公開
その日、人間の王国の城で騒ぎが起きた。魔術師長がついに文献を解読するのに成功したのだ。偉業を成し遂げた魔術師長は、なぜか顔色が酷く悪く、きっと想像を絶するほどの重労働だったのだろうと誰もが考えた。魔術師長は、ふらつく体で王に謁見すると、持っていた紙の束を王に差し出した。
それにはこう記されてあった。
―――聖女は常に二人、召喚される
―――一人は浄化、一人は治癒の能力を持って
―――一人では用を成さず
―――いずれかは魔王と成り果てる
そのことを聞いた王は、王子を呼び出し詳細を確認する。王は王子に問うた。文献では二人召喚されると記載されているが誠か、と。お前からは一人だと報告を受けている、と。
そして王子は言い放った。
「確かにいたが、あんなのが聖女?有り得ない。ミキ一人でも十分だ」
そうして王国は少しずつ転がりだした。
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「ハナ様」
ギルが紅茶を片手に、華のもとを訪れた。香り高い紅茶に、華の好物と思しきお菓子は、全てギル自らの手によって作られていた。
「ギル、ありがとう」
そして華は、手元の書類に視線を落としながら紅茶を楽しむ。ギルは華の些細な動きを見て判断している様で、華の好むものばかりを正確に当てていた。そのことに若干何とも言えない思いを感じながらも、華は黙々と書類に目を落とす。
その書類には、これからの魔族の国についての事が記載されていた。今存在している種族、その特性。農業、発掘、特徴など、生きているうえで必要な情報だ。それらはこれからの華が必要だと思い、ギルに用意させたものだった。
魔族の彼らは言う。人間を滅ぼすのはとても簡単だと。魔族はそもそも長寿が多く、個々の能力も高い。虚弱な人間など滅ぼすのは息をする事のようにたやすい、とも。
ではなぜ今まで決着がつかなかったのか、それを華が問うと、そこまでやる気がなかったと身もふたもない答えが返された。
「そもそも、我々が何故、あんな低俗な生き物に対して本気で相手をしなければならないのか」
言い放ったのはガルグだ。それもそうだ、と華も思った。魔族の国は自国のみで生活が成り立てるほど安定している。そんな国が、わざわざ弱小とも言うべき人間に手を出してその領地を欲しがるだろうか。
「あぁ、あれはちょっかいをかけられたので。あとは戦闘狂の一族もいますからね、彼らにとっては良い運動がてらなのでしょう」
イザークはなんてことないように言っていたが、華ですら若干ニンゲンに同情を覚えてしまったほどだ。いうなればただの運動だと言われれば、少しの哀れみとて沸くだろう。
いつだって、駆り出されるのは民だ。
争いの火ぶたを切るのが王族だとしても、実際に血を流し見るのは本人たちではない。王族が勝手に死ぬのは構わないが、それに付き合わされる無辜の人々を思えば、僅かながらに胸は痛む。
「ハナ様、ご報告が」
考え込んでいると、ギルは神妙な表情をして華に切り出した。
「なにかあったの?」
「ニンゲン共が、魔王の存在を意識し始めました」
華が魔王としてこの城に住み始めてまだ一ヶ月ほど。そして、魔王の存在の発表は行っていない。
夢物語と取られて久しかったその存在を意識し始めるということは、何かしらの情報が彼らの手に入ったということ。
「文献の、解析ができたのね」
「はい、どうやらようやく聖女が二人いるということに気付いたようです」
「前にギルは言っていたわね、ニンゲンの国に見張りを置いているって。何か連絡は?」
「はい、どうやら王子は一人でも事足りると豪語しているようですが、魔術師長がそれを否定しているようです。近々、ハナ様を捜索しようと裏で動いているのが確認されました」
華はどうしようかと思案する。私を探すことは問題ない。そもそも、あの奴隷小屋の一体を消しているため、どう頑張っても私の所在など知れないだろう。まぁ、あるとすれば魔術師長自ら現場に出向いて残留した魔力を感知するくらいだろうか。そうだとしてもすぐさまこちらの居場所を掴むことは不可能に等しい。だとすると華は暇な時間を持て余すことになる。
それはそれで準備期間としていいかもしれないが、打つ手が遅れるのは出来るだけ避けたい。
「ギル、どうしようか。このまま私のところにたどり着くまで暇をしているか、いっそのこと公開してしまうか」
華のその言葉に、ギルは考え込むように視線を伏せる。
「ハナ様のお好きにして頂くのが一番ですが、私個人としては公開するのがいいかと」
「何故?」
その答えに、華は不思議そうに問う。ギルはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに拳を握った。
「もちろん!ハナ様という魔王様を皆に知ってほしいからです!!」
ギルはそのままつらつらと力説した。
曰く、折角ハナ様が魔王様になられたのにそれを自慢できないのは大変遺憾だ。人間といえども魔王様という存在を知って然るべき。きっと他の魔族も同意見だと熱く語ってくれる。
「そ、そう…。とりあえず他の五将を呼んでもらっていいかな、意見が一致したならニンゲンの国に教えてあげようか」
そういうとギルは風のごとき速さで部屋を退出し、そしてものの数分で全員を集めた。
「えっと、ギルから聞いていると思うけど・・・」
「我々は皆、公開した方がよろしいかと思っておりますよ」
イザークがにこりと微笑みながら宣言する。あまりの回答の速さにギルが根回しを下のではないかと勘繰るほどだ。
「そ、そう…なら…」
「ハナ様!せっかく公表するからには派手に行きましょう!!」
アルバが喜々として意見してくる。
他のものも同意見なのか目を輝かせている。華はまぁ、そんな無茶なことは言わないだろうと思い、頷きながらも彼らに問うた。そして気づく、自分はまだ元の世界のフツウが抜けきっていないのだと。
華の言葉に、五将は次々に意見を出してきた。パレードを行う、舞踏会を開く、人間を襲撃する、はてはいっそのこと舞踏会の格好で襲撃をするか。いや、そうなればハナ様が乗られるものはどうするのか、作るにしても時間が必要だ、等。
いや、待てと華は突っ込みたくなった。
「パレードはしないし舞踏会も開かない。なんで襲撃?とりあえずそこそこ目立たなくて、ニンゲンに知らしめられたらそれで構わないから」
五将は不満げな表情だったが、華が本気で嫌がっているのだと理解するとしゅるしゅると小さくなった。
そんななか、ギルがひとつ案を出した。
「分かりました、ハナ様。とりあえずニンゲン共に大々的に公表できればよろしいのですね?」
「え、そうだけど…。だからと言って変なのは却下」
「かしこまりました、ではいくつか案を提案してまいりますので少しお待ち頂けますか?」
ギルの切羽詰まったようにも見える顔に、華は若干引きながらも頷く。念を押したので変なことはしないだろうと思うが、少し早まったかな、とも考える。しかし、五人がいそいそと部屋を出るのを見て、華はまぁいいかと考え直した。
五人は別の部屋で必死になって案を出し合っていた。
「わかっていますね?ハナ様の初のお披露目です」
「当たり前だ!」
「荘厳かつ、美しくなければならないと思うが」
「待て待て!もっとこう、強さを前面に出した方が!」
「ハナ様は女性ですよ?そんな力を前面に押し出してどうするのですか?」
「そーだ。少しは落ち着いて考えろよ」
「何だと!?ならお前はどうすんだ?」
「はやり人間には竜やドラゴンといったものたちは恐怖の対象ですからね」
「待ってください!それはあなたの欲望が入っているように聞こえますが?」
「そうですが?」
「おまえええええ!!!」
そうして、怒号の飛び交う話し合いは思ったよりも早くに集結した。
「決まりです。ハナ様の荘厳な雰囲気を広めるためにはこれしかありません」
「正直、私以外がハナ様に触れるのは…」
「ギルは黙っておけ」




