魔王
粉々に、壊れてしまった
欠片が、見当たらないほどまでに
もう、直すことはできないだろう
それを、私は望んでいない
もう、直してほしいとも思わない
もう、受け止めようなんて、欠片も思わない
だからもう、私は受け止めることが、出来ない
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華が魔王と呼ばれるようになったその日から、華の生活は一変した。それこそ、今までの華の生活では考えられないほどに。元の生活ですら、今の生活を送ることになるとは想像もしていなかった。
多くの魔族が―――それこそ、数えきれないほどの―――華に傅き、その存在を喜んだ。あまりの喜びように、華は戸惑わざるを得ない。
しかしどうやらこれもギルの言う本能からくるものらしい。なので早々にとやかく言う事を諦めた。たとえ自分が魔王として自覚がなくとも、彼らはそれでいいのだろう。
そしてとうのギルは、相も変わらず甲斐甲斐しく華の世話を焼き、やせ細ったその体を戻そうとしていた。
毎日回復の魔法をかけてくれているようだが、それだけでは華の衰えた体力やダメージ全てを癒すことはできなかったのだ。
そんなある日、ギルは改まって華に話を切り出した。
「恐れ入ります、ハナ様。ハナ様の今後の為に、何人かの魔族を紹介したいのですが、宜しいでしょうか」
ギルは、いつでも華の意思を優先させる。まるでそれが当然だとでも言うように。華からすれば、戸惑う要因の一つとなっているのだが。だからもし、嫌だと言えばきっとその魔族たちと会うことはないだろう。そうすれば、華の生活は酷く狭いものとなってしまうだけだろう。
だから、華は自分で考えて答えなくてはならない。
「構わないよ、どんな方々?」
しかし、ギルはくぅ、と歯ぎしりすると渋々答え出した。どうしてそんな表情をするのか、華はあえて考えないようにしていた。
「魔界の五将にございます。我ら魔族のなかでも、五人だけがもらえる称号です。 一つは私が頂いておりますので、残りの四人を紹介したく…」
しかし、ギルの顔は心底嫌そうに見える。さすがにそんな表情を浮かべられたら、会うのがいけないことなのだろうかと考えてしまう。
「……ギル、紹介したくないなら構わないけど」
華はため息とともに言った。会わせたくないのであれば、そもそも言わなければいいのにとすらも思いながらそう言う。華のその言葉に焦ったのはギルだ。
「いいえ、ハナ様!違うのです!」
あまりの慌てように、華はどうかしたのかと問う他なかった。会わせたくないのかと思いきや、そうでもないらしい。だが、そのあまりの差に華のほうが戸惑いを隠せない。
「いいえ、ただ、今まで私のみがハナ様のお傍に侍り、お仕えしていたので…なんといいましょうか」
嫉妬か、嫉妬なのか。
「紹介する、しないはギルに任せます」
華がそう言うと、ギルは迷いに迷った顔をして華に伝えた。
「申し訳ありません、ハナ様。私の我がままでございます…、午後のお茶の時間帯に皆を揃えて伺います」
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そして華はゆったりとした時間を過ごた。勉強なども軽くはしているが、それ以上に華の体を回復させることを魔族は望んでいるらしい。
そして午後のお茶の時間を迎えた。
「ハナ様、お連れしました」
そしてギルの先導の元部屋に入ってきたのは四人だった。その姿を見て、華はここが魔族の国だという事を思い出す。
「お待たせいたしました、ハナ様。五将の残りの四名です」
横一列に並ぶ彼らを、華は無言で観察した。
一人目、二足歩行の狼だろうか。グレーとところどころに混じった黒の毛が、つやつやと輝いている。笑っているのだろうか、口が弧を描いているように見えるが、よくわからない。
二人目、見た目は人間のような相貌をしている。が、どう見ても肌に鱗がある。蛇なのか蜥蜴なのか、判断が付かない。全体的に冷たそうな色合いをしているが、その瞳は優し気に細められている。
三人目、とりあえず大きい。緑色の肌をし、筋骨隆々だ。昔見た、どこぞの大国のアクションヒーローのような見た目をしている。口は引き結ばれているが、不思議と怖いという印象はなかった。
四人目、顔は人間の様だった。でもその背にあるのは鳥のような羽で、足は鳥独特のものだ。三つ又のその指は、刺されたら痛そうだ。そういえば、自分の元居た世界の烏天狗という妖怪に似ているのかもしれないと思った。
華は見た目だけの観察を直ぐに終え、挨拶をする。
「初めまして、華です」
その言葉に、四人が膝をつく。一糸乱れぬ姿に、練習でもしていたのだろうかと勘繰るほどだ。
「ハナ様、紹介させていただきます。まず妖狼族のガルグ、そしてドラゴン族のイザーク、トロール族のロロ、そして最後に鳥族のアルバです。姿の形体はこれだけでなくそれぞれの種族の姿もとりますし、ニンゲンに近しい姿も取る事が可能です」
「「「「お初にお目にかかります魔王様」」」」
「………よろしくお願いします」
紹介された華は、この後どうすればいいのかわからずギルを見る。視線のあったギルは、ふんわりと微笑む。まるで優越感に満ちたそれに、華は何も言えなくなる。するとギルはいきなり切り出した。
「ハナ様、あなた様は我らが待ちに待った魔王様であらせられます」
それは、既に聞いている。
そうでなければ他の魔族たちの歓迎の意味が分からない。
「以前、お話したことを覚えられておりますか」
ギルの、その少しだけ固い声に、華は一瞬で思い当たることを脳裏に思い浮かべながらも、敢えて問う。
「…どの話かな」
「ニンゲンと、魔族の争いの話です」
その言葉に、華は一瞬息を止めた。
―――それ、は。
「ハナ様、あなた様は何を望まれますか」
ギルは、射貫くような視線で華に問いかける。その視線は、嘘をつけそうにないほど、真摯だ。
「……それは、私が争いを止めろと言っても、聞くの」
「長い時間はかかるかとは思われますが、可能です」
華はちらりと他の四人を見る。見た目だけは、反対しているようには見えない。
きっと、彼らは華がそう言ったとしても、反対をしないのだろう。彼らにとって、そこまで魔王という存在は重要視されていることに、華は少しだけ怖くなる。自分の言葉に、そこまで重きを置く彼らの存在に。
元居た世界でも、自分の言葉がここまで重く取られることなどなかった。政治家や国を代表する人物であれば、あり得たかもしれない。だが華は、一般的なOLだった。頑張って会社に勤めていたが、それでもオンリーワンではなかった。
それはどうしようもない事実だ。
元居た世界から考えれば、華は止めるべきなのかもしれない。争いなど何も生まないと。それこそ物語の主人公のように敬虔に祈りながら言うべきなのだろう。
それが、華があの世界にいた証ともいえる。
―――――でも。
誰が、私から、あの世界を奪ったのだろう。
誰が、私から、私を奪ったのだろう。
誰が、誰が。
誰が、私から、わたしを奪った・・・?
「―――――、降伏は、しない。
でも、争いに勝って簡単に終わらせることも、赦さない」
その言葉に、誤認は目を見開いた。そしてそれぞれが笑みを浮かべた。まるで、華の本当の望みを聞けたことを嬉しく思うように。
華は、きっと一生かかってもその言葉が正しかったのかどうか、答えを出すことはないだろう。否、出せるはずがない。
その言葉を発したことで、華は大切な何かを、棄てた。もしかしたら捨てていないのかもしれないが、華は棄ててしまったのだと、そう思ってしまった。
華の言葉に、四人は膝をつくと深く頭を垂れた。
その一糸乱れぬ行動に、華はどことなく満足する。
「我らが魔王様、あなた様がそれを望むなら」