おはようなんて言わない
「映画を観に行きませんか!?」
中学校の卒業式が終わってからすぐの事だった。私のメッセージアプリに一つだけ着信があって、家に帰ってからそれに気づいた。同級生のS君からのそのメッセージは、なぜかビックリマークとはてなマークがついていて、S君がどういう気持ちでそれを送ったのか何となく想像がついた。
デートのお誘いだ。
S君には以前告白された事があったのだけど、その時は気持ちが動転してしまってすぐに答えを出せなかった。告白されたのが金曜日だったから「月曜日まで待って」と言って答えるのを先延ばしにした。その時の私といえば茹で蛸みたいになっていたんじゃないかと思う。
でも私は、未だにその答えを出せないでいる。私自身、S君のことが好きなのかどうかよくわからなかったからだ。確かにS君とは話も合うし、異性のクラスメートの中ではきっと一番目くらいに仲が良かった。でもそれが、好き、という感情なのかと聞かれれば、すぐにそうですとは答えられない。
そもそも答えが出たところでどうすればいいかわからない。
一回付き合ってみたら良かったのにと友達は言うが、そんな体験版みたいな扱いは違うと思った。S君をそんな風にしたくなかった。
観に行ったのは少し前に話題になったアニメ映画で、ロングランに入っている。気になってはいたけれど観る機会が無かったから丁度良かった。
その日は青いクリアファイルみたいな空で、服の隙間から吹き込んでくる空気が少しだけぬるくて春の訪れを感じさせた。
シンプルなデニムのズボンに黒いシャツと灰色のパーカーを合わせて、私は電車に乗った。
S君は一つ前の駅から電車に乗っているはずだ。
S君は私を見つけるとにっと笑う。最後に見たときもそうだった。どういう顔をしていればいいか悩み尽くして結果答えの出なかった自分がバカみたいだった。
私は入り口の近くに立って、窓の外を眺めた。ややあって電車が動き出した。周りの田んぼや色のない家が流れるみたいにして視界を横切っていく。実際に動いているのは私なのだけれど。
「なんで映画誘ってくれたの?」
「そりゃ、一緒に映画行きたいなって思ったからだよ」
S君は男子にしてはやや高い声だった。私はどこを見たらいいかなんて分からなかった。だからただ外を見ていた。
映画館はそんなに混んでいなかった。
私は一番近い時間にやっていた目当ての映画を見て、帰路についた。
「やっぱり、人気なだけあるね」
「最後のところ感動しちゃった」
「俺はラストシーンにかけての勢いがすげー良かった」
私はまた窓の外を見ていた。
◇◇◇
私は最初に乗った駅から一つ離れた駅で電車を降りた。やっぱりここに来るべきだと思った。
駅からあまり離れていない場所に、それはあった。近くの水くみ場で水桶に水を汲んで、そこまで行った。
どうせここに来るつもりだったならお線香とか持ってくればよかったなと思ったけど、お線香が無くたってS君は気にしないだろう。
木製の柄杓で水桶から水を掬う。
めいいっぱい腕を伸ばしたら、ぎりぎり一番上に届いた。ゆっくり柄杓を傾けると、柄杓から水が流れて墓石の色を変えていった。
墓石にはS君の苗字が刻まれている。
「寒い?水かけない方がよかったかな」
「全然。ちょっと埃積もってたから丁度良かった」
また水を掬って墓石に水をかける。
「突然メッセージ来たからびっくりしちゃった」
「気味悪くなかった?」
「私はお化けとか大丈夫なつもりだったけど、実際あるとなかなか……」
「ごめん」
「でも映画は面白かったよ」
「なら良かった」
「また来るね」
「うん」
私は水桶を元の位置に戻して、時間を確認した。この時間ならまだ電車はあるだろうけど、家まで歩く事にした。
時々、全部夢だったんじゃないかと思う時がある。私が卒業したのも、去年S君が事故に遭ったのも、つい最近S君から映画のお誘いがあったのも、全部、全部。
もし全部夢で、起きたら隣にS君がいたら、おはようよりも先に言わなくちゃいけない事がある。
おはようなんて言わない。そう決めた。




