Chapter2 -第二章-
「ねぇねぇ怜、これなんていう魚なの?」
「グッピー」
「ふぅん…食べられる?」
とあるマンションの一室での何気ない会話。
2人の女子高生の会話。
部屋のある時である少女―怜はお気に入りのブランケットを羽織ってスマートフォンをいじる。
先程、この部屋を訪れた少女―由依。
2人は高校からの友達だ。
特にこれと言った共通点は無い。むしろ正反対だ。
最初の会話は「その魚何?」「グッピー」だった。
そこからなぜか会話が発展し、今に至る。
そのうちに休日も会うようになった。
そして学校から家が遠い由依の家より、近い怜の家に自然に集まるようになった。
「今日は帰るの?」
「どうしよっかなぁ」
由依の両親は放任主義だ。
家に帰ろうが、他人の家に泊まろうが、気にしない。
由依自身、自由にできるので不便はしていない。
怜の両親は忙しい、滅多に怜に会おうとしない。
2人は互いの寂しさを埋めていた。
「…今日も、泊まってくよ」
「服、貸すね」
いつもこうして由依は怜の家に泊まる。
四月の入学当初から数えると、もう数十回に及ぶこの「お泊まり会」、
日曜に泊まる日は制服を忘れない約束…、だか、今日は違った。
「ぁ…、制服忘れちゃった」
「どうすんの」
「休むわけにいかないし…、一度家に帰るよ」
「どの位で帰ってくる?」
「タクシー捕まえてブッ飛ばす…、から一時間くらい」
「その間に夕飯作っとくね」
「ん、わかった。行ってきます」
ガチャリ、とドアを開ける。
先程まで雨が降っていたんだろうか、ほんのりと雨の香りが鼻腔をくすぐる。
外はもうかなり暗くなっていた。
「花園コーポの3棟まで」
タクシーを無事捕まえた。
由依の住む家は少し複雑な場所にある、そのため近所のアパートまでタクシーで行く。
それからは歩いて行くのだ。
「お譲ちゃん…、夜道は平気なのか?」
タクシーの運転手に話しかけられる。
時刻は午後9時13分、あと10分もすれば最寄りのアパートに到着する。
「なぁ、知ってるか?ここいらで最近、『化け物』が出るらしい、…なんでも金髪で背は180近くある女らしいぞ…気をつけてな」
“金髪で背は180近くある女”
「それと、もう一人、背は170くらいのスーツを着た男。…目元のクマが特徴的だって噂だ」
「ふぅん、大変ですね。…あ、ここで」
タクシーを降りた後、きょろきょろと辺りを見回す。
ここら辺はあまり雨が降って無かったのか地面が濡れていない。
「早くとりに帰って怜の家に戻らなきゃ…」
タクシーがUターンするのを見送る。
それにしても、運転手が言っていた「化け物」とはなんだろう。
…この辺りに何年も住んでいるけど、そんな話聞いた事が無い。
しかし、男の方には心当たりがある。
『ピロリン…ピロリン…』
ポケットに入れていたスマホに着信だ。
小さくバイブレーションをしている。
『ユキムラ』
反射的に着信を拒否する。
するとすぐさまメールが届いた。
『どうして無視するんだい?』
『もしかして、俺のコト、考えてた?なんて』
「違います」と返信して通知をオフにする。
もうすっかり日が落ちて月が金色に輝いている。
棟と棟の間にある小さな公園、唯一の街灯が明るく光っている。
…ベンチに誰か座っている…?
『ピロリン…ピロリン…』
ポケットの中のスマホがが揺れる。
急いで取り出すと今度は見知らぬ番号からだった…。
す…、と顔を上げると、ベンチに座っていた人が立ってこちらを向いている。
「…久しぶりだね、由依。あれからどうかな?」
目の前の人から発される声、それが耳元のスマホで少し遅れて耳に届く。
なんであなたが、と思いながら、番号を確認する。…違う番号のはずなのに。
「あ、今の番号の事考えてた…??これね、ちょっと借りたの、この人に…」
そういうと相手は持っていたスマホをぽい、と草むらに投げ捨てた。
よく目を凝らすとベンチにはもう一人、座っているか気絶しているか、人が居た。
「ユキムラ…さん。やっぱり貴方だったんですね」
声を聞いて相手が誰か確信する。
先程のタクシーの運転手が言っていた男の方、…私がよく知っている。
「さん、だなんて。昔の由依じゃ考えられないね。ちょっとは学習したのかな…それとも?」
「もうココにはこないんじゃなかったんですか」
「冷たいなぁ…?」
あはは、と笑う相手をよそに、どうやってこの場をやり過ごすかだけを考える。
このまま、上手くやり過ごせるだろうか…。
「あーぁ、上手くやり過ごそうなんて、甘い考えはよしなよ?…無駄な悪あがきって、…馬鹿みたいじゃん?それとも、昔みたいになりたいの?でも君、見た感じ改心してるんじゃない?」
ユキムラが目の前に立って、笑顔でぺらぺらと思ってもいないであろう事を話し始める。
「私は」
「そういえば、お今日はお知らせがあってここに来たんだ。由依にも関係があったし、丁度良かった」
「私はもう、ソッチの人間じゃないんです。巻き込まないでくださ…ッ」
「ふざけるんじゃないぞ」
大きな手で首を摑まれる。一切手加減はナシだ。
「俺だって好きでお前を生かしてるんじゃない。…利用価値があるからだ。今、この場で、一瞬でお前を殺すことだって容易なんだ。勘違いもほどほどにしろ」
言い終えると手を離される。慣れていた筈なのに、思わず地面にへたり込んで咽る。
顔を上げると、何事もなかったかのように笑顔だ。
「今日はこれで終わり。知らせってのは…、話す気なくなったからメールで送っておくよ、それじゃ、ばいばぁ~い」
誰のものか分からないスマホをスーツのポケットに居れ、此方に背を向けて歩いていく。
「タイムロス」
自分のスマホを見て時間を確認。もう30分ほど経ってしまっている。
「走ればいいか…」
冷や汗も止まり、キュ、と靴紐を締める。
急いで家へと向かう。
夜は始まったばかりだ。