始まり
世界が変わる。
よく、ライトノベルや小説であるような一文だ。
恋愛からだったり、事実そうであったり。
しかし、その言葉を比喩でもなんでもなく、己の身をもってして知ることになるとは、華は思いもしなかった。
「――――え?」
視覚的情報は入ってくるのに、頭に入ってこない。
一体何が、起こっている?
なぜ、自分はここにいる?
そもそもここはどこだろうか?
華は、呆然とするほかなかった。持っていたバッグが肩からずり下がり、腕の変なところで止まるのも気づかないくらい、華は混乱していた。それもそのはずだ。
華はこれから仕事に向かう予定で家から出たばかりだった。
今日も一日、頑張って仕事をしようと自分を鼓舞しながらドアノブに手をかけていた。さて出ようと、扉を開いた瞬間、痛いほどの光に包まれた。
そして全く見覚えのない場所にいたのだ。それをいきなり理解しろと言うほうが無理難題というもの。
しかし、周りは華のそんな心情にはお構いなしだった。
豪華絢爛と呼ぶに相応しい部屋に、幾人もの見目麗しい青年たちが、目の前にいる。赤髪やら銀髪やら、やたらと視覚的に痛いカラーリングをしているよう気がする。
しかしそれらは華の頭の中に入ることは一切なかった。人間、驚いていると視覚的情報は頭に入らないのだなと、頭のどこかで華は思った。
きっと普段の華であれば、彼らはコスプレイヤーなのだろうかとか、やたらと完成度が高いなとか考えていただろう。しかし混乱しすぎて、ある意味一周してしまった華は、ただ茫然としている他なかった。
「あ、あの・・・!!ここはどこですか・・・?!」
ふいに、隣から聞こえた若い女の子の声に、華はゆうるりと顔を向ける。自分から少し離れたところに、見慣れた服装をしている姿の少女が映る。
思春期に着なければならないもの。そう、あれは、制服だ。紺色の短いスカートに、赤いリボン。そうだ、あの制服は駅で見かけたことがある。
それに気付いて、華は一瞬だけ安堵の息を漏らした。
茶髪でふわふわの髪を揺らした女子高生と思しき彼女は、涙目で男達を見つめていた。
そこで、なぜ、安心したのかを考えた。今、この場にいる人で、自分たちのような服装をした人はいない。
一昔前の欧州の貴族が着るような服や、アニメにでもありそうな騎士の格好をした人、そしてテレビでしか見たことのないローブを着ている人たちだらけだ。
どうあっても、自分の家の周りでは見ない服装の人たち。
それが意味すること。
少しずつ回り始めた頭で、華は考え始める。正直、考えても答えはでない。いや、出したくない。
今、この場で出す答えが、いいものであるはずがない。だって、どう考えても、おかしいだろう。何がどうなって、こうなっているのだ。
一体、なんの番組だと問いたくなるほどだ。
もしこれがドッキリだとすれば、さぞかしイイ画が撮れていることだろう。
今なら怒らない、だから、どうか、早く―――。
そんな中、一人の青年が前に歩み出てきた。燃えるような、深紅の髪に鮮やかなまでの緑の瞳を持つ青年。見た限りではこのなかで一番豪奢な服装をしているような気がする。金や宝石がちりばめられたそれは、いったいどれくらいの価値があるのか。
もし、わざわざそのようなものを番組の為に作ったとすれば、悪趣味ですらある。しかし、華の望むような展開はいつまでたっても訪れる事はなかった。
カタカタと震え始める体を余所に、貴族風の男がもう一人の少女に声を掛けた。
「君の名前は?」
「え、あ、あたしは美紀、佐々木美紀って、言います・・・」
佐々木と名乗った彼女は、頬を紅潮させながら男に言った。その媚びたような視線に、華は鳥肌を立て、恐怖した。
――――なぜ、そんな表情ができる?
――――彼らが味方だと決まっているわけではないのに。
―――そもそも自分たちの状況をおかしいとは、考えないのだろうか。
しかし佐々木は、そんな華の思いも知らずにホッとしたように微笑んだ、―――華にはなぜそんな表情を浮かべるのか一切理解できなかったが。
そして男は嬉しそうに微笑むと彼女の手を取って立たせた。まるでお姫様のような扱いのそれに、華はさらに気味悪く思う。
どうしてそのような扱いをするのだろうか。
まるで、彼女を待っていたかのような、そんな対応。
「ミキ、我らが聖女。君を待っていたよ」
「え、せい、じょ・・・?」
目を丸くする彼女は、戸惑いながらも男に身を任せている。そのしだれかかる姿に、華はわけも分からず吐き気を催しそうになる。どうして、そんな風にできる?
理解できない。
これもドッキリの一部だろうか。
だとすれば、彼女はよほどの大根役者だ。だって、普通の人はこんな状態で色目を使うことなどできるはずもないのだから。
華が必死になって考えている間、話は進んでいたらしく部屋を出ようとする男に、ローブの一人が声を掛けた。
「殿下、この者は・・・?」
殿下と呼ばれた男は、ちらりと華に目を向けると冷たく言い放った。そのあまりの冷たさに、ぞっと背筋が凍りつく。まるで、不要なものを見るかのその視線。
今まで、一度だって向けられたことのないそれに、華の体はぶるりと震える。
そして、
「いらん」
そう言って、男は彼女と幾人かの男を連れだって部屋を出て行った。
その言葉を放たれた華は、呆然とするほかなかった。




