 梶村さんはそう言ってため息をついた。意外と怒らない人なんだな。もっと厳格な人なのかと思ってた。そういえば、僕はこの人とじっくり話をしたことがない。僕の話し相手はいつも幸平かサミだ(最近スダも加わったが、あまり生きている人間と話するのはよくないのかもしれない)

 思い出したついでにスダの家に行った。時間的には夕飯が終わったころだ。あのスダユウイチ体験以来、たまにこの家の様子を見に行くことにしているんだ、気になるから。

 二階の窓の前でスダを呼んでみる。窓が開いた。開けなくても入れるのに。

「夕飯は普通?」

「またその質問かよ」スダがあきれたように伸びをしながら言った「大丈夫だって、一人前ハンバーグでしたって。いつまでうちの夕食の心配してんだよ」

 そばかす男が笑った。

「あのさ、町のはずれの心霊スポットって知ってる?」

「洞窟?あれ、もしかしてあそこにいる幽霊が岩本?」

「アホか。あそこに幽霊なんていない」

「えー困るよ。この町の貴重な観光資源なのに。幽霊グッズ売ろうって話があるんだ」

「はあ?」

「真面目な話、親父が言ってたよ。ほら、観光物産店ていうの?けっこう今売り上げ厳しいから、町としても何かアピールがほしいわけ。できればもう少し騒いでほしいって仲間に言っといてよ」

「なんだとおおおおお!?」

 ……カツラ争奪戦の話をしてやろうかと思ったがやめた。どうせテレビで放送されたらわかることだし、そのときまで話題はとっておこう。

 それにしても、幽霊話に頼らなきゃやっていけないほど、この町は不況なのか?いや、北海道はどこもダメなのかもしれないけど。

 スダとはよく『どうして僕が取り付くことになったのか』っていうことを議論するんだが、いつもたどり着く結論は同じだ。

「現実逃避したいところに、偶然岩本が来たんじゃないの?それでほんとに逃げちゃったんだと思う」

 でも僕はそれだけじゃ納得できないんだよな。


 湖に向かう。黒っぽい船の影がすでに湖面に浮かんでいた。サミが一人で空を見上げている。曇ってるから何も見えないのに。

「雲が嫌いなの」僕の顔を見るなりサミがつぶやいた「私の友達を隠しちゃうのよ。ほかに見るものがないのに」

「いいじゃない、僕もいるし。幸平もそろそろ来るよ」

「字室はどこに行ったのかな」

「字室……」やぱりあいつのことが気になるのか、サミは「霊能ババアと格闘して、車でどっか行っちゃった」

「霊能ババア?」

 僕は昼間の心霊スポットと、霊能ババアのことを話した。

「洞窟か。行ってみたいけど私は無理ね。山側にあるでしょう、あそこは」

 サミは湖から出ることができない。町が見えてるのに行けないって嫌だろうな、すごく。

「女の幽霊なんてあそこにはいないんだけどね、観光資源にしたいらしいよ、町が」

 スダに聞いた話をする。サミはこの町の経済について初めて知ったようだ。

「だったら湖にもっと人を呼んでほしいな。私が化けて出てやればいいのよね」サミが楽しそうにそう言ったけど、すぐにその笑いは消えた「でも誰にも見えないのよね、私たちは」

「そうだね」

 二人で船の甲板に座る。目の前は真っ暗だ。遠くに町の明かりが見えるけど、数が少ないし、なんだか物寂しげな感じがした。

 誰も僕らに気づかない。誰にも僕らが見えない。

 ああ、ほんとに僕らは死んでるんだな。体はもちろん、社会的にも。精神らしきものはここにちゃんと残っているのに、誰にも知ってもらえない。

 その日は結局、幸平も字室も湖に現れず、サミもほとんどしゃべろうとしなかった。


「昨日は二宮有希が出てるドラマがあったんだ。二時間スペシャルで」

 翌日、船に来なかった理由を、幸平はそんなふうに言った。見終わってから来ればいいじゃないか。

「サミには言っておいたんだけどね。怒ってた?」

「怒ってないけどさ、字室も来ないから、ずっと黙ってた」

「字室君は梶村さんと話しこんでたよ。岩本君が出て行ったすぐあとで」

 どうやら入れ違いになったらしい。でもあの二人で何を話すんだ?

「あの二人の話は抽象的ですから僕には理解できません」

 ふてくされた早口で幸平が言ったが、なんだか否定的な響きのする声だった。

「あ、そう」仲がいいのか悪いのかよくわかんないなあ、幸平と字室「二宮有希、好きなの?」

「好きだよ」幸平がにたにたと笑った「僕にとっては、由希以上の女性はいないんだ」

「ふーん」

 ちょっと意外だった。見た目が幼いからか、女の人には興味がないのかと思っていた。しかも二宮有希は若い女優じゃない。三十代後半くらいかな?まあ年寄りでもないけど。ユーレイは暇で、いっつもテレビ見てるから、芸能人には詳しいのかもしれないな。

「旅館見に行かない?あの人たち今日も収録するのかな?」

「もう帰るんじゃない?あれだけ奇行を撮影できたら十分番組作れるだろ」

 一応幸平と二人で旅館へ見に行くことにした。旅館の入り口にスタッフの車が見える。カメラマンが荷物を運び込んでいた。移動するのか?

「おう、お前らも来たか」

 車の陰から字室が現れた。

「どこ行ってたんだよ」

「いいだろそんなことは。それより、あいつら次のスポットに移るらしいぜ、懲りねえなあ」

「次?どこ?」

「さあ、青森県って言ってたけど……あ」

 字室が言葉を切って遠くを驚きの目で見たのでなんだろうと思ったら、旅館から霊能ババアとユウキさんが出てきた。二人は腕を組んで歩いてきた……というより、ババアが一方的にくっついて嬉々としているという感じだ。ユウキさんは顔は笑っているが、口元がひきつっている。

「かわいそーだなあ。昨日からああなんだぜ」

 字室が初めて優しそうな声で発言した。目が本当に同情しているような感じ。幸平は一瞬意味がわからなかったらしく、二人をじっと見えて目をしばたかせた。僕は……やっぱり、かわいそう。それにもしかしたら、ユウキさんだけ部屋が個室だった理由は……想像したくない。

 ユウキさんが車の後部座席のドアを開け、ババアを中に入れた。プロデューサーがユウキさんに近寄ってきて、耳打ちする。

「悪いけど、もう少し機嫌とっててくれや。ホントに悪いけど。金は弾むからさ」

「わかってますよ」

 プロデューサーが前の席に乗り込む。ほかのスタッフも青い顔で中に乗り込む。。ユウキさんが窓を開けた。そして、空を、ちょうど幸平が浮かんでるあたりを見上げた。幸平もまっすぐユウキさんを見下ろしている。

「……もう悪いことすんなよ」

 ユウキさんがつぶやいた。

 僕ら三人がその言葉に硬直しているうちに、車が走り出した。そして、どう考えてもスピード違反にしか見えない速さで、地平線のはるか向こうに消えてしまった。


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