18 溢れる思い
おわった
やりたいことが
納得も、なにもしていないけれど
それでも、おわった
**********
華はその日、ぼんやりと手元の資料に視線を落としながら考え事をしていた。
しかし、内容は一つとして頭に入ってこない。
華は考えていた。
これからの自分を。
ニンゲンとの争いも終わらせた。
この先仕掛けてくることもあるかも知れないが、すぐということはないだろう。
華は自分の事を理解していた。
自分は王としてはあまりにも未熟だ。
帝王学なんてものを受けたことなどないし、心構えなど何一つとしてない。
今回のことも、自分が魔王であればやりやすいからなっただけの話だ。
正直、魔王不在でもこの国はやっていけていた。
だから、華が必要とされているわけでもないことを知っていた。
手元の資料を見ても、自分ではどうしたら一番なのかわからない。
その度に、ギルや五将を呼び出して意見を仰がなくてはならないのだ。
そんな魔王、一体誰が必要とするのだろうか。
華は、ある意味燃え尽きていた。
復讐を果たした今、自分が魔王である必要性も感じられない。
だって、ギルたちだけでやっていけると知っているのだから。
ついつい、ため息を吐きそうになる。
「ハナ様、失礼してもよろしいでしょうか」
物思いにふけっていると、扉の外からギルが入室の許可を聞いてきていた。
「、どうぞ」
「失礼いたします」
ギルは、トレーを片手に、器用に扉を開いて入室した。
ふわりと、華の好む香りが漂ってくる。
「ハナ様、よろしければ休憩しませんか。
最近あまりお休みになられていないようですし」
ギルのその言葉に。華はぐ、っと呻きそうになった。
確かに、ここ最近寝れていない。
寝ても直ぐに目が覚めてしまい、まとまった睡眠を取れていないのは確かだ。
しかしそれを直ぐに指摘されるなど、どれだけ酷い顔をしているのだろうか。
「さぁ、すぐに用意しますのでこちらにどうぞ」
そんな華を他所に、ギルはいそいそと準備を始める。
華は苦笑と共に席を立った。
ギルは紅茶を楽しむ華に最近の城の事を面白おかしく話した。
五将の四人が、最近華に会っていないせいでぐれている。
戦闘狂たちが戦う場所を求め、なぜか腕相撲を始めた。
城のメイドたちが、華に似合う服をデザインしているものの、サキュバスのデザインが大変な事になっている、など。
華はそれらをくすくすと笑いながら聞いた。
そうやって聞いていると、自分が必要とされているようで嬉しかった。
ギルは、そんな華をじっと見つめると、ふわりと微笑んだ。
「少しは、気休めになりましたか?」
「!」
気付かれていたと、羞恥心が生まれる。
良い年した女が、求められて喜ぶなど、恥でしかないと華は思っていた。
最悪、自分のことすらろくに制御できないと思われたかもしれない。
しかしギルは、そんな華に微笑みを浮かべながら優しく言った。
「あとの政務は急ぎではないので、今日はゆっくりなさってください」
「あ、りがとう、ギル・・・気を使わせたわ・・・」
「いいえ、ハナ様。私が好きでやっていることですから」
そういうと、ギルは華が見ていた資料を持つと部屋を出ていった。
「・・・はぁ・・・」
心配、かけているとわかっていた。
しかし、本当にどうしていいのかわからないのだ。
自分は、ここに居てもいいのだろか。
魔王なんて、大役、私にできるのだろうか。
ぐるぐると、悪い考えばかり頭を廻る。
そうしていつの間にか、華は襲ってきた睡魔に身をゆだねていた。
「――――ナ様、―――ハナ様」
呼ばれている声に、華は一気に意識を浮上させる。
「ぎる・・・?」
目を開けば、そこには美しく微笑むギルが華の目の前にいた。
「お休みのところ申し訳ありません、ハナ様」
「え、あぁ、ねてたのね、わたし・・・」
ぼんやりとする思考で、思い出す。
自分はソファで考え事をしているうちに、いつの間にか眠ってしまった様だ。
「でも、どうしたの、ギル」
不思議になって、ギルに問いかける。
なにか用事でもあったのだろうか。
そうでなければギルという魔族は、華を寝かせたままにするであろうから。
起こすなんてことはきっと何かあったのだろう。
「ハナ様、私にお時間を頂けますか?」
「? 構わない、けど・・・」
華が許可するなり、ギルは華を抱き上げた。
「うわっ、ぎ、ギル!?」
「しっかりと掴まっていてくださいね」
ギルは華を大切に抱き込むと、そのまま羽をだして夜の空へと身を躍らせた。
―――普段なら怖いはずの空の散歩も、ギルとなら怖くないと思えた
「ハナ様、着きましたよ」
不意にギルに言葉を掛けられ、華は瞑っていた目をゆっくりと開いてあたりを見渡す。
そして映った景色に、息をのんだ。
「・・・!!」
そこは、驚くほど綺麗な場所だった。
大きな湖が目の前に広がり、満天の星空を映している。
上の下も、空に居るかのようで言葉にできないほど、美しい。
元の世界では、テレビとかで見ていたけれど、現実でこうして見れるとは思いもし無かった。
「お気に召されましたか?」
ギルは、その美貌をとろりとさせながら華に問う。
「き、れい・・・すごいわ・・・」
言葉にできないほどの美しさというのは、きっとこういうことを言うのだろうの華は思った。
「でも、どうして?」
華は、ギルがなぜ今自分をここに連れてきたのかがわからなかった。
それに、いつもの彼であれば、時前に行く場所を華に伝えるだろう。
「ハナ様、あなた様を悩ませているのはなんでしょうか」
「!!」
ギルは悲しそうに話した。
「ハナ様、最近よく眠れておりませんよね、なにか悩み事でもあるのでしょうか。
私には相談できない事なのでしょうか、どうしたら、あなた様に笑って頂けるのでしょうか」
「・・・」
華は、言葉にできない。
言えるわけない。
自分が魔王としてふさわしいのかわからず、あまつさえ必要ないのではないかと思っていることなど。
ギルは、そんな華の考えを少しは予測していたのか言葉を続ける。
「ハナ様。
たとえ争いが終わったからと言ってあなた様が魔王様であることには変わりません。我々は、あなた様と言う存在を必要としているのですから」
その言葉に、華は象徴的なものかと考える。
そうだとすれば、自分はお飾りとして、いつまであの椅子に座っていればいいのだろうか。
やるべきことも、成すべきことも何一つ自分の意志で決められない自分が。
その考えに、身の毛がよだつ。
そんな華に気づいているのかいないのか、ギルは続けた。
「ハナ様、私があなた様に告げたことを覚えられていますか?」
「?」
ギルは、華の顔に手を添えた。
少しだけ、ひんやりとしている。
「私は、あなた様のものです、ハナ様」
「そして、ハナ様には、私のものになってほしい・・・」
そしてギルは、華の唇に自分のそれを近づけた。




