episode2 『ドッキュン☆少女と少年と』
『我ヲ呼ビ出シタノハ、オマエカ』
【ソレ】は確かにそう言った。
「なっ、何よ。あんたなんか、呼んっ、呼んでないわよおっっ!」
『イヤ、確カニオマエダ』
「分かってんならいちいち尋ねないでよねっ」
「ゆ、・・・・・・楪あーーっ!!」
遠く離れたところで、ヒナタが必死になって叫んでいる。
「お前っ、ヘンに相手、刺激すんじゃねーぞっ。何されるかわかんねー・・・っ」
そこまでだった。楪は急に体が宙にふわっと浮いたような、
――ような、ではない。
確かに浮いていた。
「少し、目を瞑っておけ」
「へ?」
落ち着いた少年の声に、楪は思わず目を開けて――、後悔した。
楪は今、ビルの四階程の高さに居た。数字で言うと約15mである。
――そう。楪は見知らぬ少年に抱えられて、今まさに、木の上にいた。
ついと下を見ると、魔法陣とヒナタの姿が小さく見える。
「ひぃいいい!!」
「・・・・・・静かにしろ」
「こっ、これが静かに出来る状況だとお思いで?!早くこっから降ろしなさいよ!」
「だったら、――今すぐ黙れ」
そう言うと少年は楪の腕をグイと強く掴み、木を軽くトンッと蹴って、
――落ちた。
「い゛――やあーーーーーっっ!!」
ビュオオオオ――
下から吹き付ける風のせいで、耳より上の位置で結わえている三つ編みが揺れ、黒マントがバタバタとはためいた。気圧で耳の奥がキーンと鳴った。
「死ぬっ!ちょ、死ぬってば、ねえ・・・・・・っ!」
楪が甲高く叫んだので少年はうるさそうに顔をしかめ、
「‥‥‥もう大丈夫だ」
「え、――?」
ストンッと軽やかに着地した少年の後ろで、楪は顔面からべシャッという効果音付きでコンクリートに激突した。お世辞にも華麗に着地したとは、言い難い。
少年はそんな楪を表情を一つも変えず、端正な顔で見下し、
「大丈夫か」
ポツリと呟く。
「い゛・・・・・・っ」
そう声を発した楪は、何も持っていない両手で鼻を押さえた。
「いったあ~~いっっ!!」
そうこうしている間に今まで蚊帳の外状態であったヒナタが魔法陣を避けるようにして駆け寄ってきた。荒い息をなんとか沈めようとしながら、「おい楪、・・・・・・大丈夫、だったか」そう聞いてくる。
「だったか、じゃないわよ!見りゃ分かんでしょ。鼻が痛いのよ、は・な!」
必死に痛さをアピールしたのだが、ヒナタは「それだけか、・・・・・・良かった」安堵の息を漏らしていた。しかしすぐに神妙な顔つきになると、楪の後ろに立っていた、まさに冷静沈着の象徴とも言える少年を直視して、
「・・・・・・お前、誰」
「ちょっとヒナタ」
無愛想に質問するヒナタに楪は脇腹を小突いてやった。
ぐえっとカエルが潰れたような声を出して、ヒナタが顔をしかめる。
「・・・・・・あのねえ、初対面の人に普通、『お前、誰』なんて無愛想に聞く奴がいる?しかも、仮にもあたしの命の恩人なんだし!」
「じゃあ、どうやって聞くんだよ」
「基本中の基本よ!まずは、こう、愛想よーく、笑うのよ」
「笑うのか」
「そうよ。そんでもってその笑顔を保ったまま、『ご機嫌麗しゅう』とかなんとか言うのよ。分かる?」
「ちなみにそれはどこで仕入れてきたネタなんだ」
「この前学校帰りに立ち読みした少女漫画のワンシーンよ!・・・・・・って、あんた今ネタって言ったわね。言ったわね?!人がせっかく・・・・・・!」
ヒナタは怒りに任せてまくし立てる楪をじっとりとした目で見る。
楪はひとしきりヒナタを罵倒したあと、諦めたようにうなだれて、額に手を当てた。
「ヒナタ、あんたって子は・・・・・・」
「なんだよ」
「あんたね、興味ってもんはないの?!何事にも興味を持ちなさいよ!これだから最近の若者たちは廃れる一方なのよ。って、この前近所のおばちゃん達と喋ったわ」
「そうか」
「で、そんな若者たちにはやっぱりお手本が必要だって話になってね。と、まあそんな訳で、手始めにいっちょヒナタ君に実践してもらいましょー!」
「どーいう訳なんだよ!どーしてこーなるんだよ!!」
反抗してくるヒナタに、「しょうがないわね。まずはあたしがお手本を見せることにするわ」軽くフフンと鼻で笑い、楪は誰が見ても営業スマイルと分かる笑顔を浮かべると、くるんっと少年に振り返った。
「お待たせいたしましたわね。初めまして」
営業スマイルを微動打にせず、楪は続ける。
「あたしは望月 楪。でもってこっちのめっちゃ地味~で見るからに弱そ~でイケてなくてダメダメっ子な男の子が恥ずかしながらあたしの双子の兄、望月 雛汰よ。ところであなたのお名前は?」
楪の横で少しボサつき気味の髪の毛を掻いている不服そうな兄が視界に入るが、あえて無視する。当然だ。自己紹介に33文字も割いてやったというのに、何が不服なんだ。
「ユズリハとヒナタ、だね。俺は織塚 拓巳だ。よろしく」
「・・・・・・?!」
タクミの言葉に、先程まで不服そうだった兄の顔つきが、ふっと変わった。
もちろん楪はそれに片割れの様子に気がつき、
「ちょっとヒナタあんた・・・・・・どうしたのよ」
ヒナタの脇腹を小突きながら小声で尋ねると、
「いや、・・・・・・なんか、さ。ヘンな、感じがして」
「変な感じ?タクミくんが?・・・・・・どこがどう変なのよ」
「ヘンっていうより、なんかこう、・・・・・・いや。多分気のせいだ」
そう言ってふいっと顔を背ける。楪は理解しがたい感じで、ただ首をかしげていた。と、
「はぁーいっ!こんにちはです。・・・・・・あり?こんばんはですか?まあとにもかくにも陽ちゃん登場お~っっ!ですっ」
甲高い声と共に小さな影がヒナタに跳びついた。
「う゛がっ」
押し倒されたヒナタはそのままゴンッとコンクリートに後頭部をぶつけてしまう。
しかしヒナタを押し倒した張本人は全く気にしていない様子で、
「こんばんはですっ、『サンちゃん』です。太陽の『陽』って書いて『サンちゃん』ですよっっ。よろしくですっ☆」
ニコニコ満面な笑顔を浮かべたまま、『サンちゃん』と主張しまくっている少女はそう続けた。そして、にっこりと愛嬌たっぷりに笑う。
人を惹きつける魅力的な笑顔に、楪は思わずぼーっと見つめてしまう。
その少女(元凶)に乗っかられて潰されかけているヒナタ。成すすべなし。
そんな状況下で、それまで黙り込んでいたタクミが声を発した。
「陽、お前がどかないとヒナタが潰れる」
タクミの言葉に、サンちゃんは はっと反応を示した。
まるで、今まで気づいていなかったかのように。
「あいですっ。サンちゃん、どくです」
ぴょんっとヒナタの上から飛び退くと、ヒナタはむせてゲホゲホと咳をしながら立ち上がった。
そして、
「あっ・・・・・・」
急に青ざめる。
「ヒナタ、どうしたのよ」
「おい楪っ。お前、何か大事なことを忘れて、ないか?」
「何を?」
きょとんとする楪にヒナタは「おい」という顔をしてから、魔法陣を振り返る。
楪たちもそれに釣られて振り返る。
「魔法陣がどうかした・・・・・・あ」
ヒナタがこくりと頷く。
「そうだよ。あの、突然現れてオレたちを襲った、黒い不気味な物体だ。どこへ行ったんだろう」
「そう言えば知らない間に消えていたわね。乙女の復讐に怖じ気づいちゃったのかしら。迷子センターに頼んで迷子の放送でも流してもらう?」
「ゴメン。オレ、あいつらの親になる自信、無いんだけど」
「それはもちろんよ。誰でもそう思うわ」
双子はお互いに大きく頷きあった。それは、何年ぶりかの意見の一致であり、双子は滅多に無いことに小さな喜びを感じていた。そこにサンちゃんの声が被る。
「そいつらはそれぞれ、住みやすい所へ行っちゃったです」
双子は、お互いに顔を見合わせて首をかしげる。
「は?す、住みやす・・・・・・?」
「ハイです。サンちゃん達はそいつらを追ってきたです。ね、タクミぃ?」
サンちゃんがそう言ってタクミを振り返る。タクミを顔をしかめて、
「変な呼び方で俺を呼ぶな」
そう呟いたあと、こくりと頷いた。
「あの、それって、どういう・・・・・・?」
その場で立ち尽くすしかない楪とヒナタ。
ニコニコと終始笑顔を浮かべて双子を見ているサンちゃんと、正反対に表情を崩さずに対峙するタクミ。
そんな四人をいつもと変わらない月が青白い光を放って無慈悲に見下ろしていた。
どうも、瀬野こなみです。
episode1に続き、お楽しみいただけたでしょうか。
◆
今回は新たに新キャラが登場しましたよ!
その名も、織塚拓巳くんとサンちゃん・・・・・・!!
陽と書いて「サン」ちゃんです。
ええ。今で言う、ドッキュンDQNネームというものです。
今回の「episode2 ドッキュン☆少女と少年と」の題名は、DQNネームの「ドッキュン」です。別に少女と少年が出てきてそっから恋愛に発展するなんて・・・・・・、
・・・・・・あるかもしれません。
◆
さて、新キャラも登場して、少しはお話がみえてきた、か、な?
見えて、来ない。こないですね、こないです。
次回、この怪しい二人組の正体が、分かるはずです。
予定は未定。
◆
もしよろしければご要望・ご意見・ご感想等頂けたら今後の糧にしていきたいと思っております。ここはテンプレですハイ。
それでは!次回もお楽しみに!!