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ぼくらは死んだ  作者: 水島素良
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第三章 2

 そして、今僕ら(僕と幸平と字室)は、変な蛍光ピンクの和服を着たババア(霊能者だって!)と、その後ろを仰々しく機材をかついでついていくテレビ局スタッフを上空から眺めている。彼らは町外れにある洞窟に向かっている。幸平の話では、幽霊がよく目撃される場所として有名で、自殺の名所でもあるそうだ。その話を聞いたサミが、

「わざわざ死のうとする奴なんてただのバカじゃないの!」

 と怒っていた。

「でもねえ、肝心の僕らが見えた人は今まで一人もいないんだよね。勝手に雰囲気に怯えて、頭の中で幽霊を作っちゃったんだとしか思えない」

 幸平の口調は不満げだったが、顔は笑っている。機嫌がいいらしい。

「ちょっとは期待してたんだけどね。誰かが来るたびに、こんどこそ僕らが見えないかなってさ。ま、何年たっても来ないからもうあきらめたけどね」

 霊脳ババアの前に字室が立ちはだかって

「おい!ババア!」

 と怒鳴った。全く反応なし。ババアは字室をすり抜けて、淡々と道を歩いていく。その顔つきがすごくえらそうだ。NHKの大河ドラマに出てくる大奥のこわい人みたいだ。

「ケッ!ババアは嫌いなんだよ!」

 字室がはき捨てるように言うと、幸平も、

「あの人も詐欺だねえ。少なくとも僕らにとっては」

 と言った。それでも僕らは、暇つぶしに彼らに密着することにしたのだ。なんせ世界一暇なユーレイだから。本当に、時間だけはいくらでもあるんだ。でも暇つぶしの手段がない。こういう客は利用しない手はないってわけ。

 と、長いマイクみたいなのを持っている金髪の男がふっとこっち(上空)を見た。僕らが浮かんでいるあたりをじっと見つめているようだ。顔は無表情。驚いている様子はない。日本人離れした細くて青白い顔だ。なんかの映画に出てた俳優に似てる。

「おい!音声!早く来い!」

 上役らしい、ひげ面のでっぷりした男が怒鳴った。その声で我に返ったんだろう。音声と呼ばれた男もあわてて前方のスタッフを追いかけていった。

「今の人。僕を見てたよ」

 幸平はぼんやりとした目つきをしていた。

「お前は自意識過剰なんだよ。ただ空を見ただけじゃねえの?」

「いや、目が合った」

「ありえねえって」

「二人とも、言い合ってるうちにあいつら行っちゃうって」

 僕が叫ぶと、二人がそろってこっちを睨んだ。怖いので無視してスタッフを追いかけることにする。こういう仲介役は苦手なんだよ。やっぱ字室いないほうが気楽でよかったなあ。


「ここが究極の心霊スポットといわれる洞窟です。見るからにあやしい雰囲気がありますね。うわさでは美女の幽霊が出るという噂ですが……」

 洞窟前。熱っぽい口調でしゃべるレポーターをカメラマンが撮影している。僕ら三人がカメラの前で間抜けなピースサインをしていることにも気づかずに。

「へへっ。これが全国ネットで流れたら、一人くらい俺らが見えてもおかしくないよな」

 字室がテレビカメラのレンズを覗き込む。

「あんまり期待しないほうがいいと思うけどね。案外この人のほうが感覚強そうだけど」

 幸平が金髪の音声さんの肩を触った。音声の肩がびくっと震えて、機材が落ちそうになる。

「おい、ちゃんと持ってろ」

 上役が小声で怒った。かわいそうに、音声。

 どうやらこの番組のスタッフ(霊能ババアも含めて)の中には、僕らが見える人はいないようだった。心霊写真も霊能者も大したことはない。要は詐欺ってことか。

 こうなったら徹底的に邪魔してやろう!……と言っても、できることがないな。

 幸平と字室はすでに嫌がらせを始めていた。まず幸平がその辺にある石をてきとうにころころと転がす。坂でもないのに勝手に転がる石。ああ怖い。

「うわっ!」転がる石に気がついたらしい。上役が叫んだ「カメラ!撮ってるか!」

「撮ってまーす」

 でかいテレビカメラを持った男がのんきな声で応じた。上役ほど驚いてないらしい。

 字室はそのカメラマンの腕をつかんで、思い切り引っ張った。カメラが地面に落ちてカメラマンも倒れた。

「おい、どうした?」

「わ、わかんない。誰かに腕を引っぱられた」

「たたりじゃあ!」ピンクの霊能ババアが仰々しい声で叫んだ「たたりじゃあ!女が怒り狂っておる」

 ……あのう、字室は男なんですけど。

 字室のほうを見ると、ものすごく不機嫌な顔だ。眉間にしわがよってる。

「ババアは嫌いだ」

 と言うが早いか、字室は霊能ババアの髪をつかみ、思い切り引っぱった。そういえば、字室は人に触れるんだったかなあ、と思っていたら、ババアの髪はカツラだったらしい。ボロッと頭から取れてしまった。これにはさすがの字室も驚いたらしい。あわてて髪の塊を地面に投げ捨てた。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 哀れ霊能ババア。頭を手で押さえながら、祟りより怖い叫び声をあげた。それは洞窟内、いや、たぶん町中に響き渡り、女の幽霊が怒りにうめいているようであった。ババアは何かに取り付かれたように、頭を押さえて体をゆすり、ぴょんぴょん飛び回りながら叫び続けた。

 ボーゼンと地面に落ちたカツラを見つめる字室。幸平はおかしくてたまらないのか、笑い転げていた。本当に地面を転がりながら爆笑していた。僕も笑いが止まらなかったが、さすがに地面を転がる気にはならなかった。

 スタッフのほうを見ると、上役らしい男とカメラマンが、今日のところはこのへんで引き上げよう、と事務的に話していた。ババアの狂態には目もくれずに。

 音声さんを見ると、やはり叫んでいるババアは無視して、ちょうど幸平が笑い転げてるあたりの地面を見て怪訝な顔をしていた。見ちゃいけないものを見ちゃったような顔つきで。もしかしたら、本当に幸平が見えてるんじゃないだろうか?

 霊能ババアは周りには目もくれずに、なにやらわけのわからないことをわめき散らして、体をゆすって飛び跳ねていた。『狐憑き』ってこういうことを言うのかなあ、と僕は思った。

「罰当たりババア」

 字室がぼそっとつぶやいた。嫌悪感でいっぱいの顔をしていた。笑う気にはなれないらしい。


 テレビ局ご一行は、湖のほとりにある一番立派な旅館(一泊八千円)に宿泊していた。

「ねえ、旅館までついてくることないんじゃない?」

「何言ってんだよ?こんなおもしれえことめったにないだろうが」

「そうそう、遊べる人ではとことん遊ばないと、ねえ字室君」

 なるほど、字室と幸平はこういうときだけ仲がいいらしい。

 旅館の部屋を一つ一つ覗いてスタッフを探す。霊能ババアはすぐに見つかった。旅館の中でいちばん広くてきれいな部屋にいた。疲れたのか、ベッドで寝ていた。顔はビックリするくらい汚いしわしわのおばあさんで、カツラは何故か元通り装着していた。

「寝るときこそ外せばいいのにねえ」

 幸平がつぶやいた。同感。それにしてもこのババア、フデさんと同じくらいの年なのだろうか?ずいぶん違うよなあ。フデさんはいかにも田舎のおばあさんだけど、いつでも身奇麗していて、顔の色も明るい。メガネをかけているせいか学者然として見えることもあるくらいだ。それに比べると、霊能ババアは顔に悪霊が取り付いているように見える。

 インチキとはいえ、一応霊能者を名乗ってるんだから、何かおもしろいアイテムでもないかなあと思って、三人で部屋を物色した(ただし、ものが動かせるのは幸平だけだから、僕は黙って見てただけ)けど、出てきたのは異常な量の化粧品が入ったバッグだけだ。

「どんだけ塗りたくってんだよ。どっちにしても汚ねえのに」

「まあまあ字室君。ほかのスタッフ探しに行こうよ」

 はりきっている幸平を先頭に、僕らは隣の部屋へ直行(壁をすりぬけたってこと!)

 そこにはスタッフで一番えらそうな、あのひげ面の男がいた。座卓に向かって台本を読みながら、赤ペンで何か書き込んでいる。

『洞窟の女の祟り……カツラが飛ぶ』

 そう書いたが、すぐに『カツラ』の部分を二重線で消して眉間にしわをよせ、腕を組んで

考え込んでしまった。

「アハハ、アクシデントがあって困ってるんだね。ほんとはあそこで写真とババアのコメントだけ撮る予定だったんだ」

 幸平が台本を覗いて笑った。要するに最初から作られてるんだな、心霊スポット。心霊写真とかよくテレビで見るけど、インチキなんだろうなあ。ユーレイが言うのも変だけど。

「さっき撮ってた映像さ、どうなってるだろうね」

 字室に聞いてみた。

「一人くらい映ってんじゃねえの?」

「カメラマン探してみようか」

 幸平に同意して、僕らはまた隣の部屋に移動した。

 そこにいたのはカメラマン……ではなくて、さっきの色白の音声さんだった。ベッドの上で大の字になって寝ていた。部屋に入るなり倒れましたって感じだ。

「きっとこの人、重いもの持つの慣れてないんだと思うな。体が以上に細いよ」

 幸平が音声さんの腕を指差して、顔を覗いた、と、音声さんはいきなりベッドから跳ね起きて、慌てた様子で部屋をきょろきょろと見回した。ものすごい汗をかいていて、怯えているようにも見える。

 部屋を見回したあと、またベッドに倒れこんだ。そして一瞬で眠ってしまった。

「……何だ、今の」

 字室が呆然とした顔でつぶやいた。僕ら三人ともびっくりして動きが止まっていた。特に幸平。ベッドがあるのとは反対側の壁にくっついて、、目を見開いている。

「僕、近づかないほうがよさそうだね。余計に疲れさせちゃうみたいだ」

「でも、何でこいつ幸平だけ感じ取るんだ?」

 字室が不満げな顔で言った。

「知り合いじゃないの?」

「全然知らない」

「カメラマン探そうぜ。こいつ大した荷物持ってねえよ」

 字室の言葉に従って、またまた隣へ直行……女子便所だった。おばさんがスカートをめくる瞬間……三人とも瞬時に音声さんの部屋へ後退。

「あ、危なかった……」

 安全策として廊下を経由することにした。要するに、普通にドアから入るってこと。



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