これが
これが本当に望んだことなのか、わからない
これでいいのかと、誰かが問うてくる
でもそのたびに思うの
そう、これが――――
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その日、長きに渡る人間と魔族の戦争が、その日ついに終結を迎えた。
国民の一切の命の損失なく、人間たちは魔族に膝を折った。長い目で見ると、それは当然のことのようであり、また理不尽そのものであった。
終わらせたのは、当時の魔王。黒い瞳に黒い髪。丸い耳を持った、まるで人のようなその魔王は、かつては聖女として召喚されたのだというだから驚きだ。
そうして、一つの歴史は区切りを迎えた。
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「ハナ様」
ギルは砂糖よりも甘い声音で華を呼んだ。
「どうしたの、ギル」
華は手元の資料から目を離さないままギルの呼びかけに答える。そんな華に、ギルは苦笑しながら続ける。なんて勤勉な方なのだろうか、と。そして言葉を続ける。
「ハナ様、あれでよろしかったのですか?」
ギルのその言葉に、華の手が止まる。
「…どうして?」
華は資料を見る事を諦め、ギルを見る。
彼は変わらない。
あの時から。
――――――あの日。
「どうせだし、当分の間見世物にでもなってもらいましょうか」
華は王族とそのお仲間にそう言い放った。それは、あまりにも優しい措置だと魔族の誰もが思い、そしてそれを口にしなかった。
「見世物にでもなってもらうくらいしか、ないんじゃないのかしら?」
「こ、この私を見世物だと…!?」
王子は馬鹿なのか、怒りに震えている。しかし他のものは諦めとともに項垂れるだけだ。佐々木はそんな中でも強かに、きっと自分はいつか誰かに救ってもらえると思っているのを、表情から華は悟った。
そんなこと、許すはずがないというのに。でも、希望から絶望に追い込んだほうが良いと考え、華は何も言わずにいた。
そして彼らは、粗悪な服に着替えさせられると大きな檻に入れられ、城下へと運ばれて行った。それに驚いたのは一体だれか。
「魔族への見世物ではないのか…!?」
悲痛な声を上げるのは元・王だ。
魔族に見世物になるのであれば、種族が違うため矜持が保たれたのかもしれない。しかし見世物になる相手は自国の人間だ。今まで支配してきたのに、このような姿を見せる事を、王は良しとはしなかった。
しかし。
「なぜ、私の国のものにお前たちのような屑を見せなければならないの?道楽の一つにだってならないのに」
華は淡々と述べた。
実際は違った。華という魔王を不当に扱ったニンゲンを害したいという理由で、魔族でも彼らを見たいものはいる。しかしそれを華は許可しなかった。
自国のものが、かつて自分が絶望したようなニンゲンになってゆくのを見るのが嫌なだけであったが、それを理解しているのは少数だろう。
一方で、五将は一瞬苦虫を噛み潰したような表情をした。正直、彼らは華がニンゲンを殺すのだと思っていたから。そうでもしなければ、彼女の憂いは晴れないと思っていたのだ。
しかし、華はそれを望まなかった。
それに否を唱える者はいない。
魔王という存在こそが、魔族にとって全てなのだから。
「―――不服そうね」
華は微笑を浮かべながら言った。
華だって正直分かっている。彼らが、本当は殺してやりたいくらいにあのニンゲン達を嫌っている事を。実際、その気持ちは自分の方がある。しかし、終わらせてしまうのはあまりにも嫌なのだ。
昔の華であれば、十分だといったかもしれない。だが、今の華はそれでも足りないと思ってしまう。それでもそうしたのは、華なりの理由があった。
「いえ、そのようなことは…」
「でもね、ギル」
華はギルの言葉を遮って続けた。
「一体だれが、それだけで終わらせるなんていったの?」
その華の言葉に瞠目するギル。
そう、彼女は当面の間としか言っていない。ずっとなんて、一言も言っていないのだ。
「とりあえず彼らには私と同じような絶望を味わってもらうのは決まりよ。でもそのあとどうするかはまだ決めかねているの」
そういって、麗しの魔王様は目を細めた。
「我らが魔王様、あなた様が望むものが全てです」
ギルもその言葉の意味を理解して微笑む。
きっと、かれらは二度と、優しい世界を見ることなく死んでゆくだろう。後世には愚王族の末路として有名になるかもしれない。
それを、華が望むのであれば、それを遂行するまで、とギルは考える。
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歴史の節目を迎えた人間は、その後魔族に支配されていても同じような生活を続けた。
終わりを迎えた当時の王族は、見世物となり、国民に蔑まれた生活を送ったものの、ある日その姿を消す。
その後彼らがどうなったのかは知るものは少ない。
人間の国は、その後名を改め、当時魔術師長をしていたものが新たな統治者として表に立った。
彼は、魔族の力を正確とまではいかぬものの、理解し、それ以降争いを仕掛ける事を禁じた。
そして、召喚されたもう一人の聖女は、元の世界に戻ったとも、王族と運命を共にしたともいわれている。だが、その真実を知る者はいない。
結果的に、元・王族がどうなったのかを知るものは少なく、そして知っているものも口を閉ざした。
魔王を抱えた魔族は、その後国として発展を続ける。
その後、聖女として召喚され、魔王となった彼女がどうなったかを知るものは人間で知るものはいない。しかし彼女は魔術師長に一言だけ言い残した。その言葉を聞くことが許された存在は、かの人が好まれたドウガとういうものから取られたらしいとだけ残し、その場を後にする。
「―――――――――――これが、私のVendettaなのよ」
それは、華が見た映画の中で一番印象に残っている言葉だと知るものは、その世界には誰一人としていない。




