憎悪
その炎は、黒かった
漆黒のそれは、照らすことなく全てを飲みつくさんと燃える
何一つ残さないように燃えるそれは、止まることを知らない
―――まるで、私の感情を表しているかのように
どす黒くて、何もかもを灰燼に帰そうとする
*******
「ではハナ様、簡単にですがご説明させて頂きますね」
「宜しくお願いします」
あの後、ギルは自分の知ること全てを教えてくれた。それは、華にとってとても重要なことだった。
そもそも、聖女と魔王は対の存在である事。というより、聖女が召喚されない限り魔王は生まれることはないのだと。
「? 聖女が召喚されなきゃ生まれないって、どういうこと?」
ギルは歌う様に続けた。
「そもそもニンゲンは知らなかったのでしょうか。聖女は二人で初めて完成なのですよ」
「二人で?」
「はい」
曰く、一人の聖女は浄化に特化しており、もう一人の聖女は治癒に特化しているのだと。
なので一人では意味が無いのだ。浄化をせねば、魔物は何時までたっても倒しきれず。治癒が無ければ、魔物によって負った傷は治りきらない。
一人だけでは、いつまでたっても魔物を殲滅しきれないのだ。
「――――じゃあ、魔王はどこから生まれるの?」
その言葉に、ギルはそこですと言わんばかりに頷いた。
「歴代の魔王様は、皆聖女ですよ」
「―――え?」
華はギルの言っていることを一瞬理解できなかった。聖女が魔王になる?どうやったらそのような状態になるというのだろうか。
だが、それと同時にどうしてニンゲンは魔族を殲滅しきれていないのかも気になった。先ほどの話では二人の聖女がいれば、魔族に勝っていてもおかしくないというのに。だが結果として、いまだに魔族とニンゲンの戦いは続いている。
そして先ほどの言葉。
それの意味することを、ギルは説明した。
「聖属性というものは、昔から魔属性と表裏一体です。そして、それは互いに侵食しやすいのです」
ギルはなおも続けた。
「歴代の魔王様はほとんど、治癒に特化した聖女からお生まれになられたのですよ」
そうだとすると。
「…ニンゲンがやっていることは、無駄じゃない」
そもそもの元凶を自ら招いているのだ。そしてそれを知らないなどと、あまりにもおかしなことだ。そういった記録をとっていないのだろうか。もしとっていないのだとしたら、あまりにも無知すぎる。
華のいた世界でも、歴史はいつだってたくさんのことを教えてくれた。
―――それに真実が含まれていなかったとしても。
「前回の魔王様がいらしてから、既に百五十年以上が経ちますからね。文献も碌に残っていないのでしょう」
「…全く意味がないじゃない…。じゃあ何故、魔族は知っているの?」
「我々魔族は比較的に長寿という事もありますから。そもそも、聖女として召喚されたはずなの聖女が魔王様になられるという事のご説明をさせて頂きますね」
――――聖属性である聖女が、魔属性である魔王になる。
聖属性の魔力が、闇属性となるほどの、何か。
それは、それほどまでに深い絶望を知ったという事から始まる。
聖と魔の力は、感情に揺られやすい。
思いが強ければ強いほど、その力は増す。
聖属性は人を愛する心、信じる心が大切だ。
逆に闇属性は、何も信じられなくなり、自分も信じられず、疑心暗鬼となっていく。
周りの誰しもが、自分を荷物の様に思っているように感じ、その柔い心が壊れていくのだ。
そうして、壊れた後に魔王が誕生するのだ。
「でも、魔王の証とかってあるんじゃないの?」
「はい、魔王様は、誕生と同時に何かしらの破壊行動を行い、そして黒い靄に包まれております。あれは魔王様が絶望したときに発生するものでして、その身が魔族に保護されるか、自身が安全だと思わない限り晴れることはありません。あとは、なんとなくですが、わかるのです。我々魔族の本能、とでも言いましょうか」
そのギルの言葉に、不意に華は思いあたる部分を思い出した。考えてみればおかしい。檻に入れられ、外に出された記憶などかけらもない。そもそもあそこから出してもらえるはずもない。だというのに、華の記憶は一度途切れ、そしてあたりには何もなくなっていた。
もし、あの物見小屋の人たちを、華が無意識に破壊していたとしたら。そして、黒い靄を発生させていたのだとしたら。ギルが華を魔王として迎えに来るのも納得はする。
ならば。
「そうだとすれば、ギルが迎えに来たのは最速という事になるね」
その状態にならないと感知できないのだとすれば、むしろ早すぎるといってもいいだろう。あの状態の華は、きっと数日すら持たないほどに弱っていた。だというのに、ギルは一日も経たないうちに来たような気がする。
正確には分からないが。
「いいえ、ハナ様。今回の聖女召喚、我々も知っていたのです。そして治癒の方がなるのかといつも通り監視をさせていたのですが、まさかあなた様がいなくなられているなんて…」
ギルは深く後悔しながらうなだれた。その表情には、深い悔恨が浮かんでいる。どうしてそこまで後悔を滲ませているのか、華にはわからない。魔族にとって魔王という存在は、そこまで大きいものなのだろうか。
「いまさらいいわ。気にしても戻ってこないのだし。それより、なんで浄化と治癒の聖女ってわけているの?」
華は苦渋に顔を染めるギルを切り捨てると、自分の気になっていることを聞いた。ギルには悪いが、彼の後悔は華には関係のないものだ。助けてもらったのはありがたいが、正直なところ、今の華には誰かを信じるという行為自体無理に等しい。
そんな華の信条に気づいているのかいないのか、ギルは一瞬で表情を変えるとその居住まいを正した。そしてその美しい顔を綻ばせると話し始めた。
「はい、治癒と浄化のスペック違いです。なぜ、今まで魔族と人間に決着がつかなかったのか…。治癒の聖女は魔王様となっても平均的な能力しか有しません。しかし浄化の聖女は、ひとたび魔王様になられると歴代最強とも呼べるほどの力を有することが判明しています」
「…? 浄化で魔王になった人はいないんじゃなかったの?」
「………いいえ、お一人だけ、いらっしゃいます」
ギルは苦しそうに続けた。
「かの方は、絶望と悲哀を持ってして、魔王様となられました。そのお力は歴代の魔王様の中でも最も強く、そのおかげで我々も治癒と浄化の聖女の違いを知ったのです。…ですが、一人の人間を愛し、刺し違えてお亡くなりになられました。」
華は、それを無感動に聞いた。
ニンゲンを、愛した?
絶望していたくせに?
ギルの様子を見ると、あまりそれ以上聞いて欲しくなさそうなので深追いはしない。
それにしても。
「……私には、わからない」
華はぽつりと零した。
そう、華に分かるはずがない。理解したいとも、思わない。華は、あまりにもニンゲンを憎み過ぎた。ニンゲンという存在そのものが、憎い。あれらが生きていると思うだけで、吐きそうになる。
その憎悪故に、華は魔王となったのだから。
「ハナ様は、そのままで宜しいのです。どうぞ、そのままお変わりなく、我らの魔王様となってさえ頂ければ」
ギルは嬉しそうにそう言った。正直、華は自分が魔王になるところを想像できなかった。しかし、今までの様にニンゲンの中では暮らしてはいけない。いや、暮らしたくない。
ニンゲンのことを考えるだけで、華の胸の内を憎悪が占める。あれらと一緒に生きると考えただけで、眩暈のするほどの殺意が胸の内を覆いつくす。
チリチリと、何かが燻るような音が、聞こえた気がした。