初心者、デュエルに挑む
著者のTCG知識はM:TGのMirageブロックで止まっております。雰囲気でよろしくお願いします。
若い男と女が、対戦フィールドを挟んで相対していた。
男の名は、悪野喪府。
派手な柄シャツの胸元には金色のネックレス。短く刈り込んだ髪に、いかにも人相のよろしくない目つき。後ろに似たような風体の男を二人従えた姿は、どう見ても健全にカードゲームを楽しみに来た青年には見えない。
実際、地元では少々名の知れたチンピラだった。
昔はその筋の連中とつるんでいたとも、組に出入りしていたものの使い物にならず追い出されたとも噂されているが、真偽のほどは定かではない。
もっとも――そんな外見に反して、《MONSTER CLASH》の腕だけは本物だった。
対する女性は、使井切広院。
肩を越えて流れる艶のある髪に、大きな瞳。すらりとした身体を明るい色のジャケットとショートパンツで包んだ姿は、対戦場に立っているだけで自然と周囲の視線を集めている。
その広院の整った顔には、今、隠しようのない焦りが浮かんでいた。
二人の間では、カードから呼び出されたモンスターたちが立体映像となって睨み合っている。
世界的人気を誇る対戦型カードゲーム――《MONSTER CLASH》。
通称、モンクラ。
専用の対戦フィールドでは、カードに描かれたモンスターや魔法が立体映像として再現され、まるで本当に目の前で戦っているかのようなデュエルを楽しむことができる。
そして今。
空中には、二人の残りライフを示す数字が浮かんでいた。
【悪野喪府 LIFE 15】
【使井切広院 LIFE 3】
「くっ……」
広院の額に汗が滲む。
手札とフィールドを何度も見比べ、必死に逆転の手段を探している。
対する喪府には、そんな焦りなど欠片もなかった。
「どうした?」
口元には余裕の笑みすら浮かんでいる。
「さっきまでの威勢はどこ行ったんだよ」
「まだ……まだ終わってないわ!」
「へえ?」
喪府は鼻で笑った。
「じゃあ終わらせてやるよ」
一枚のカードを勢いよく対戦台へ叩きつける。
「《黒皇竜ヴァルガディオス》を召喚!」
巨大な魔法陣が、対戦フィールドいっぱいに広がった。
青白い光が幾重にも走り、空中に浮かんだ一枚のカードを包み込む。
次の瞬間――カードに描かれていた竜が動いた。
平面だったはずの爪がカードの表面から突き出す。
続いて鱗に覆われた腕、隆起した肩、鋭い牙の並んだ頭部が現れ、ついには巨大な全身がカードから抜け出した。
『グルォオオオオオオオッ!!』
咆哮が対戦場を震わせる。
現れたのは、全長五メートルを超える漆黒の竜。
その頭上に半透明のステータスが浮かび上がった。
【黒皇竜ヴァルガディオス】
【竜族/闇 COST 7】
【ATK 4/DEF 4】
【通常召喚されたターン、このモンスターは戦闘では破壊されない】
「これで終わりだ!」
喪府が勢いよく腕を振り下ろす。
「《黒皇竜ヴァルガディオス》! ダイレクトアタック!」
「――!」
広院のフィールドに、攻撃を防げるモンスターはいない。
ヴァルガディオスの攻撃力は4。
広院の残りライフは3。
攻撃が通れば、それでお終いだ。
漆黒の竜が大きく翼を広げ、何も存在しない広院のフィールドを飛び越えて、プレイヤー本人へと襲いかかる。
だが。
「……ふっ」
広院が、にやりと笑った。
「何?」
「残念だったわね!」
手札から一枚を引き抜く。
「私の場にカードが一枚もない場合、このカードは手札から発動できる!」
「なっ――」
「魔法カード――《静かな夜》を発動!」
カードが青白く輝く。
広院のフィールドが暗くなり、静かな虫の鳴き声が聞こえ始めると、ヴァルガディオスの動きがぴたりと止まった。
「《静かな夜》が発動したターン、すべてのアタックは無効化されるわ!」
「なっ……!」
「これであなたの攻撃は届かない!」
広院の顔から焦りが消える。
「危なかった……でも、これでこのターンはしのいだ!」
あとは次のターン。
手札には逆転へ繋げられるカードもある。
「私のターンになれば――」
「おっと」
「え?」
喪府が笑っていた。
「それに対して――」
手札から二枚のカードを抜く。
「相手が手札から魔法カードを発動した場合、他の手札を一枚捨てることで発動できる!」
「まさか……!」
喪府が一枚を墓地へ送る。
そして、残ったカードを対戦台へ叩きつけた。
「魔法カード――《そんなことはなかった》を発動!」
「ええ!?」
「《そんなことはなかった》の効果! その魔法カードの効果を無効化する!」
広院のフィールドが明るくなり、虫の鳴き声も消えていく。
「《静かな夜》の効果は無効!」
「そ、そんな……!」
「つまり!」
喪府が広院を指差す。
「ヴァルガディオスの攻撃はそのまま続行だ!」
『グルォオオオオオオオッ!!』
停止していた漆黒の竜が再び動き出す。
「待っ――!」
「行け! ヴァルガディオス!」
喪府が腕を振り下ろした。
「ダイレクトアタック!!」
巨大な咢が広院へ迫る。
「きゃああああああっ!!」
【LIFE 3 → 0】
広院の身体が派手に吹き飛んだ。
もちろん、本当に食べられたわけではない。
モンクラの立体映像と連動した衝撃演出である。
とはいえ、体感する迫力は本物だ。
広院は勢いに耐えきれず床を転がり、二度、三度と回転してようやく止まった。
【LIFE 0】
『DUEL END』
「……っ、うぅ……」
広院が痛む身体をかばいながら上半身を起こした。
長い髪は乱れ、ジャケットにも埃がついている。
そんな彼女を見下ろして、喪府が口の端を吊り上げた。
「どうだ、思い知ったか」
その隣で見ていた仲間たちも笑った。
「俺らの勝ちだ」
「くっ……!」
「最後は惜しかったなあ。《静かな夜》まで使ったのによ」
「うるさい!」
広院が睨みつける。
喪府は鼻で笑うと、彼女のカードケースへ目を向けた。
「じゃ、これでそのカードは俺のものな」
「……え?」
広院の表情が変わった。
喪府が広院のカードケースをむしり取ると、中からデッキと別に大事そうに入れられていた一枚を抜き取る。
銀色の縁取りが施された、少し古びたカードだった。
「ダメ!」
広院は慌てて立ち上がった。
「それはダメ! 返して!」
「はあ?」
「それ、お父さんの形見なの! 大事なものなんだから!」
取り返そうと手を伸ばす。
だが喪府は腕を高く上げ、ひょいとかわした。
「知るかよ。負けたんだから俺のだろ」
「そんなこと、言わなかったじゃない!」
「あ?」
「カードを賭けるなんて一言も言ってない! 普通にモンクラでデュエルするだけって話だったでしょ!」
喪府たちは顔を見合わせた。
そして、呆れたように笑い出す。
「何言ってんだ、お前」
「え……?」
「モンクラで勝ったら、相手のカードはこっちのもんなんだよ!」
「そんなルールないでしょ!?」
「俺らのルールではある」
「そんな!」
広院がもう一度手を伸ばすが、喪府はカードを懐へしまい込む。
「返して!」
「やだね」
「返してよ!」
「負けた奴がゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ」
喪府が手を伸ばす広院の肩を押した。
「きゃっ!」
広院がバランスを崩し、尻もちをついた。
「ほら、帰った帰った。カードはありがたく使わせてもらうからよ」
「待って! 本当にそれだけは――!」
広院が喪府の足を掴んだ。
「しつけえな!」
喪府が乱暴に振り払おうとしたその瞬間。
ぬっ。
三人の上に影が落ちた。
「……あ?」
喪府の動きが止まる。
いつの間にそこへ来たのだろう。
一人の男が立っていた。
でかい。
とにかく、でかい。
身長だけの話ではない。
半袖のシャツから伸びる腕は丸太のように太く、胸板は服の上からでもはっきり分かるほど分厚い。
盛り上がった僧帽筋のせいで首が短く見える。
肩幅など、広院二人分はありそうだった。
その巨大な手が、喪府の肩へ置かれる。
「…………」
「…………」
喪府がぎこちなく振り返った。
筋骨隆々の大男が、無表情で喪府を見下ろしている。
「な、なんだよ……。ていうか、てめえ誰だよ」
「猪熊猫鮫象だ」
「…………」
「今の話」
鮫象の低い声が響く。
「最初から聞かせてもらっていた」
「だから何だよ……」
鮫象の視線が、喪府の懐に隠されたカードへ向いた。
「そのカード」
喪府の喉が鳴った。
「返してやれ」
「…………」
喪府の頬が引きつった。
その筋の連中とつるんでいたこともある喪府だ。腕っぷしに自信がないわけではない。
だが、目の前の男はそういう次元ではなかった。
喧嘩を売っていい体格ではない。それでも、取り巻きの前で素直に返したのでは格好がつかない。
一歩後ずさりながら、カードの入った内ポケットを押さえる。
「だ、ダメだね!」
「む?」
「返してほしけりゃ……モンクラで勝負だ!」
声が震えていた。
鮫象はしばらく喪府を見下ろした。
「カードで勝負か」
「そ、そうだ! デュエルで俺に勝ったら返してやる!」
「よかろう」
「え?」
「では一週間後に」
あまりにも簡単に承諾され、喪府のほうが面食らった。
しかし鮫象は続けて手を差し出す。
「それまで、そのカードは預かる」
「なぜだよ!?」
「一週間の間に売り飛ばされでもしていたら手に負えないからな」
「ぐっ……!」
「俺に勝てばいいだけだろう?」
「く……!」
正論だった。
少なくとも自分から勝負を持ちかけた以上、嫌だとは言いづらい。
そして何より、力ずくで抵抗できる相手には見えなかった。
喪府は鮫象の腕を見る。
太い。
胸を見る。
分厚い。
拳を見る。
でかい。
顔を見る。
怖い。
「……わ、分かったよ!」
喪府はカードを突き出した。
鮫象は受け取ると、そのまま広院へ差し出した。
「あ……」
「一週間、なくさないようにな」
「は、はい!」
「覚えとけよ!」
喪府が叫んだ。
「一週間後だ! ここでデュエルだからな! 逃げんなよ!」
「ああ。一週間後。ここでカードで勝負だ」
「絶対だからな!」
「ああ」
「ぜってー来いよ!」
「ああ」
「…………」
「…………」
「チッ! 行くぞ!」
喪府たちは足早に立ち去っていった。
その背中が見えなくなってから、広院は返されたカードを胸元へ抱き締めた。
「……ありがとう」
「なんの」
「本当にありがとう。これ、お父さんの形見のカードで……」
「大切なものなのだろう」
「うん」
広院はカードを見下ろした。
子供のころ、父から初めてもらったカード。
父が亡くなった今では、同じものをいくら買い直したところで意味はない。
広院はようやく安堵の息を吐いた。
だが。
「あ」
重大なことを思い出した。
「あの」
「む?」
「デュエルって……大丈夫? あいつ、あれでも県大会で結構いいところまで行ってるよ?」
「問題ない」
鮫象は腕を組んだ。
「俺は勝負では負けたことがない」
「……!」
広院の顔が明るくなる。
この自信。
この落ち着き。
この体格。
もしかすると、とんでもない実力者なのではないだろうか。
「すごい……! じゃあモンクラもかなりやってるんだ?」
鮫象は少し考えた。
「モンクラとはなんだ」
「え」
「え」
「…………」
「…………」
「モンクラ、知らないの?」
「知らん」
「カードゲームは?」
「知らん」
「そこから!?」
◇
デュエルが終わって人のいなくなった公園の隅で、広院によるモンクラの説明が始まった。
「いい? まずモンクラは、四十枚以上のカードでデッキを作って――」
「待て」
「何?」
「デッキとはなんだ」
「そうだよねぇ……!」
広院は頭を抱えた。それでも一週間後にはデュエルをしなければならない。
ここで放り出すわけにもいかない。負けるな私、頑張れ私と自分を励ます。
「ええっとね。デッキっていうのは、自分がデュエルで使うカードをまとめたもので――」
「ふむ」
「それで最初に五枚引くの。カードにはモンスターカードと魔法カードがあって、これがモンスターカード。右上の数字が召喚に必要なコスト。こっちが攻撃力で、その下が防御力。ここに属性が書いてあって、この印が種族ね」
「…………」
「で、その下に書いてあるのがカードの効果」
鮫象がカードをじっと見つめる。
「これは袋に入っていないんだな」
「あ、スリーブのこと? あれはカードが傷んだりしないようにするものだから、大事なデッキとかにしか使ってないよ」
「ふむ。で、これが攻撃力か」
「それコスト」
「ではこれは」
「属性」
「これは」
「種族」
「これがコストだな?」
「それが攻撃力!」
「では、その下がコストか」
「防御力!!」
「…………」
「…………」
鮫象は眉間に皺を寄せ、手の中のカードを睨んだ。
「……なぜ一枚の紙にこれほど情報が詰め込まれている」
「カードゲームだからだよ!」
「この下の文章はなんだ」
「カードの効果」
「効果?」
「そのカードだけが持ってる特殊能力みたいなもの。たとえばこれなら、普通に召喚したターンは戦闘で破壊されないの」
「なぜだ」
「そういう効果だから!」
鮫象が別のカードを指差す。
「ではこれは」
「《そんなことはなかった》。相手が手札から魔法カードを使ったとき、別の手札を一枚捨てれば使える」
「捨てる必要があるのか」
「あるよ」
「なぜだ」
「コストだから!」
「捨てなければ?」
「使えない!」
「なぜだ」
「そういうものなの!理屈じゃなくて従うものなの!」
「…………」
「…………」
「難しいな」
「まだ基本ルールの説明なんだけど!?」
説明すること数十分。
広院は初心者用の構築済みデッキを二つ用意した。
「と、とりあえず一回デュエルしてみよう」
「うむ」
「実際にやりながら覚えたほうが早いから。はい、これ使って」
片方のデッキを差し出す。
「分かった」
「じゃあまず、デッキから五枚ドローして」
「こうか」
鮫象の巨大な親指と人差し指が、一番上のカードへ添えられる。
「五枚だったな」
「うん。最初に五枚ドローして――」
シュッ。
「――ね?」
広院が瞬きをした時には、鮫象の手にはすでに五枚のカードが握られていた。
「…………」
「どうした」
「いや、今……」
カードを引く手が、まったく見えなかった。
「すご……」
思わず声が漏れる。
いったいどれだけの速さで引いたのだろう。
「まあいいや。それじゃ、その五枚が手札で――」
広院が説明を続けようとして、鼻をひくつかせた。
「……あれ?」
「む?」
「なんか……焦げ臭くない?」
二人の視線が、対戦台へ向いた。
たった今、鮫象がカードを引いたばかりのデッキ。
その一番上から、細い煙が立ち昇っていた。
「…………」
「…………」
ぽっ。
火がついた。
「……あ」
広院が呟く。
炎が少し大きくなる。
「あああああああっ!?」
広院が絶叫した。
「燃えてる!? なんで!? デッキが燃えてるぅぅぅ!?」
「む」
「水! お水! いや警察!? 救急車!? 違う、救急車じゃない! 消防車ぁぁぁ!!」
完全に混乱していた。
「落ち着け」
「そんな場合じゃないよ! 早く消さないと――!」
「分かった」
鮫象が手札の五枚をまとめて握ると、
バンッ!!
対戦台へ叩きつけた。
バフッ!!
「きゃあっ!?」
凄まじい風圧が巻き起こり、広院の長い髪が大きく舞い上がる。
炎が一瞬にして消えた。同時に。
デッキも消えた。
「…………」
ひら。
一枚のカードが空から落ちてきた。
ひらひら。
さらに一枚。
その向こうでは、何枚ものカードが公園中を舞っている。
「これでいいだろう」
「…………」
広院は無言でそれを見つめた。
「消えたぞ」
「……よくない」
「む?」
「よくないよぉぉぉぉ!!」
広院が頭を抱えた。
「私のデッキぃぃぃぃ!! 初心者用の構築済みだけど! 初心者用の構築済みだけど大事なデッキなのぉぉぉ!!」
「…………」
「燃やして! 吹っ飛ばして! 何なのよぉぉぉ!!」
「…………すまん」
鮫象が頭を下げた。
丸太のような腕。分厚い胸板。山のような巨体。
その背中が、今だけは妙に小さく見えた。
◇
それから、公園中に散らばったカードを二人で拾い集めた。
幸い、燃えたのは数枚だけだった。
「いい?」
広院は回収したカードを一枚、鮫象の前へ差し出した。
「今度は速さ禁止」
「む?」
「カードを引くのに速さはいらないの! 摩擦で燃えるような速度でドローする人なんて想定されてないの!」
「そうなのか」
「そうなの!」
「では、どうすればいい」
「もっと優しく!」
広院はカードの端を摘まんでみせる。
「こう! 端を軽く持つの!」
「分かった」
「はい。やってみて」
鮫象が慎重に指を添える。
「そーっと。そーっとだからね?」
「こうか」
鮫象の指が恐る恐るカードを持ち上げる。
「そう! そうそう!」
「なるほど」
「できた!」
広院が思わず拍手する。
「じゃあ、今度はその調子で五枚」
「速く引いてはいけないのだな」
「絶対ダメ」
「分かった」
一枚。
鮫象が慎重に引く。
「そう」
二枚。
「そうそう!」
三枚。
「できてるよ!」
四枚。
「その調子!」
五枚。
「できたぞ」
「そう! それが手札!」
「なるほど」
「じゃあ、それを持って――」
グシャッ。
「…………」
「…………」
鮫象の指で押さえた部分から、五枚の手札がまとめてへし折れるように曲がっていた。
「ああああああっ!?」
「……破れてはいない」
「折れてる! それもダメだよぉ!」
「持っていないと落ちるだろう」
「そんな全力で持たなくても落ちないよ!」
「軽く持っているつもりなんだが」
「なんでぇぇぇ!?」
モンクラのルール以前に、カードの扱い方から教えなければならなかった。
カードを引けば燃える。手札を持てば折れる。
広院は勝負云々ではなく、一週間後の勝負まで自分のカードが生き残れるのか不安になってきた。
◇
結局、鮫象がカードを破壊せずに扱えるようになるだけで、さらにかなりの時間を要した。
「よし……」
広院は疲れ切った顔で対戦台へ座る。
「今度こそデュエルしてみよう」
「承知した」
「最初だから手加減するね」
「無用だ」
「え?」
鮫象は慎重にカードを構えた。
「勝負で手を抜く必要はない」
「……分かった」
広院もカードを構える。
「じゃあ――デュエル!」
五分後。
【LIFE 0】
『DUEL END』
「…………」
「…………」
鮫象のフィールドには何もなかった。
広院のフィールドにはモンスターが四体並んでいた。
「……あの」
「もう一度だ」
「う、うん」
二戦目。
【LIFE 0】
『DUEL END』
「もう一度」
三戦目。
【LIFE 0】
『DUEL END』
「……なぜだ」
鮫象が深刻な表情で呟いた。
「どうして勝てん」
「いや……」
広院は困った顔で答えた。
「モンクラのルール、全然覚えてないからじゃないかな」
「…………」
鮫象の眉間に深い皺が刻まれた。
「ルールとやらが覚えられん……」
「そこ!?」
鮫象は手札を一枚見せる。
「これは出せるのか」
「出せないよ」
「なぜだ」
「コストが足りないから」
「ではこれは」
「それも無理」
「なぜだ」
「場に指定された種族がいないから」
「これは」
「それ相手ターンに使うカード!」
「これは」
「それは出せる!」
「ならば出す」
「でも今出す意味ないよ!」
鮫象は別のカードを見せる。
「これは戦闘では破壊されないのではなかったか」
「召喚したターンだけ!」
「今は」
「次のターン!」
「なら破壊されるのか」
「される!」
「なぜだ」
「そういう効果だから!」
「では、これは手札から使えるのではなかったか」
「今は場にカードがあるから使えない!」
「先ほどは使えた」
「場が空だったから!」
「これは?」
「相手が手札から魔法を使ってないから発動できない!」
「手札を一枚捨てればいいのではないのか」
「それだけじゃダメなの! 発動条件を満たしてからコストを払うの!」
「…………」
「…………」
「難しいな」
「だよねえ!」
広院は頭をぐしゃぐしゃと両手で掻きむしった。
一週間後。
喪府は県大会でも上位へ進めるほどのプレイヤーだ。
対してこちらは、カードゲーム以前の問題で躓いている。
「どうしよう……」
「大丈夫だ」
「え?」
「俺は勝負には負けん」
「え、えーと?」
「仕合は一週間後だな」
「う、うん」
「ならば」
鮫象は初心者用デッキへ目を向けた。
「このカードは借りていいか」
「あ、うん。でも、それ初心者用の構築済みデッキだよ?」
「構わん」
「喪府のデッキよりかなり弱いよ? ちゃんとデュエルするならカードショップに行って強いカードを集めて、デッキを組み直したほうが――」
「必要ない」
鮫象は立ち上がった。今度はカードを破らないよう、恐ろしく慎重に初心者用デッキを持ち上げる。
「獲物は何でも使いこなさないとな」
「…………」
言っていることだけなら、恐ろしく格好よかった。
問題は。
その男がたった今、初心者用デッキで三連敗したうえ、カードを引くだけでデッキを燃やし、手札を持っただけでまとめて折り曲げたばかりだということだった。
◇
三日後。
日本一の刀匠、刀鍛冶男の鍛冶場に、鮫象の姿があった。
カン。
カン。
カン。
鉄を打つ小気味いい音が響く。
「手間をかける」
「なに、ほんの恩返しさ」
鍛冶男が赤熱した金属を打つ。
鮫象はその様子を眺めながら、満足そうに腕を組んだ。
「これで気兼ねなくカードが引ける」
◇
そして、一週間後。
約束の対戦場には、かなりの人だかりができていた。
「今日だろ? 例のデュエル」
「カード賭けてやるんだって」
「相手、モンクラ初心者らしいぞ」
「マジ? 喪府って県大会でも結構強いだろ?」
「勝負にならないんじゃね?」
どうやら噂が広まってしまったらしい。
広院は落ち着かない様子で入口を見つめていた。
この一週間、鮫象とは会っていない。初心者用の構築済みデッキを持っていったきりだ。
本当に大丈夫なのだろうか。そもそも、来るのだろうか。
そんな不安が膨らみ始めた、そのとき。
「あ!」
人混みが割れ、鮫象が現れた。
「……え?」
広院は目を疑った。
鮫象はボロボロだった。
額には包帯。頬には絆創膏。
腕には青痣。鼻の頭には擦り傷。
シャツまで一部が裂けている。
この一週間、いったい何をしていたのか。
少なくとも、室内でモンクラを練習していただけの人間の姿には到底見えない。
喪府まで呆気に取られた。
「お、お前……何だよそれ」
「修行だ」
「モンクラで!?」
鮫象は答えず、対戦台へ向かう。
喪府も気を取り直して笑った。
「よく来たな」
「約束は破らん」
「へっ。じゃあデュエルだ!」
喪府が広院を指差す。
「お前が負けたら、今度こそあいつのカードは俺たちのものだ!」
「分かった」
鮫象が頷く。
だが、すぐにはデッキを出さなかった。
「確認する」
「あ?」
「カードで戦って、お前らに勝てばいいんだな?」
「そうだよ! モンクラで俺に勝てばいい!」
「カードで戦えばいいのだな?」
「何回聞くんだよ! そうだって言ってんだろ!」
「分かった」
鮫象は静かに頷いた。
「それなら問題ない」
背負っていたバッグを下ろすと、無造作に中へ手を入れた。
そして――
ズドンッ!!
対戦台が揺れた。
「?!」
周囲の人間が一斉に目を向ける。
「な……」
喪府が固まった。
そこに置かれたものは、確かにデッキだった。
枚数も規定通り。
カードそのものも、一週間前に広院から借りた初心者用構築済みデッキだ。
ただし。
「な、なんだよ、それ……」
一枚一枚のカードが、異様に分厚い特殊金属製のスリーブへ収められていた。
鈍い銀色。厚さ数ミリ。
一枚だけでも一キロ近くありそうな、どう考えてもカードゲームには必要のない重量感。
四十枚以上が積み重なった姿は、デッキというより金属塊だった。
「スリーブだ」
「そんなスリーブあるか!」
「知り合いに作ってもらった」
「作ってもらった!?」
広院は目を瞬いた。
そして、一週間前の光景を思い出す。
目にも止まらぬ速さでカードを引き、デッキを燃やした。
手札を持てば、まとめて折り曲げた。
「あ……」
そういうことか。普通のスリーブでは、鮫象の怪力からカードを守れない。
だから特注したのだろう。
これなら、多少力を入れて持ってもカードそのものは破れないだろう。多分。きっと。
……破れないんじゃないかな。
「そっか……」
広院は少しだけ安心した。
見た目は異常だが、ちゃんと考えてきてくれたのだ。
鮫象は金属塊を対戦台の所定位置へ置くと、宣言した。
「先攻はお前からでいい」
「……!」
喪府の額に青筋が浮かぶ。
「ちょ、鮫象さん、まだ初期手札――」
「なめんなよ!」
喪府は勢いよくカードを引いた。
「俺のターン! 《ゴブリン・ランナー》を召喚!」
カードが光る。
魔法陣から小柄な亜人が飛び出した。
「《ゴブリン・ランナー》の効果! 手札から《ゴブリン・スカウト》を特殊召喚!」
二体目。
「さらに《群れ集う者》!」
三体目。
「効果でデッキから《ゴブリン・スカウト》を追加!」
次々とカードが展開されていく。
「うわ、回ってる」
「初手からすげえな」
「まだ出るぞ」
観客がざわめき始める。
「《ゴブリン・スカウト》二体を素材に――来い! 《略奪王グラド》!」
巨大な戦士がフィールドへ降り立った。
広院の顔から血の気が引く。
「嘘……」
「さらにグラドの効果発動!」
また一体。さらに一体モンスターが並んでいく。
「一ターン目で五体!?」
「これ返せるのか?」
「初心者相手に容赦ねえ!」
広院は青ざめたまま鮫象を見る。
まずい。ものすごくまずい。
一週間前の時点では、鮫象はコストと攻撃力の区別すら怪しかった。
発動条件とコストの違いに至っては、最後まで理解できていたかどうかも怪しい。
それに比べ、喪府は県大会でも勝ち進めるプレイヤーだ。
カードを壊さず持てるようになった。それは大きな進歩だ。
しかし、それだけでデュエルに勝てるわけではない。
「先手は攻撃できないからな、ターンエンドだ!」
喪府が腕を組む。
その背後には大量のモンスター。
「さあ!」
得意げに笑った。
「お前のターンだ!」
「うむ」
鮫象は動じない。
「では俺の番だ」
特殊金属製のデッキへ手を伸ばす。
「最初は五枚だったな」
「……え?ええ」
広院が嫌な予感を覚える中、鮫象の巨大な手がデッキの上からカードを引く。
ガシャン。
ガシャン。
ガシャン。
ガシャン。
ガシャン。
カードゲームから聞こえてはいけない音を立てながら、五枚の手札が揃った。
確かにカードは折れ曲がっていない。
デッキも燃えていない。
「…………」
鮫象はその中から一枚を選ぶ。
「まず一枚」
「何を――」
その手が霞んだ。
ヒュッ――
バゴンッ!!
「ぐぎゃっ!?」
喪府が吹き飛んだ。
「…………」
静寂。
誰一人として、何が起こったのか理解できなかった。
喪府の身体が床を転がっていく。
一メートル。
二メートル。
数メートル先で、ようやく止まった。
「…………」
白目を剥いている喪府の腹の上には、特殊金属製のスリーブに収められた一枚のカードがめり込んでいた。
【チンピライオス】
【人間/闇 COST 1】
【ATK 1/DEF 1】
最弱クラスのコモンカードだった。
どう投げたのか、平たい面からまともに叩きつけられたらしい。
しかも絵柄がこちらに見えるよう、きっちり表を向いている。
「…………え?」
広院が呟く。
鮫象は倒れた喪府を確認した。
「戦闘不能」
静かに告げる。
「俺の勝ちだ」
「…………」
「…………」
「…………」
誰も反応できない中、立体化したモンスターたちだけが、主を失ったフィールドで威風堂々と立っている。
数秒後。
「ちょっと待てええええええええ!!」
喪府の仲間が絶叫した。
「卑怯だぞ!」
「何がだ」
「何がじゃねえよ! モンクラで勝負だって言っただろ!」
「ん?」
「これはモンクラじゃねえ!」
「カードを使ったぞ」
「そういう意味じゃねえよ!」
「だが、カードで戦って勝てばいいのだろう?」
「デュエルで勝てって意味だよ!」
「戦って勝敗を決めることをデュエルと言うのではないのか?」
「そうだけどそうじゃねえ!!」
喪府の仲間が倒れている本人を指差した。
「そもそもカードを相手に投げちゃダメだろ!!」
「そんなルールがあるのか?」
「なっ……」
「そんなルールがあるのかと聞いている」
「ま、待ってろ! 今調べてやる!」
仲間はスマホを取り出し、慌てて公式ルールを調べ始めた。
「…………」
「…………」
「……ない」
「あるわけないじゃない、そんなルール……」
広院が達観した顔で呟いた。
「普通、カードを人に投げつけて気絶させるなんて想定しないもん……」
「だからってなあ!」
なおも食い下がる喪府の仲間たちに、鮫象は淡々と告げた。
「一週間前にも、今日も確認した」
「何を!?」
「カードで戦って、お前らに勝てばいいのか、と」
「…………」
「お前たちは『そうだ』と言った」
「…………」
「だからカードで戦った」
「…………」
「で、でも、こんなの、ルールには……」
なおも何か言おうとする男たちへ、鮫象はさらに続けた。
「俺のルールにあればいいんだよな?」
「え?」
「一週間前、お前らもそう言っていただろう。『俺らのルールではある』と」
「っ……!」
反論が止まった。
鮫象は倒れた喪府を見下ろす。
「勝負はついた」
そして広院を見る。
「これでいいな」
「えっ」
「約束は果たした」
「あ、いや、その……」
鮫象は満足そうに頷いた。
「やはり仕合いはいい」
その顔には、確かな自信が満ちている。
本人の中では完全勝利らしい。
「ではな」
「あっ、ちょっと!」
鮫象が踵を返すと、ざわめく観客たちが、自然と道を空けた。
その間を堂々と歩いていく。
誰も止めない。いや、止められない。
広院も何も言えず、その大きな背中を見送った。
鮫象は一度も振り返らなかった。
やがて、その姿が見えなくなる。
「…………」
対戦場には、倒れた喪府とそれを取り囲み呆然とする仲間たち。
立体化したままの大量のモンスター。
そして、大切なカードを胸元に抱えた広院だけが残された。
一週間前。
カードをドローしただけで、デッキを燃やし、手札を持っただけで、五枚まとめて折り曲げた。
だから、あの特殊金属製スリーブを見たとき、てっきり――
「…………」
広院は肩を落とした。
「……そういう意味じゃないよぉ……」
ぽつりと呟いたその声は、誰にも届かずむなしく消えていく。
そのとき。
『…………』
対戦システムから音がした。
広院が顔を上げると、喪府の頭上には、まだ表示が残っていた。
【悪野喪府 LIFE 20】
一ポイントたりとも減っていない。
フィールドにも、大量のモンスターが残っている。
一方。
対戦相手の猪熊猫鮫象は、もういない。
『…………』
システムは沈黙した。
広院も黙って見つめる。
観客たちも見つめる。
『…………』
やがて。
『ERROR』
「…………」
広院は何も言わず、両手で顔を覆った。




