角と羽と尻尾と
俺が産まれて一年がたった。
特に珍しいこともなく、というか動けないので珍しいことが出来なかったのだが、あーだこーだしている内に一年たった。
しかしこの一年で知ったことは多々ある。
いつも会話を盗み聞きしていたからだ。
たとえば魔王という種族のこと。
基本的に魔物含む魔族を統率する。
格下の魔族は無条件で従わせることができるらしい。
今は、俺の父親だけらしい。
そう、今はなのだ。
魔王は昔は数人(人じゃないよな?)いたらしい。
が、教会の勇者パーティーに潰されたらしい。弱いな。
というわけで今、世界の魔族は危機に瀕している。
有能な統率者を失った魔族は害虫のようにあっさり駆除される。
もう絶滅した魔族もいるとか。
そういう状況も相まって俺の父親は忙しい。
もちろん母親もだが、母親として俺の世話をすると言い張ったため仕事はほとんどしていない。
それより、最近は動けるようになったという話だ。
人の目(魔族の目)を盗んでは情報収集をしに行くのが最近の日課だ。
「だぁー!」
まだまともに話せないため訳の分からない号令で魔王の城(これ自宅なんだよな)の探検をする。
これは今日で三回目。
父親の配下の魔族に見つかってはもとの部屋に帰されたからだ。何?猫みたいだと?
「あらぁ?お嬢様がまた脱走…」
脱走って何だよ、探検と言え、男のロマンが……あ、これ二回目に戻されたときのパターン。
気づいてさっさと隠れる。
手頃なドアを押して入る。
鍵が掛かってないことは前回で確認済みだ。
「お嬢様ー?カトレヤ様ー?」
直後にドア越しに声が響いた。
ギリギリセーフ。
「東棟に向かわれたのかしら?」
そんなのあったんだ。
足音が(羽付きの癖に)遠ざかっていったのでほっと一安心。
で、ここ、どこ?
「む?カトレヤか?何故、執務室に?と言っても分かるわけないな」
魔王様の執務室だった。
鍵が開いてるのも納得。
「……………可愛い」
ぼそっとそういうこと言わないでもらえます?
「ほら、お父さんだぞ、こっちだ、こっち」
手を叩いておいでおいでする魔王。
なんだこれ。
ハイハイでそこまで行くと抱き上げられた。
そして俺の頭を撫でる。
「そろそろ角も生えてくる時期だな…」
はいっ!?
俺はまじまじと父親の角を見る。
羊っぽい。ゴツゴツしていてねじれている。
これが生えるのか。
「羽と尻尾もです」
執務室のドアを開けると同時に付け足しをしたのはエレナだった。
手には書類(当然のように羊皮紙)の束を持っている。
というか後から生えてくるんだ。
歯みたいだな。
「そうだな。…書類は机に置いてくれ」
「はい」
ちらっと羊皮紙見たのだがよくわからない文字だった。
喋る言葉は日本語と変わらないのに文字だけ違うとは驚きだ。
「そうだ、カトレヤを部屋に連れていってくれ」
あ、しまった。
「さあ、カトレヤ様、参りましょう」
ひょいとエレナに抱かれる。
そのまま部屋まで連れていかれ、子供ベッドに乗せられた。
「まったくカトレヤはお転婆さんね…」
俺を探し回っていたらしいアイリスがベッドの隣の椅子に腰掛ける。
「元気でよろしいと思いますが」
エレナはアイリスに紅茶を注ぎながらそういった。
「でも心配だわ、危ない所に行かないか」
アイリスはため息と共に言った。
さらさらと長い金髪が垂れる。
「……では、こういうのは如何でしょう、カトレヤ様専属の侍女として私がお世話をいたします、もちろんどこかに行かないように見ておきます」
この流れだとしばらくは監視されて探検は出来なくなる。そうしたら果てしなく暇だ。
「そうねぇ、専属の侍女というのは賛成よ。でも見張るのは駄目、カトレヤは好奇心旺盛だわ、知りたいことがあるなら教えてあげたいの。今日は執務室に行った訳だし、私が仕事場所に連れていけばカトレヤも退屈しないはずよ」
さすがに分かっている。
母親の鏡だ。
「しかし、お仕事の邪魔にはなりませんか?」
対するエレナはまだ不満げだった。
目が“お世話したい!”と言っていた。
「それにね、私自身がこの子といたいのよ」
しかしこの言葉で陥落した。
さすが統率者、どういう言葉が部下の心を動かすのか熟知している。
「畏まりました」
これで情報収集には困らなそうだ。
感謝の目線を送ればアイリスは優雅に紅茶を飲んでいた。
かなり絵になる。
ということは子供である俺も美人になるのだろうか。
想像できない。
そんなことを考えていたらいつの間にか眠っていた。
書いていて思ったのですが羊の角なのに女にも生えるんですね。
魔族の不思議ということで。
産まれたときからそういうのが付いていてもいいかなと考えていましたが重大な問題を発見しました。
角とかが引っかかって産めないんじゃ?
というわけで産まれて一年で生えることにしました。
次回予告
仕事場所であれやこれやする