始まりの終わり
昔…誰かが、時がいつか全てを解決すると言っていた
本当に、そうなのだろうか
忘れたくない
この激情なのに
***********
「ハナ様」
これからのことをギルと話していると、イザークが少し慌てたようにやってきた。彼が慌てているなんて珍しいと華は思いながらどうかしたのと問う。
「ニンゲンが、仕掛けてきそうです。私の手のものによると、ハナ様の存在を探している様子、そして慌ただしく準備を始めたそうです。搬入される武器や招集されている数からして、我々の城へ攻め入る気かなのかもしれません」
その言葉に、華は体中が激情に駆られそうになるのを感じた。
―――何もしていないのに
―――それなのに、また私から奪おうというのか
目の前が赤く染まっていく。怒りで、恐怖で、華の体が震えた。魔力が高まり、その逃げ道を探そうとして暴走しようとするのがわかる。でも、感情に捕らわれた華には止めようとは思えなかった。
だが。
「ハナ様」
それに気づいたギルが慌てて華を止めるべく声をかける。
「ハナ様、お気を確かに…まだ、早いです」
「――――ッ!!!!」
漏れそうになる悲鳴を抑え込むために、九の字に体を折り曲げる。
そうだ、ギルの言う通り、まだ早い。ここで暴走させて、どうするというのだ。ただ徒に犠牲を生むだけだ。
崩れ落ちそうになる体を、ギルとイザークが慌てて支えた。
「ハナ様、大丈夫です。今、アルバが先遣隊を出して確認をしております」
「いつ、戻って…?」
喘ぐように聞く華に、イザークは答える。
「おそらく、明日か明後日には戻るはずです」
明日か、明後日には。その言葉に、華の目に炎が宿る。全てを燃やし尽くすまで決して消えることのない、炎が。時が癒すなんて、待っていられない。
待てるほど、自分の憎悪は軽くない。
そうだ、これを待っていた。殴られたら、殴り返すなんてそんなことはしない。殴られる前に殴るのだ。
「、今すぐ五将を集めて」
華はふらついた自らの体をしっかりとたたせると、ギルにそう告げた。
「はい、我らの魔王様。仰せの通りに」
ギルはそう頭を深々と下げると颯爽と部屋を出ていく。きっと数十分もしないうちに、五将すべてがここに揃うであろう。華は、ひとつ大きく息を吐いた。
「ハナ様、」
イザークが心配そうに声をかける。
「だいじょうぶ、かんたんには、おわらせない」
華はそう一言いうと、残りの皆を待つべく椅子に深く腰掛けた。
***********
その姿は、まさしく魔王。
五将はそう思った。
黒いドレスに黒い髪、黒い瞳を持ったその人は、にんまりと口角を上げた。目に宿るは復讐の炎か。しかしそれですらも、彼からには美しく映るのだ。
「急に呼び出して悪いわね。聞いていると思うけれど、ニンゲンが動き出しだわ。アルバ、詳細を」
「はっ、ニンゲンは昨日未明に王家より発表がありました。しかしそれは軍部のみへの通達です。
内容は”聖女の片割れである女が一人、魔族に捕らわれた模様、奪還の為のものである”とのことです。しかしその確認は取られていないようなので実際は聖女が召喚できたのでこれを機に攻め入ろうという気なのかもしれません」
「ありがとう…。さて、どうしてくれようか」
華の言葉に、五将は獰猛な笑みを浮かべる。華が簡単な復讐劇を望んでいないのは、誰もが理解している。だからこそ、その言葉を待ち望んでいたのだ。
「聖女殿が、魔族に、ねぇ…」
そうせせら笑うのはアルバだ。
「まぁ、正直ここまで来られるのは面倒なのがあるぞ」
ロロは冷静に返す。
万が一近くまで来ようものなら、それまにある町や城下が被害にあうのは必須だ。いくら戦闘狂がいるとはいえ、できれば離れたところでやりたいのは当然のこと。魔族は有象無象の集団ではなく、一つの国家として在るのだ。華の希望とあれば総動員することも可能だが、肝心の華がそれを望まないだろう。
「なればやはりあれでいきましょう」
きらきらとした表情で言うのはイザークだ。そのイザークを苦々しい表情で見つめるのはギルだが、華には話の内容がよく理解できていない。
「いや、やはり私がお運びするのが…」
「ばっか、お前、ハナ様の登場だぞ。
派手にいかないでどうするんだ」
ガルグが反論する。五将が騒ぎ出すのをみて、華は冷たく言い放つ。
「それで」
びくりと五人が肩を揺らす。
「いつ、いけるのかしら」
華は一切の無表情で言い放つ。正直、こうしているだけでも苦痛なのだ。自分の居場所がまた奪われるかもしれないという恐怖に脅かされるかもしれないこの状況。それらは華に恐怖と共に憎悪を滾らせていた。それを選択したもの全てを焼き払っても、清算できないほどの憎悪が華の胸中に生まれては渦巻く。
五将は慌てて居住まいを正すと、華に向かって膝をつく。
「我らが魔王様、あなた様が望むのであれば、いつでもいけます」
ギルが代表して意見を言う。
「そう、なら」
華はそこで止まった。その言葉を待っていたと言わんばかりに。その時の華の表情は、恋しい相手に会うかのように蕩けた。
ずっとずっと、あいたかった
あって、わたしのぜつぼうをあじあわせてやりたかった
それでも、わたしのぜつぼうにはおいつかないかもしれないけれど
それでも、かけらでもおもいしらせてやる
「せっかくだし、あまり待たせるのも、悪いわよね…?」
華の真っ赤に彩られた唇が、歪な弧を描いた。




