英雄ギルド~これが山猫しっぽの日常です~
水元 雪です。文章力向上やリハビリの為、書きました。よろしければ読んで下さい。
私はノルエ・ライガン。
亡き爺様が遺した「山猫のしっぽ」という名のギルドを、かつての繁栄を誇ったあの頃のように繁盛すべくギルドマスターとして日々奮闘しています……と言っても、まだ見習いですが。
まだ12歳に満たない自分にとっては、その責務を全うするのにとてつもなく重荷であるとも言えるでしょう。
それに爺様の見様見真似で行う自分の未熟さか、または見た目の幼さによる不安が原因なのか、周囲から疎遠され、なかなか信頼が得られず冒険者とかギルド受付嬢といった人材確保に難航した時期もありました。
名うてのギルドマスターであった爺様のようになれず苦悩する日々が続き、私の友達や引退した冒険者らの手助けもあって、辛うじてギルドを維持してきましたが、所詮、見てくれに過ぎませんでした。
「今思えば、あの時は大変でしたね……」
何もかも切羽詰まった私はある手段に出ました。
爺様がコレクションしていた骨董品の中に紛れ込んでいた一冊の古びた書物。
そこに記述されてあったのは、失われた古の秘儀により現世に顕現せし古今東西の英雄――【英雄召喚】。
語り継がれる伝承、謳われる伝説、崇め奉る神話。
二千年の歴史に於いて世に大いなる名を刻んだ者――【英霊】を、我がギルドに招き入れるべく目論んだのですが、私がとんでもない事をしでかしていたせいで、本来一人しか呼ばれないはずの仕組みなのに、なんと六人も一斉に召喚してしまいました。
この分野に精通している“榊の錬金術師”が分析した結果、
「もし、幾つかの偶然が絡み合った要素もなければ、こんな子供騙しの【英雄召喚】なんぞ成し遂げなかったんだろうね」と。
……〈妖精女王の涙〉という稀少な素材の代わりに爺様の秘蔵の酒が使用したなんて迂闊に言えません。それと〈古龍の血晶〉じゃなく近所の肉屋さんに分けてもらった豚の血……うん、あの時の私はヤケ酒……ゴホン、憔悴しきっていたとは言え、でたらめながらもよく召喚できたなとつくづく思います。
「お~い、タクマ、酒」
「はぁ?昨日買っておいた分どうしたんだ?」
「全部、飲み切ったわい」
「清々しいほど開き直しやがったな……水でも飲んでろ」
「え~~ワシのおっぱいを揉ませてやんから、買ってきてくれや」
「なんで悲しくてお前の胸ごとき揉まなきゃいけないんだ……」
夕食の準備に勤しんでいる少年の背中にしがみつきながら、ねだる赤髪の女性の姿。
フェイ・リー。
遡ること二千年前、李と呼称する大国の統一へ覇道を歩んだ皇帝の懐刀として支え続けた最強の将軍。
あらゆる武術に関して天賦の才を持ち、“紅鬼”の名に相応しい鬼神の如く強さで万を超す蛮族の侵攻を食い止めるなど数々の武功を挙げてきた。
「鋼の巨漢と燃え盛る赤き髪、戦場を駆け抜けるその姿こそまさしく修羅の鬼かのようだ」と有名な逸話があるが、召喚した際、なぜか女性となっていました。
タクマ曰く、てぃーえすと言うらしいんだけど、どういう意味でしょうか?
ともあれ、豪放磊落で無類の酒好きと知られる彼……いえ、彼女は子供好きだと意外な一面も持っています。
何故なら、孤児院への寄付金の一部を横領したどこかの貴族の所に殴り込み、それにとどまらず、広大な屋敷を全壊寸前まで追い込んだそうです。おまけに被害に遭った貴族はどうなったかというと……ま、神のみぞ知るってやつでしょうね。
このきっかけで親しくなった孤児院の子供たちに稽古を付けたり差し入れするなど、色々面倒を見ていたのですが、
「これは男のワシだったら、きっと子供たちが懐いてくれなかった。この身体が思ったほど不便じゃないな」
そう言うフェイは遠い目をしていました。見かけによらず苦労したんですね……
そんな彼女に私から一つだけ不満を申し上げるとすれば、元は男性だったとは言え、身だしなみに気が遣って欲しいくらいしかありません。
長身モデルのような体型で程よく鍛え抜かれた肢体や、谷間が覗く形の良い双丘。
どう見ても女性なのに、ノーブラだったり男物パンツを穿いたり、タンクトップにショートパンツといったラフな格好でギルドの中をうつろいたり……
「嘘つけ。お主は巨乳好きなくせに~ホレホレ」
タクマの背中に押し付けるその無駄な脂肪が、持たざる私への当てつけですか?
「なあ~頼むよ。酒はワシの人生を潤す憩いなんだ……グエッ!?」
私の心が、胸への劣等感が生み出した暗黒面へと傾きかけたその時。どことなく怪鳥じみた声が聞こえた。
「ノイン、ナイスだ。ついでにこの酔っぱらいをどこかへ捨ててこい」
スリーパーホールドで絞め落とされたフェイなど意に介さず、窓の外へあごをしゃくるタクマに親指を立てて応えるポニーテールの幼女。
ノイン・アシュトン。
呪われし魔剣の継承者であり、数多の竜を退治した功績により民衆から褒め称えられた竜殺しの英雄“竜滅す者”。
「世を破滅せし魔龍」と呼ばれた悪しき龍と三日三晩戦い続けた不撓不屈の女騎士とも伝えられているようだが、どういうわけなのか幼女へと退化していた。
白銀に輝く髪とあいまった可憐な容姿から「山猫のしっぽ」のマスコットキャラクターとして近所の人々に可愛がられているが、まさか“竜滅す者”の正体がこの子だと誰にも思わないでしょう。
「……タクが作ってる時、邪魔するな」
……ちょっと食い意地が張っているけれど。
いつも「ん」か「や」とか口数が少なくてあんまり自己主張しない子なんですが、食い物になると嘘みたいに饒舌になります。例えば、
「柔らかな口当たりと溢れんばかりの肉汁……その上にかかったデミグラスソールは相当仕込んであるとみた。だがハンバーグの焼き方にはややムラがある……まだまだ甘い。もっと精進せよ」
どこかの辛辣なグルメ評論家か、と突っ込みたくなります。
「……この不燃物を捨てに行ってくる」
もはやごみ扱いされたフェイを片手で引きずりながら、ノインはそのまま玄関の方へ向かっていく。
彼女がノコノコ歩く度に、たゆんたゆんと揺れる持つ者の立派なものに思わず目がいってしまいます。タクマの言葉を借りるなら……ロリ巨乳め。
「ただいま……と、何やってんだ?」
ドア付近で鉢合わせしたノイン達の奇行に怪訝な表情を作る眼帯の青年。
ルシード・トール。
幼少時代から叩き上げた盗賊としての技術と権謀術数をめぐらし、独裁国家へ反旗を翻した伝説の盗賊こと“悪賊”。
欲に塗れた王族や強欲な貴族を相手取って騙し取った金品や宝石類など貧民街の住民らに大判振る舞いしたという豪気な武勇伝を持ち、故に彼に逆恨みする人々から皮肉を込めて名付けられたのは、偽悪な盗賊――略して“悪賊”。
巧みな話術で自分のアドバンテージを活かすのが“悪賊”の持ち前であり、「山猫のしっぽ」の交渉役を務めてもらっています。商工会議所とかそういった会合には私のような子供だと舐められがちなので頼もしい限りです……そのはずなんだけど。
「ん?ノインちゃん?俺の服なんか嗅いで……えっ?女の匂いがするって?何のことやら?」
とか言いつつも、さりげなく目を逸らすルシード。なんですと?
「お前……またかよ」
さすがのタクマも呆れ顔だ。泡立て器でボウルの中身を掻き回す作業も忘れない。
「お前が女性に手を出そうか勝手だが……そういうのを嫌う堅物な奴がいるのを忘れてないか?」
「は、ははは……アンタらが黙っといてくれるとマジで助かるけど」
片手を挙げて軽く謝罪するルシードだったが、まず女性なら誰しも構わず口説くその女癖の悪さを何とかして欲しいものだ。
私はギルドマスターとしての義務を果たすべく、ルシードの不純な行為を咎めようとした寸前、踏み止まりました。だって、
「今、なんておしゃいましたか?」
ゾクリと背筋が凍えるような一言が、その場の雰囲気を一変させた。
笑顔が固まったルシードの背後に忍び寄る茶色のボブカットの少女の姿が目に入ったから。
エルヴィ・ナムアイ。
奇跡と称する法術と卓越した槍術を併せ持ち、悪辣な皇帝が差し向けた帝国軍から豊かな自然を守り抜かさんと闘い続けた勇敢な姿から謳われた“森の戦乙女”。
しかし、皇帝の卑劣な手段により森を焼き払い、燃え盛る森の中で最期を遂げた悲劇のヒロインとして世に知られています。
そう言えば、タクマが妙な事を口走っていましたね。侍魂のナコ○ルだ……とか。意味が分かりません。
「ルシードさん、仕事先の女性には手を出さないと約束しましたよね?」
エルヴィが柔らかに微笑んでいた。
「山猫のしっぽ」の看板娘たるギルド受付嬢を務めるだけあって、女の私でも見惚れそうなスマイルだ。ただし、“魔王”をも気圧されるその威圧感さえなければ。
「え、えーと、これは仕事であってな……決していかがわしい事じゃなくて……」
ルシードがしどろもどろになりながら、必死の弁明をしようとしていた。
無理もないです。温厚なエルヴィを怒らせるとロクな目に遭わないし、こないだエルヴィの貧乳を馬鹿にしたタクマは懲らしめたとも言いますしね。ちっパ……美乳たる私に言わせればいい気味です。やーい。
「ちょっと、向こうでO・HA・NA・SIしましょうか?」
「ひいっ!?」
青ざめるルシードは、そばにいたタクマに視線を向けて助けを求めたが、
「自業自得だ。怒られて反省して来い」
巻き添えに食らいたくない一心で、タクマはバッサリ切り捨てていた。
「ノ、ノインちゃん……」
「……」
ノインは我関せずといった体で退出していく。未だ目を覚めないフェイを引きずって。
「ルシードさん、こっちへ来てもらえますか?」
「…………はい」
有無を言わせぬ迫力満点の笑顔を浮かべるエルヴィが、諦観するルシードと共に奥の部屋へ引っ込んでいく。さすが力の大半を失っても“森の戦乙女”は健在です。
「なんか騒々しいと思ったら、休憩するついでに来てみれば……」
華奢な身体で腰まで伸ばした黄緑色の三つ編み、涼しげな切れ長の目。
エルヴィ達と入れ替わるように、タクマの言う男の娘……もとい見麗しい女顔の少年が出てきた。
ファルコ・V・レオハード。
空前の飢饉に見舞われた大勢の人を救う為に、己の知恵や森人の秘奥を以て砂漠を緑の大地へと甦らせたハーフエルフの“榊の錬金術師”。
神への冒涜として禁忌とされていたその錬金術を使用した事により教団にさんざん迫害された挙句、あらぬ罪で処刑され70年の生涯を終えたのである。
そんな彼女……おっと、彼は薬の調合を主体とした仕事をこなしており、頭脳的なアドバイザーとしてもギルド運営とかあらゆる面でサポートしてくれる。不勉強な私とて大助かりだったりします。
「ほう、ルシードの奴、そんな事をしてたとは。ちょうどいい。あいつの性癖と符合する薬を開発してね」
「……参考までに聞くが、何のだ?」
「ある貴族の夫人からの依頼なんだが、度々浮気する夫のアレが不能……」
「やめれ。不能するどころか男として二度と立ち直れなくなる」
……ファルコが処方した薬は患者の間に好評のようだが、面白い事があると明後日の方向へ向かってしまう困り者です。
その難儀な性格のせいで研究と称して試された私たちに何度も被害を被った事か。
「せっかく被験者が見つかったのに……」と愚痴るファルコが去った後、タクマはやや疲れ気味で溜息を吐いていた。
「ったく、とんだ時間食っちまったぜ」
ぶつくさ言いながら、料理を再開する黒髪黒目の少年。
タクマ・スオウ。
かつて人類を破滅へと導く【災厄の繭】を討滅した英雄たる十二聖の“剣姫”を殺害し、7人も英雄を葬った事により世界を敵に回した“英雄殺し”の大罪人。
世あらざる知識と森羅万象の如く千の魔法を駆使し、魔神に匹敵する絶大なる魔力。
歴史上に数えるほどしかない稀代の魔術師として、畏怖の念を込めて人呼んで――“魔王”と。
「~♪~~♪」
そんな人物像に反して、鼻歌交じりにフライパンで炒めた赤いライスを華麗に宙に舞わせるエプロン姿のタクマ。
目つきが悪いのを除いてなんていうか、イメージが違うっていうか……世間の言うように悪人とは思えません。
料理だけじゃなく、洗濯も裁縫も掃除も出来て、ぶっきらぼうながらも面倒見が良い人です。時々奇妙な言葉が呟くけど。
何らかの制約により力が制限された現在、「山猫のしっぽ」に欠かせないオカン的な存在になりつつあります。ありがたやありがたや……
「……でも、タクマってどういう人なんでしょうね?」
“魔王”自身も――十二聖の一人でありながら、かつて同志であった“剣姫”たちをなぜ手にかけたのか、一度だけそれとなく質問してみたが、
「好奇心旺盛も結構だが、程々にしないとおやつ抜きにするぞ」
脅は……説得されて以来、敢えて聞かないようにしてました。何よりも崇高なロールケーキが食えないとなると辛いですし。
「タクマさん」
「ん?あのバカはもういいか?」
「はい、別の部屋で反省文を書かせてもらっています。この機に改心してくればいいけど」
……どこから壊れたラジオのような無機質な声が聞こえますが、そっとしておこう。
「そ、そうか……おっと、一丁上がりと」
うっすら笑むエルヴィに戦々恐々する“魔王”は片手に持った皿の上に、出来上がったオムライスを乗せようとしたが――。
「夕食の準備がまだでしたら、私も手伝いましょうか?」
時が凍り付いた一瞬。
これに動揺したタクマが、オムライスごと皿を危うく落としかけた同時に、私は戦慄した。
心の奥底にしまい込んだ記憶が甦るおぞましい出来事。
満漢全席のようにずらり並べた人外魔境の料理。
酒を飲みまくって現実逃避する“紅鬼”。
こそこそと胃薬を用意する“榊の錬金術師”。
言い訳がましく逃げ出そうとする“悪賊”を道連れにする“魔王”。
悲鳴と絶叫が飛び交うカオスな空間。
歓喜と感涙と勘違いし、ささやかな胸を張る“森の戦乙女”。
“竜滅す者”が残したダイニングメッセージの意味に気付くべきだった。
エルヴィ本人がとてつもなく料理音痴である事を知ったこの日――。
(タクマ、緊急依頼です。何とかしなさい)
(普段はドンくさいくせに、こんな時にまともだな!)
(私だってやる時はやりますよ!それよりもドンくさいってどういう事ですか?!)
やたら張り切るエルヴィに気付かれないように、私はタクマをアイコンタクトでやり取りを交わした。積み重ねてきた信頼が故に成せる以心伝心かな。
「どうかされましたか?」
エルヴィが首を傾げていた。何だろう?可愛らしい仕草なのに、私には黄泉の国へ手招く死神にしか見えません。
「あ、そう、だな。うん、もうすぐ出来るから大丈夫ダヨ?」
頬を引きつらせながら、必死さを隠すタクマはやんわり拒否しようとしていた。
「でも……それだけじゃ足りなくないですか?もう一品は追加しますね」
まさに死刑宣告。しかも決定事項!?
(タクマっ!エルヴィ止めて!ああ!?包丁が逆手に持っちゃってます!)
(って言われても!すぐ思いつかねえんだぞ!げっ、鍋に塩いっぱい入れてやがる!?力士かよ!?)
(わけの分からない事をほざかないで、背後からギューと抱き締めて止めて下さい!さあ!)
(エルヴィとはちょくちょく話すようになったってゆうのに、そんな命知らずな真似は出来るか!最後の一言は余計だ!)
そう。タクマの言う通りに、エルヴィはある理由より“魔王”を敵視していて、事あるごとに衝突していました。あまつさえ武力行使で排除する事もありましたが、最近になって和解したらしい。どうやって仲直りしたかは知りませんが、
(貴方の都合なんて知った事ではありません。つべこべ言わずやっちゃって下さい)
(お前が一番食べたがっていたのを、エルヴィに言い付けてやる)
あたかもメンチを切るかのように、私たちが無言で押し付けあっている内に、
「ごめんくださーい」
「あら?誰か来たのでしょうか?ちょっと見てきますね」
そう言いながら、エントランスホールへ駆け足で向かうエルヴィ。そして、黙って見送った私たちは――。
「よし、戻ってくるまで時間の勝負だ。ノルエ、お前も手伝え」
言われなくたって手伝います。命は惜しいですから。
「……手伝う」
戻ってきたノインが珍しく申し出てきました。普段はつまみ食いばかりでなかなか手伝わないのに、どうやらエルヴィの料理に対するトラウマが後押しになったみたいですね……恐るべし。
「山猫のしっぽ」にはルールが幾つか存在する。
一、自らが英雄であるのを厳密とする。
一、私事を除いて隠し事せず報告する。
一、いかなる理由があろうと、英雄同士が一騎打ちを禁ず。
一、「山猫のしっぽ」の総意でエルヴィに料理をやらせるな(※本人除く)等々。
なぜ、このような措置がとったかというと、英雄という個性と矜持、時代による文化や思想の相違から「山猫のしっぽ」を瓦解しない為である。要するに喧嘩するなってとこですね。
6人が召喚された時からそれぞれ反りが合わず、色々あって大変でした。特に“魔王”と“森の戦乙女”が……その話は追々するとして。
「…………」
いかにも三人前ありそうなオムライスを見る見るうちに消化させていくノイン。ちょっとでも油断すると他人の分まで奪われかねない勢いなので、私はオムライスを一口にしながら死守していた。
「タクマ~後でこの酒に合うつまみも作ってくれんか?」
「おい、酒はどこからかっぱらってきやがったんだ?」
「人聞き悪いこと言わんで。こいつにお願いして譲ってもらったんだ」
「……譲るも何も恐喝まがいで取り上げたくせに……ううっ、せっかく隠しておいたのに……なんて厄日だ」
酒を仰ぎながら上機嫌なフェイと対照的に、ルシードが意気消沈していた。そばに置いてあった酒瓶のラベルを見る限り高級なものようだ。
「……せっかく手伝おうと思ったのに」
エルヴィが、哺乳類と化しつつあるノインと比べものにならないほど頬を含まらせていた。ごめんね?「魔女の晩餐会」と呼ばれたあの悲劇を二度と繰り返すわけにはいかないの。
「そう拗ねるな。タクマがお詫びとしてデザートを用意してくれるらしいぞ」
「ふーんだ。それしきで容易く釣られる女だと思わないで」
横髪を掻き上げて実に女らしい仕草で食するファルコにそっけない態度をとるエルヴィだったが、食べるペースが上がる辺りからどうやら期待してるっぽい。
「……タク、デザートは何?」
既に食べ終えたノインは尋ねる。傍から見ても心が浮き立っているのが分かるが、とりあえず口元に付着してるケチャップを拭かないとね?
「おう、エクレアというお菓子だ」
キッチンから出てきたタクマが用意したのは、大皿に積まされた、カスタードクリームを挟んだ黒いシュークリームらしきものだった。
「エクレア?女みたいな名前だな?」
「俺もそう思って一度調べた事があるが、エクレアは別の読み方では稲妻という意味で、この名前の由来は不明なんだ。強いて挙げるとしたら、焼いた表面の割れ目が稲妻に見えるとか」
うんちくを語るタクマ。変なとこに博識ですね。
「そう言われると見えなくもないですが」
卓上に置かれた山盛りのエクレアをまじまじ見つめるエルヴィも頬を緩んでいた。ノインに至っては餌を付け狙うような獣の目でロックオンしていた。
かくいう私もナイフとフォークを持ってスタンバイしています。
「ところで、このお菓子を出そうと思ったのかね?」
「ああ、俺が時々手伝っている喫茶店のマスターから頼まれてな、他の店にないような名物になるスイーツを作って欲しいって」
「成程。タクマ君の腕前ならでは納得の話だね。それでこの試作品なわけか」
「ああ、忌憚のない意見か感想とか頼むよ。何しろ、あり合わせの材料で作ったから上手くできたかどうか……ってノイン!?」
「…………」
よっぽど辛抱できなかったのか、フライングしたノインが次から次へと手に取り、あたかも奇術を披露するかのようにあれほど積まれていたエクレアが消失していく。ちっ!出遅れましたか!
「酒のつまみにもならんが、たまに悪くないかもな」
「表面に塗られたこの黒い固形物……チョコレート?ひょっとしてオレがこないだ商談で仕入れたやつ?」
「うん、クリームの甘味が控えめになってて、そこそこ悪くないかな?」
「はぁ……幸せぇ」
「……ウマ」
「う~ん、まあまあかな?初めて実践したからこんなもんか?」
「…………」
何の変哲もない、ごくありふれた光景。
それこそ私が求めてやまなかったもの。
両親と死別し、男手一つで育ててくれた爺様が世を去ってから半年。それまで私は独りぼっちだった。
最初は事故で召喚されたものの、家族を失った自分の心の隙間を埋めてくれたのは――。
「「「…………」」」
と思った束の間。私も含めて女性陣はたった今、友情決裂寸前である。
「……ギルドマスターである私に譲るのが筋だと思います」
「……ノイン、食べ足りない」
「……ギルド受付嬢で頑張った私へご褒美を与えるべきかと提案します」
高らかに鳴り響く金属製フォークの鍔迫り合い。
最後の一つ残されたエクレアを目の前にして牽制し合っていた。
「わははは!いいぞ~もっとやれ」
「おおっ、ノインの奴、激しく揺れてやがる。それに比べて二人は……ぐべらっ!?」
「やれやれ、いつものながら賑やかだね」
「お前ら……止めてやれよ」
こうして、今日も賑やかな一日が過ぎていく。
「山猫のしっぽ」の事情を汲んで限りなく力を貸してくれる六人の英雄――いえ、彼らを仲間でもあり友人でもあり、私にとっては大切な家族だと思っている。
泣いたり怒ったり、たまに喧嘩もするけれど、一緒に笑い合えるような、そんな関係でいつまでもありたい。
私の往く先には幾つかの困難が立ちはだかるのだろうが、彼らと一緒ならきっと――。
「獲ったど!」
……どうやら、目の前にいる障害物を乗り越えなければならないようです。
一、家族のように、全員が食卓につくべし。
「英雄ギルド」どうでしたか?皆さんからのご意見、ご感想をお待ちしております。