電話
壁に響く歓声。天井に走る衝撃。僅かに聞こえてくる独特な音楽。
「いよいよだな…」
俺は控え室の一室で待っていた。両肘、両膝にサポーターを付け、
年季の入ったロングタイツを穿き終え、ブーツの紐を結んだ。
俺は部屋にあったカレンダーをふと見た。
今日は二十歳になる娘の誕生日だった。
テーブルに置いてあった電話を寄こして、娘の家に電話を掛けた。
「はい、どちら様でしょう」
声を聞けば、すぐ分かる。
「俺だ…」
一瞬の沈黙があった。
「何…?アンタ、金に困って、オレオレ詐欺でもはじめたの?」
少し厳しい口調で言われた。
「親に向かってアンタはよしてくれ」
「じゃあ、何?用件があるなら言って。こっちは忙しいの」
また、少し厳しい口調で言われた。
「今日はお前の誕生日だから…」
「だから、何?プレゼントでも贈ってくれたの?何年ぶりかしら」
「いや…、ただおめでとうを…」
「娘の誕生日にただおめでとうしか言えない親なんて情けないわ」
「ちょ…、待って、最後に一つ」
「もう、いい加減にして!」
電話は切られてしまった。
繋がらない受話器に向かって
「お前が結婚するときは、ヴァージンロードを歩いてやる」
と、俺は言った。
気づいたら、俺は泣いていた。