一話
少し性的表現があるかもしれません。
一応それがメインなんで。
俺と彼女が付き合いはじめたのは大学へ入学して、数ヶ月後。たまたま専攻が同じで、彼女が隣の席に座ったのが偶然だった。
彼女からは甘い、母性を引き立てるような香水の匂いがしていた。不覚にも、彼女を母親に照らし合わせていたのだった。
抱きたいとか、キスしたいとか、セックスしたいなどという考えが授業中、頭の中で渦巻いていた。授業なんて、まったく頭に入らなかった。
頭の中に俺の思考を妨害させる、白い何かが取り巻いていてその時の俺は空に浮かんでいるようだったのを今でも鮮明に覚えている。
話しかけてきたのは、彼女の方だった。
授業が終わり、チャイムが鳴ってからしばらくして頭の中の白いものをようやく振り払って、席を立とうとした時だった。
「あなた……私に惚れたでしょう?」
しっかりとした口調に、優しい響き。
俺は一瞬何のことだと思って、辺りを見回した。彼女が俺に話しかけたのということに気づくのに、何十秒もかかった。
「俺……?」
何かの聞き間違いなのではないか。
それにどうして彼女は俺の心が読めたのだろうか。
惚れた、のではなく思った、という言葉が正しいだろう。
別に彼女に好きという感情じゃなくて、ただ性行為をしてみたい、と思っただけだ。
彼女は、薄青のワンピースを体に流れるようにまとい靴は、白い、花のついたそんなに高くないハイヒールを履いていた。
長い黒髪に、透き通るような白い肌。そして薄く口紅がつけられた唇。
好みじゃない、といったら嘘になる。
でも、どうしてか俺は彼女を体でしか求めていなかった。
俺は首を横に振る。
彼女は口元に小さな笑みを浮かべる。
「冗談。……でも、嫌らしいこと考えていなかった?」
図星。
顔がまっ赤に染まってしまう。
「そんなに照れないでよ。別に私は気にしないわ」
「でも何でわかったんだ?俺、何か変な顔していた?」
彼女は首を横に振る。――彼女の動作にはいちいち無駄がない、おそらく社交性のない俺みたいな人間じゃなくて、社交性のある人なんだろう。
「してないわ。あなたの顔は無表情だったわ。まったく驚いちゃうわ授業中、嫌らしいこと考えていたのに、まったく表情一つ変えないのだから」
「でも君は怒らないんだ? 誰だって体なんか想像されていたら嫌だろう? それにどうして俺が君ことを考えていたことがわかったんだ?」
彼女は足を組む。
ワンピースから少し見える、彼女の白い肌。無駄毛はまったく生えていなかった。
彼女が動くたびに香水の匂いが俺の鼻を刺激する。
「ふふふ……だって私も想像していたもの。あなたの体」
驚いた。
男が女の体を想像するならまだしも、女が男の体を想像するなんてあんまり聞いたことがない。それとも彼女だけではないのだろうか。
「私とあなたは互いの体を想像し合う……。あなたの考えが読めたのはなんとなくかしら?」
俺は彼女がこんなことを考えているなんてまったく気づかなかった。
「でも、どうして俺の体を?」
「あなたって結構かっこいいじゃない?それに、私の好みだから」
「俺はかっこよくなんか……」
少し照れた。
中学、高校と何回も女子に告白されたことがあったけれどもここまで照れたのはきっと、はじめてだろう。
「照れないの。……で、迷惑かもしれないけど……」
彼女はいったん言葉を切る。
本当に動作も、言葉も無駄がなかった。
「私と寝てみない?」
これが、俺と彼女が付き合いだしたきっかけ。
彼女の名前は南 愛花。
俺と同じ学年で、考古学を専攻している。
彼女と付き合いだしてもう、数年たった。彼女とはデートなどをしたことはなく、ただ一緒にラブホテルに行って寝るだけ。
俺は別に不満じゃないし、彼女だって不満じゃないはずだ。
お互いに欲求するのは体だけで、他には欲求しない。
傍からみれば冷めた関係だと思われるかもしれないけれど、俺たちは十分に上手くやっていた。それ以上の関係も、それ以下の関係も必要なかった。