牢屋にて
水の町ラドンは田舎町、だった。
辺境の地であり雄大な景色以外、注目されることなど何もなかった、筈だった。
ラドンが栄えるきっかけとなった出来事は西方の大規模開拓の中継点になったことである。
ラドンは北と南に巨大な山脈があり、間を流れる大河の町。
故に、ここを通らなければ西方には行けない。
その為事業が始まり、人の行き来が多くなるとラドンはかつてない活気に包まれることとなった。
元々、ラドンは観光地の為、宿屋ばかりの町である。
町人は考えた。
この宿屋を潰して店をつくったら儲かるんじゃないか?
こうして“宿は大きいのだけにして、店建てようぜ作戦”が実行されることになった。
「って事なのよ、きっとあたしたちの“紫陽花”も賄賂とか受け取ってるに違いないわ」
宿まで全力で走る勇者たち。
走りながら長文で説明して息切れしないのは流石だ。
「…ごめんなさい」
後ろでノーラが謝る。
ネコミミもしゅんと垂れている。
「ノーラは悪くないって。なんだかんだであの二人、可愛いからさ、傷物にはされないはずだよ? まあ、リーダーの方が一億倍可愛い…痛い、痛いから!」
ノーラを励ましたついでに謎のアピールをして耳を引っ張られるハリス。
走ってる途中だからか殴ったりはしないのだが地味に痛い。
後、のちの報復が怖い。
「すみません、不注意でした」
カルロスも謝る。
耳も尻尾もない(有ったら有ったで嫌だけと)大男がしゅんとしてほしくない。
「平気だと思うよ。万が一捕まっても二人位の力量なら、脱獄」
「…これだけ大規模な作戦なら封魔結界を用意してても可笑しくない。魔法は使えないと見るべき」
封魔結界はその名の通り魔力の流れを封じる結界である。
魔力は流れ(変化し)なければ魔法(別の現象)として現れることはない。
とはいえかなり高度な技術であり、凶悪犯を閉じこめる為の牢獄にしか使われていない。
「もしそうなら民主的な町の意見だということですね」
「数の暴力と言いなさい」
そこでやっと宿“紫陽花”にたどり着いた。
「おや、お早いお戻りで」
青年エルフがカウンターに立っている。
エルフ本来の端正な顔に相応しくない邪悪な笑み。
してやったり、と言ったところか。
「どうされましたか?」
今、こいつに手を挙げたらこちらが悪いことになる。
相手はあくまで、善良な町人。
確実な証拠を手に入れたいところだがそう簡単にはいかないだろう。
これは頭脳戦だ、とチームの誰もが思ったところで勇者が言った。
「あたしたちの連れ、今部屋にいないよね? 知らない?」
直球だった。
うん、何か、こうなること知ってた。
「少し前に出て行かれましたよ」
エルフはいけしゃあしゃあと言い放つ。
この言葉にぴくりと眉を上げて勇者はまたもや直球勝負。
「どこに行ったか知ってる?」
「分かりかねます」
このままでは平行線だ。
「なら、吐かせてやるわ」
あ、もうどっちが加害者とかどうでもいいんですね。
パーティーメンバーは心からエルフの冥福を…
「あのエルフは馬鹿ですか?」
「リーダーもかなり馬鹿だと思うけど?」
「その子分の私達も馬鹿」
祈るほど聖人君子じゃなかった。
***
俺とモリオンは脱出の方法を考えていた。
というのも食事を持ってきてくれた看守の爺が後二週間で取引先が来るからそれまで宜しく、と爆弾発言をしてくれちゃった為だ。
二週間も待ってられない。
急遽、作戦会議を開いた。
「普通の子供が牢屋を逃げ出すとき、どうすると思う?」
議題は普通の子供としての脱獄の方法。
普通の子供は逃げ出そうとか思わないかもしれないが。
「やっぱり普通の子供らしく鉄格子、溶かすのはどうかな?」
竜としては普通の子供なんだよね。
「どこら辺が普通なの?」
一応、聞いておく。
「…」
駄目じゃん。
「で、でも口から腐食液の霧とか吹く子供だって…」
「いないぞ」
モリオンの常識はどんな物なんだ?
「え、でも蛇頭の魔族なんかは…」
人間な?
「分かってやってるよね?」
「うん。正直言って、逃げ出す方法なんてないから」
断言しやがった。
「どうして?」
「…この牢屋、魔法が封じられてるよね。怪力は禁止。食事穴は小さくて、“人化”をといて仔竜の姿でも抜け出せそうにない。手詰まりだよ」
いや、そりゃそうなんだが。
「マスター、要は建物を破壊せずにここから脱出すればいいのですね」
悩んでいると耳元で女の声が…
「…アン?」
「はい」
えらく久しぶりだな。
「前回の抗魔障壁展開による出力低下の回復に努めておりました。ですがこの建物では魔力が流れないため、妨害を受けずに回復出来た…」
訳分からん説明はいいから。
「要約すると、寝て復活、というわけです」
よく分かった。
「それで…」
「出してくれるのか?」
こいつなら“神器”だし、何とかなったりして。
聞くとアンはきっぱりと答えた。
「不可能です」
出てきた意味、あった?
「点検の為です」
機械ものらしい発言だった。
「それと、私は盾です」
は?
「危険が迫ったときに護る事が仕事です」
それって、つまり…
「勇者が来ます」
あのハリケーンは周り諸共、吹き飛ばすつもりらしい。
「チャンス、来たね」
うん、そだね。
次回予告
いろいろやっつける