草枕・応援隊参上!!
草枕・応援隊参上!!
ドゥン、ドゥン、ドゥン――ッ!
秋の気配が深まった静かな山あいに、突如として地鳴りのような超重低音が轟いた。
腹の底、内臓の奥深くまで揺さぶるサブウーハーの凄まじい音圧に、道路脇のガードレールがビリビリと悲鳴をあげるように共振する。色づき始めた木々からは、赤や黄色に染まった葉がパラパラと慌ただしく舞い落ちた。
軽トラの荷台で道具を片付けていた純三は、たまげて腰を抜かしかけた。
「な、なんだぁ!? 地震か!? 山崩れか!?」
カーブの向こうから砂煙を上げて現れたのは、ギラギラと陽光を跳ね返すカスタムカー――巨大なスピーカーシステムを積み込んだド迫力の音響車だった。
車外へ向けてけたたましく鳴り響いているのは、エミネムの『Lose Yourself』。
張り詰めた硬質なピアノの旋律に、胃袋を突き上げるような凶悪な低音のキックが重なり、のどかな山道を一瞬にして巨大な野外フェス会場へと塗り替えていく。
車は砂利を豪快に巻き上げながら、純三の軽トラのすぐ後ろにピタリと停まった。
「……な、なんだこの車は!?」
呆気にとられる純三の前で、バフッと重い音を立ててドアが開く。
飛び降りてきたのは、タイトなジーンズを穿いた元気いっぱいの若い娘だった。
「おじさーん!! また会えたーっ!」
「あ、あんたは……さっき草を集めてくれた娘さん!?」
二十三歳の志乃だった。
見れば、さっききれいに払って立ち去ったはずのジーンズの引き締まったお尻には、茂みをかき分けてきたのか、またしても大量の「バカ(トゲのある草の種)」がびっしりとくっついている。
志乃はそんなことなど露ほども気にせず、ウーハーが刻む重厚なビートに合わせてプリプリとお尻を弾ませながら、満面の笑顔で駆け寄ってきた。
「街に戻ってからずーっと気になっててさ! 朝晩冷える季節なのに、おじさんがたったひとりで黙々と草刈りしてる姿が目に焼き付いて離れなくて! 草枕・応援隊、参上しちゃいました!」
「お、応援隊……?」
志乃は悪戯っぽく笑うと、車の後部ドアをバッと跳ね上げた。
そこにはトランクを占領するド派手なウーハーボックスのすぐ脇に、パンパンに膨んだ大きな米袋が鎮座していた。
「見て見て! 精米所でもらってきた米ぬか! 刈った雑草と一緒に積んで、米ぬかを混ぜておけば発酵して最高の『雑草堆肥』になるでしょ? ただ捨てるなんてもったいないじゃん! 畑にも使えるし、おじさん喜んでくれるかなーって!」
「ぬ、ぬか……! 雑草堆肥まで考えてくれたんか……!」
純三は口をあんぐりと開けた。
通りすがりの気まぐれじゃなかったのか。この娘は、誰も手伝ってくれない過疎の道で孤独に戦う自分のために、そしてこの荒れ果てていく土地のことまで考えて、わざわざ戻ってきてくれたのだ。
「それにね、草刈りの前にまずは腹ごしらえしよ!」
志乃は車の奥から、風呂敷に包まれた大きな三段重の弁当箱を両手で抱えて取り出した。
ガードレールの平らな場所に置いて蓋を開けると、澄んだ秋の空気の中に、湯気とともにたまらない香りがふわっと広がった。
「じゃーん! 炊きたての栗ご飯に、脂の乗ったサンマの塩焼き! それから柿とキュウリとタコの酢の物だよ。温かいお茶もあるからね!」
黄金色に輝くホクホクの栗がごろごろ入ったご飯。皮目がパリッと香ばしく焼き上げられ、すだちが添えられた秋刀魚。鮮やかな柿の甘みとタコの歯ごたえを、キュウリと酢がキリリと引き締める一品。
どれもこれも、妻に出て行かれ、一人暮らしを続ける純三が何年も口にしていなかった、手の込んだあたたかい家庭の味だった。
「こ、こんな立派なもん……俺のために作ってきてくれたんか……」
「当たり前じゃん! おじさん、たった一人で頑張ってたんだもん。さ、ウーハーのテンション上がる重低音聴きながら、景気よく食べよ!」
志乃はお尻についたバカをパンパンと景気よく手で払うと、ガードレールに並んで腰掛け、純三に割り箸を手渡した。
スピーカーからは、音楽の熱気が最高潮へと達していた。
逃げ場のない現実を蹴り飛ばし、たった一度きりの好機にすべてを賭けて立ち上がれと、魂を絞り出すように吠えるエミネムの叫び。
腹の底から湧き上がるような重低音のビートが、身体の芯まで激しく揺さぶる。
誰も助けに来ない世情の寒々しさにやさぐれ、冷え切っていた純三の胸の奥に、熱いものがじんわりと込み上げてくる。
ふたり並んでハフハフと頬張る栗ご飯は、純三の白髪頭が吹き飛ぶほどに美味かった。
「……うめえなぁ。こんな美味い飯、生まれて初めて食ったかもしれん」
「あはは、大げさだなあ! でも喜んでくれてよかった!」
志乃は満足そうに笑い、空を仰いでぐっと両腕を伸ばした。
「おじさん、腹いっぱいになったら、私も熊手と箒で草集めガンガンやるからね! 米ぬかもバンバン撒いて、極上の堆肥の山を作っちゃおう! まだまだ草刈り、終わらせないよーっ!」
「おうよ! 頼むぞ、応援隊長!」
重低音の爆音ビートと草刈り機の回転音。
孤独だったはずの山あいの道に、ウーハーの唸りと、ふたりの底抜けに明るい笑い声がいつまでも響き渡っていた。
◇◇◇
いつも感想をいただく、しゅうきち先生の
『ただ今草刈り中』
[https://ncode.syosetu.com/n2415kb/](https://ncode.syosetu.com/n2415kb/)
応援作品です。




