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Vendetta -復讐ー  作者: 水無月
23/28

決断



「なにも、してない…?」


 華は茫然と呟いた。

 表情は抜け落ち、まるで能面のようですらあった。そしてしゃがみこんで、佐々木に目を合わせたる。その瞳は、無機物のものを見るかのように温度がないことに、佐々木は気づかない。


「オナジね、ササキさん。…私も、何もしてないの」

「え?」


 佐々木は華の言葉に、瞠目する。今この状態を引き起こした張本人の癖に、なにもしていないと言ったのだろうか。


「私もね、何もしてなかったのに、酷い目にあったのよ…?」


 そして少しずつ、佐々木に魔法で重力を加えていく。


「ッア、っが…」


 普段ではありえない重量に、息ができなくなる佐々木を他所に、華は歌うように話し始めた。


「ねぇ、想像できる?売られるのよ、手錠を付けられるのよ、罵声を浴びるのよ、暴力を振られるのよ?


 ―――――ねぇ想像できる?」




 華はそう言いながら王子たちに振り返った。

 その眼には、ほの暗い感情が浮いている。手はぎりぎりと握りしめられ、血が流れ出ている。そこまでしないと抑えきれない感情とは、いかほどのものだろうか。

 そうしてやっと、王子たちは気づいたのだ。自分たちが放逐した彼女が、どのような生活を強いられていたのか。そして、それを強いたのか。


「わ、わるかった、俺たちが、わるかった…!!」


 側近の騎士が、悲鳴のような声で華に謝罪する。そうだ、彼が華を物見小屋に連れて行ったニンゲンだと、華は思い出した。その彼は、王子の頭を無理やり下げさせようとしている。


「な、なにを!!」

「馬鹿か!!俺たちが!!これを招いたんだぞ!!」


 そんな醜いやり取りを、ぼうと見ている華のそばに、ギルが音もなく近寄る。


「ハナ様」


 そしてギルは、華の手を優しく取り上げ開かせた。掌は三日月型の小さな傷がいくつかついて、真っ赤な血を吹き出させている。


「なんて、御労しい……」


 ギルは辛そうに表情を歪めると、持っていた布で優しく抑えた。

 その間にも、醜い争いは終わらない。

 華は正直それを待つのが面倒になった。

 そんな時。


「ハナ様ー、終わりましたよー」


 アルバが羽ばたきながら戻ってきた。


「首尾は?」


 ギルが短く問う。


「全面降伏ー。戦闘狂たちが出てくる前に終わったほうが楽だぞって言ったらすぐだった」


「?!」


 その言葉に驚いたのは人間たちだった。彼らの会話の内容から想像するに、兵が降伏をしたのか。そんな馬鹿な。選りすぐりの戦士たちもいたはずだ。いくらなんでもこんな短時間で落とされるはずはない。


「まぁ、ここの会話聞くとなぁ」

「!!」


 そう。

 外の兵士たちは王族の醜い会話をありのまま聞いてしまったのだ。

 そして、今回の挙兵も、大元は王族の尻拭いのようなもの。そんなもので魔族に仕掛け、死にに行くなど。話を聞くからに、そもそも悪いのは王族ではないか。

 身勝手に召喚しておきながら、必要いらないからと棄てるなんて。そんなことを平気で行なう王族の為に、なぜ戦わなければならないのか。

 それは至極まっとうな考えでもあった。


「さて、ニンゲンの王族たちよ…もう、貴様等に我々に勝つ術などない」


 ギルはそう優しく言った。

 その言葉に、王や王妃、王子たちが愕然とする。そして側近たちも、カタカタと震え始めた。今まで造り上げてきたものが、一瞬でなくなる。

 名誉も、財産も、誇りも。何もかもが、この一瞬で消え失せていくのが分かった。


「さて、ハナ様、いかがされますか?」


 ギルは華を見つめながら言った。


「切り刻みましょか、燃やしましょうか、生餌にしましょうか。すこしずつ命を蝕んでやりましょうか、家畜の様に扱ってやりましょうか」


 華は想像する。

 それも魅力的だと。

 しかし。


「それだとすぐに終わってしまうでしょう」


 そう、簡単に楽になんぞ、してやらない。自分が味わった苦痛、絶望を少しでも味合わせてやりたい。その為に、自分は魔王となったのだから。


「ま、まってよ!!あ、あたし女の子だよ!?未成年なんだから!!」


 いつの間にか、重力から解放された佐々木が叫ぶ。これからも自分を想像して恐ろしくなったのだろう。

しかし。


「なにを言っているの、セイジョさん?ここは十五で成人しているのよ」


 彼女の言う成人は、あの世界の話だ。

 しかし、ここは違う。あの、いとおしいせかいではないのだ。そして、それを彼女は理解していない。


「な、いや!!いやよぉ!!な、なんで、あたしがこんな目に!!」


 あきらめ悪く叫ぶ彼女を、イザークが耳障りとばかりに魔法で黙らせる。



 王族は見ていた。そして想像していた。これからの自分たちを。側近たちも、同様に想像し、簡単に絶望して涙を流した。

 そんな中、魔術師長は果敢にも華に話しかけた。


「ま、魔王様…」


 華は、見覚えのないその姿に、発言を許す。


「あ、あなた様は、浄化の聖女で、あらせられましたか…?」


 恐々と、それでもしっかりと問いかける男に、華は初めて人間の中で好感を覚えた。


「…それを聞くと言うことは、わかっているのでしょう…?」


 それは、肯定であった。華のその言葉に、魔術師長は息を深くつく。


「この度の事は、きっと然るべきことなのでしょう…。この国は、ここで終わるべきなのでしょうね」


 諦観にも似た気持ちで、つい零す。しかしそれを否定したのは華だった。


「終わらないわよ」


「え?」


 その言葉に一縷の希望を見たのか、ニンゲンが華を見つめる。


「なんで、私がお前たちの国なんぞ見なければならないの?それは、私の望むことではないわ」


 そして華はくるりと踊る様に見渡す。五将は、そんな華を囲み、膝を折った。







「私が、望むのは―――――――」




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