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003 罠と不良と変態と

 電車を降りて駅から10分程度の道程もイケメン二人に挟まれて、やれ触らせろだの、やれパンツは何色だののセクハラを受け流しながら登校。新人のOLさんか、俺は……。

 正門を抜けたところで地鳴りと微かな呼び声が聞こえてきた。

 何だ? 声の方向に顔を向けると学校の中から女子の集団が笑顔で駆け寄ってくるのが見えた。

 ああ、イケメンどちらかもしくは両方の信者の方達ですね。ちゃっちゃと攫って行っちゃってくださいな、この邪魔なセクハライケメンたちを。


「十祭く~ん♪」


 お、おお、俺っ!? 俺を呼んでいる? マジで? 我が目を疑うとはこの事か?

 自然と顔が綻んでいくのがわかる。今の俺の顔は鼻の下の伸びた猿のへのへのもへじになっている事だろう。

 黄色い声と地響きに飲み込まれるように俺は拉致された。胴上げされた状態でわっしょいわっしょい運ばれていく俺。

 遠目に騎馬と二重先輩が何か俺に言ってるのが見えるが気にしない。だって、気持ちいいんだもん♪ 女の体って柔らけぇ。こんな布団があったら二度と起きないだろうな。夢ならこのまま覚めてくれるなよ、頼むから。

 願いは虚しく俺は校舎裏でそれはもう乱暴に地面に落とされた。何人かの女子が汚らしげに制服をぱんぱんと掃っている。


「最低っ、早く洗濯したぁい。こんなんで授業受けなきゃなんて信じらんなぁい」


「カビでも生えたらどうしてくれんのよぉ~」


 えらい言われようだ。心が痛い。


「ダメじゃないか、丁寧に扱ってくれなきゃ。そんなんじゃご褒美あげられないぞ」


 そんな女子たちの肩を抱いてその心をメロメロの手玉に取る男。逢瀬おうせ 弦吾げんご。ウェーブのかかった長髪に甘いマスク。口の左下にある艶ほくろが印象的なイケメンである。


「モーニン、つ・か・さ♪」


「逢瀬か、朝から手の込んだマネしやがって」


「満更でもなかったろ?」


 確かに。素直に「ありがとう」と言えそうな自分が怖い。

 女子にキャーキャー言われるのは一般男子にとって最大の夢と言っても過言ではない。それが一時とはいえ叶ったのだ。満更どころか大いに満足である。例えそれが仕掛けられたものだったとしても。それを見透かしたように得意げな笑みを浮かべてやがるのが憎たらしいが。

 逢瀬弦吾。コイツは何かと策を巡らせるタイプだ。ラブレター作戦やら、曲がり角でぶつかって作戦とか……実行している女子は大変だろうが、俺にとっては貴重な女子との触れ合いなので作戦自体は嫌いじゃなかったり……。いやいや、そこが逢瀬の狙い。引っ掛かってたまるか。


「まあな。ありがとよ、じゃあな」


 ここは早々に立ち去るに限る。ところが立ち上がろうとした俺の体を柔らかい感触がロックする。女子たちが俺の動きを封じるべく四肢を抱きかかえているのだ。


「つれないなぁ。まだこっちはご褒美いただいてないんだよね」


 逢瀬はそう言って動けない俺の顎を人差し指でクイッと上げさせる。コイツ、マジか? いやマジだな、マジで俺の唇狙ってやがる~っ!


「や、やめろっ! お、お前らいいのか? コイツ、俺にチューする気だぞ?」


 俺を羽交い絞めしている女子たちに説得を試みる。


「大丈夫。男子同士はノーカンって事に決まったから」


「成功のあかつきには特別ボーナス。逢瀬君とのラブラブランチ券が貰える」


 め、目が血走ってらっしゃる。それに『ラブラブランチ、ラブラブランチ……』と呪文のように唱え始めた。めっちゃ怖いんですけど。別の女子が後ろから両頬を手でロックし、更に俺の逃げ場を奪う。


「逢瀬君、さあどうぞ」


「ふふ、目を閉じているといいよ。可愛い仔猫ちゃんたちの感触を味わっているうちに終わらせてあげるからさ」


 ぐ、ぐおお、この女子たち意外に力が強い。潜在能力でも引き出してるのか?

 ああ、でも女子の感触は心地良い。身も心も蕩けそうだぁ……。やべぇ、もう眼前に逢瀬の唇が迫っているってのに体に力が入らない……。このままじゃあ……。ファーストキス奪われちゃう。

 突如、逢瀬の顔が下へ消え何やら通り過ぎた風圧が鼻先をかすめた。

 逢瀬の顔が消えた後ろにハンドポケットで半身に立つ金髪男子の姿があった。

 魅羽みはね 映次。堅苦しいモノ全てに抗うように制服を着崩し脱力したスタイル。染め上げた金髪さえその容姿を支えるのに不安を感じさせる不良系イケメンの登場だ。

 その日本刀が如く危険でありながらも見るものを魅了してやまない存在感は周りにいる逢瀬の取り巻き女子たちも色めきを隠せない。


「いきなりの横蹴りとは相変わらず物騒じゃないか、魅羽クン。ボクの仔猫ちゃんに傷が付いたらどうするんだい?」


 どうやら背後から逢瀬の頭を蹴りにいったらしい。警告なしで。恐ろしい奴。それを避けた逢瀬も逢瀬だが……。


「……オレがそんな間抜けかよ? テメーのやり口は気に入らねぇ」


 一呼吸間を空けて話し出すのが魅羽の特徴だ。


「一応、先輩なんだよボク? 口の利き方には気を付けて欲しいな」


 そう魅羽は一年生。逢瀬や俺にとっては下級生だ。


「……っせーな。誰であろうとオレのツカサに手を出す奴は許さねぇ」


「お前の違うわっ!」


 イケメン不良とはいえ、ツッコむ所はちゃんとツッコんでおかなければならない。


「そう、ボクの司だからね♪」


 逢瀬は俺にウィンクを飛ばしてくる。


「……ざけてんじゃねぞ、先輩ちゃんよぉ」


 魅羽の眼光が殺意を帯びて鋭くなった。姿勢がハンドポケットのままだが腰の重心を落とし始めている。

 それを察知して逢瀬もアウトボクシングスタイルで軽く跳ねながらリズムを刻み出す。


「後輩に舐められて大人しくしてるほど、ボクも草食じゃないんでね」


 あちゃ~マズイな。二人とも本気で喧嘩モードに入っていらっしゃる。

 女子たちは一触即発の雰囲気に怖がって声も出ない感じになってるし、これはひょっとして俺が止めないとイカン流れ? はぁ……そうなんだろうなぁ。

 校内で喧嘩沙汰となれば問題だ。喧嘩の原因が俺の取り合いとか知れたら、それこそ大問題だ。イケメンは保護されても、へのへのもへじは処分確定じゃん!

 けど実際問題どうするよ? どうしたらこの場を丸く、もしくはうやむやにできる? 間に割って入るか?

 

「私のために喧嘩しないでっ!」


 ……おかしいだろ。仮にそうしたとして余計こじれるだろうし、正直やりたくない。

 手は無い、ではないが……。これまた更に女子に嫌われるんだろうなぁ。気が重い。と思いつつ、顔が自然とだらしなくなっていく俺。


「土の味をグルメリポートさせてあげるよ、魅羽ちゃん♪」


「……上等」

  

 逢瀬の挑発に魅羽が乗ってしまった。もう迷っている場合ではない! やるしかない! こんな所で問題を起こさせるわけにいくかっ! 嬉しそうに見えるのはたぶん気のせいだ、みんな目を瞑っていてくれっ!

 俺は四肢を押さえていた女子を振りほどき、おもむろに近場にいた女子の一人に抱きついた。そしてむしゃぶりつくように胸の谷間に顔を押し付ける。


「きゃあーーーーーーーーっ! いやぁーーーーーーーっ!」


 絹を裂くような悲鳴が校舎裏にこだまする。


「むひょーっ! 女体最高ーっ!」


 はぁぁ、気持ちええ~……って、いかんいかんっ! 目的を忘れてどうする?

 適当なところでその女子を解放し、他の女子を物色する。すると皆胸元を隠して逢瀬と魅羽に助けを求め駆け寄っていく。戸惑う逢瀬と魅羽。

 よし、これで喧嘩どころではなくなったな。これで俺の行く手を遮る女子はいなくなったわけだ。逃げ道確保に成功。作戦通りだっ! 俺はイケメン二人と女子達に背を向け、一目散にダッシュでその場を立ち去る。


「あ、司っ! ちょ、……」


 俺の策に気付いても後の祭り。助けを求める女子が邪魔で追っては来れまい。


「授業遅れんなよーっ」


 そう言い残し角を曲がる。俺が居ない所で喧嘩続けるほどあの二人も馬鹿じゃないだろう。だから俺が逃げ出すのが最善の策だったのだ。

 とはいえ失ったモノが大きすぎる。あれじゃただの変態だ。俺の方が問題を起こしてるとも言える。

 はあ……、ホント疲れる。

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