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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

恋心は森の中 〜魔物研究者ヨルンのフィールドワーク〜

作者: うめたろう
掲載日:2026/01/19

 ザナの森が、また人を食らった。


 カシミールがヨルンに呼び出されたのは、そういった噂が、コネにも人脈にも乏しい若手冒険者風情の耳にも入るようになってから、間もなくのことだった。


 ザナの森は深い森ではあるが、商人たちによって馬車が通る道が整備され、頻繁に利用されているのだという。

 森を抜ければ、海沿いで獲れた海産物を新鮮なまま内陸の大きな街まで運べるから……というのが、その理由であるらしい。

 ベテランの冒険者であれば、馬車の護衛などで足を向けることもあるのだろう。だが、新米の肩書きがやっと薄れてきたばかりのカシミールには、常ならば縁のない場所だった。


「ザナの森では、この三か月間で、わかっているだけでも馬車が八台行方不明になっているんです。優秀な魔術師の護衛をつけていた馬車すらも、ですよ。これは、由々しき事態です」

「ユユシキジタイの割には楽しそうな顔だことで」


 馬車は長らく、嫌がらせめいてガタガタと揺れ続けている。

 すっかり辟易していたカシミールが、苛立ち紛れに嫌味を吐けば、


「そりゃあ勿論、楽しいに決まってるじゃないですか! 何らかの魔物の仕業と考えるのが妥当ですからね」


 と、ヨルンは気にした様子もなしに、生き生きとして応じるのだった。


 好んで人食い森に向かう馬車が当然ながらない中で、渋る御者を財力でぶん殴って、森へと馬車を半ば無理やりに走らせているのが、このヨルンという男である。

 己が探究心を満たすのためならば金に糸目をつけず、どころか、平気で人命も軽視できるこの男、相変わらずネジが飛んでいる。

 コラン王国のみならず近隣の国にも名を轟かせる魔物研究者殿の実態がこうだというのは、少なくとも、コイツに憧れる街の子供たちには知られずにいてほしいものだ。


「騎士団や魔術師団が出張ってくる前にガッツリ接触を図っておかないと、この分野の発展における大きな損失になりかねません。この国はそれを分かっていなさすぎる。珍しい種だといいんですが、その辺りは森に入ってみないことには何とも……」

「めちゃくちゃ早口になるじゃねえか魔物オタクめ」

「お褒めに預かり光栄です。そうでないと魔物の研究なんてやってられませんからね」


 サラリと笑まれて、カシミールはやれやれと肩をすくめた。


 何故そうなったのかはカシミールにも皆目わからないのだが、一度、成り行きで彼からの依頼を受けて以来、ヨルンは目立った経歴もないひよっこ冒険者のカシミールを不思議と気に入ったものらしい。

 それで、今回のような危険を伴うフィールドワークの折には、同行を求めてくるのだ。


 ため息が、カシミールの口をつく。


「何です、カシミール。その、これ見よがしなため息は」

「別にぃ? ただ、何が悲しくて、地味顔のオッサンと危険な森でピクニックしなきゃならねえのかと思っただけだよ」

「路地裏で弱者から金をむしり取って暮らすチンピラです! ……みたいな面をした柄の悪い若人に言われたくないんですが?」

「よしわかった。ここは殴り合いで穏便に済ませるか」

「あなた、一応私の護衛だってこと覚えてます?」


 ジトリとカシミールを睨めつけた後で、今度はヨルンがため息を吐く。


「まあ、いいでしょう。あなたの野蛮さは今に始まったことでもないですしね」

「おっ、マジで殴り合うか」

「それよりも今後のことですが、森に着いたら、先ず集落へ向かいます」


 唸る準備をバッチリ終えていた拳を、一旦収める。集落のことは初耳だった。


「ふぅん。森の中にそんなもんがあるのか。しかし、まだ機能してるのかね?」

「それを確かめに行くんですよ。無事だとしてもとっくに壊滅していたとしても、魔物との邂逅の一助になるかもしれませんからね」


 不謹慎な言葉を零して微笑むヨルンを前に、カシミールは、ガシガシと頭をかいた。


「なーんか、やる気出ねえんだよなあ」

「往生際が悪いですよ、カシミール。ほら、これ。特別製のお守りを持たせてあげますから、とっとと腹を決めてください」


 目前に差し出されたのは、何やら赤い宝石のような飾りがついたたネックレスだった。

 正確な価値は測りかねたが、高級品であることは間違いないだろう。


 カシミールは、うへえ、と顔をしかめる。


「絶対ロクなモンじゃねえ。陰謀の匂いがする」

「失礼な。かの高名なレジー博士が考案した逸品ですよ。効果は折り紙つきです」


 レジー博士と言えば、目の前の性悪ヨルンについて調べた折に知った名に違いなかった。何でも、ヨルンと双璧を成す、魔物研究の権威であるらしい。

 人柄のほどは知らないが、まあ、ヨルンより酷いということはないだろう。


 そこまで思考してなお、ヨルンに疑いの目を向け続けるカシミールへと、


「これでも一応、あなたには期待してるんです」


 と、ヨルンは、胡散臭い微笑と共に零した。


 暫し悩んだ末に、仕方なく、カシミールはネックレスを身につけた。

 シャツの中、肌に触れた金属が、ヒヤリとした感触を伝える。


「ったく……。人を食らう森の中にある集落なんかと、お近づきにはなりたくないんだがなあ」


*****


「俺……もうここに住みたい……」

「心変わりが早すぎませんか?」


 ザナの森の集落では、心を尽くしたもてなしが二人を待ち構えていた。

 森の異変について話を聞きたいと突然に訪れた二人を、集落の面々は、外からの客は久しぶりだと歓迎してくれたのだ。

 簡素ながらも清潔な、居心地の良い小屋へと案内され、しかも、森の恵みをふんだんに用いた馳走までもが振舞われたのだった。


 道中すら、魔物との遭遇はなく、整備された道のおかげで集落までの道のりもさして辛くはなく、馬車に揺られていた時間の方が大変だったくらいである。

 ちなみに、森の入り口で別れたあと、馬車は近くの村に向かい、ヨルンの金でそこに悠々と滞在するものらしい。フィールドワークを終えた折には、魔道具を用いてその旨を伝え、迎えにきてもらう手筈だ。逃げられないように、後払いにもかなりの額を約束しているようだった。


「このシチュー、うま……。なんか知らん野菜? 果物? が入ってるけど、めちゃくちゃ美味え……」

「良かった。お口に合って何よりです。ネルの実は、この森で採れる果実なんですよ」


 柔らかく微笑するのは、この集落に暮らす女性・アドナだ。

 集落に着いて最初に出会った住民でもある彼女は、二人の世話を任されることになったらしい。


 杯に果実酒のおかわりを注いでくれるアドナの横顔に、カシミールは密やかに見惚れた。

 アドナの奥ゆかしい、麗しい笑顔は、絶品シチューよりもずっと、カシミールをこの地に惹きつけて止まない。


 不意に、アドナの茶色の瞳が、カシミールに向けられる。

 長らく見つめていたことを悟られた気恥ずかしさに硬直するカシミールを見遣って、アドナは、悪戯っぽく目を細めた。

 控えめに言って可愛すぎる。やべえ、好きしかない。


「さて。では、アドナさん」


 ヨルンの声に、アドナが彼の方を向き直る。

 邪魔しやがってと胸の内に毒づきながらも、カシミールも一応は、ヨルンの話を聞く体勢を整えた。


「この森と、この集落について。お話をお聞かせ願えますか?」


 ヨルンの顔には、柔らかい笑みが乗せられている。

 しかしその眼差しは、奥の方から冷ややかな光を放っているように、カシミールには思われた。


「ええ。私にわかることでしたら、何でもお答えします」


 ヨルンの圧に気圧されることなく、アドナが気丈に頷く。

 ヨルンが不用意な、アドナを傷つける発言をするのではないかと思うと、カシミールの方が緊張してきてしまった。

 外から聞こえる、集落の子供たちのはしゃぎ回る声が、嫌に遠く、場違いなものに感じる。


「ありがとうございます。では、先ず一つ。この森の異変について、どの程度ご存知ですか?」

「ええと……何か恐ろしい魔物が、この辺りに住み着いているようだ、とは。三ヶ月ほど前から、狩りに出た集落の男たちが何人も襲われて……そのまま、命を落としているんです」


 アドナの表情が曇る。

 しかし、ヨルンは僅かの躊躇いもなしに、


「それを、魔物の仕業だと判断する根拠は?」


 と、問いを重ねた。


「……遺体の損傷の状態から見て、他に考えようがなかったものですから」


 悲しげに俯く様子すら、美しい。美しいが、カシミールは堪らない気持ちになった。

 小さな集落だ。近しい人間が魔物に襲われていても、少しもおかしくない。


「おい、ヨルン。ちっとはアドナさんの気持ちにもハイリョして……」

「ありがとうございます、カシミールさん。でも、大丈夫です」


 アドナの微笑が、カシミールへと柔らかく向けられる。

 すぐにアドナは、真っ直ぐにヨルンへと向き直った。


「お二方は、森の異変について調べにきたと伺っています。この閉塞した状況を打開できる可能性があるのなら、私にできる限りのことをするつもりです」


 アドナの揺るぎない声が、凛とした表情が、カシミールの心を揺さぶった。

 ヨルンは集落の平和になんぞ興味ないだろうが、絶対に自分が魔物を退治してみせようと、カシミールは胸に誓う。


「ご協力ありがとうございます。では次に。狩りに出た男たちが襲われたとのことですが、この集落に成人男性の姿が見えないのはそれが理由ですか?」


 ヨルンの指摘に、あっ、と気づく。

 確かにそうだ。この居心地の良い集落で、しかし僅かに感じていた違和はそれだったのか。


 アドナが、再び頷く。


「ええ、その通りです。森の魔物が襲ったのは、集落の男ばかりで……」

「するとまさか、男は全員……」

「ああ、いえ。生き残った男たちは、みな、近くの街へと避難したんです。命懸けではありましたが、可能な限りの武装をして、集落を発ちました。一ヶ月ほど前のことです」


 それはまた、随分と心細かっただろう。

 そんな状況下でも心優しく自分たちをもてなしてくれたアドナと集落の人々のことを思うと、カシミールの胸は、柄にもなく締めつけられた。


「成る程。ありがとうございました」


 憎々しいことにこちらは平然とした顔で、ヨルンが頷く。


「ちなみにですが、集落の男性たちはどのような装備を?」

「ええと、狩りに使う弓矢やナイフ。あとは、農具の類ですね。武器としては心許ないですが、ないよりはマシだろうと」

「そうでしたか。それでしたら、少なくとも我々が通ってきた道には落ちていませんでした。無事に森を抜けた可能性も、あると思いますよ」


 アドナが、ホッと表情を和らげる。

 オッサンめ。偶にはいいことも言えるんじゃねえか。


「カシミール。食事を頂いたら、少々、森の中を見て回りましょう。何か、魔物についての手がかりが転がっているかもしれませんし」


*****


 少しばかり森を探索したあと、カシミールとヨルンは集落へと戻った。

 木々の合間から射し込む光の下、集落中を駆け回る子供たちの相手をしていたらしいアドナが、「おかえりなさい」と駆け寄ってくる。


「何かわかりましたか?」

「それが、奥まった場所に馬車の残骸を見つけたのですが、複数が一箇所に集められていまして。魔物の習性か、或いは、知能の高い種が何らかの意図を持ってしたことかもしれません」

「そうでしたか。馬車が……」

「商人や護衛の荷物と思しきものも同じように。ただ、農具の類は見当たりませんでしたね。あとは……もっと詳しく調べてみなくては、何とも。それで、お願いがあるのですが」


 一晩、集落に泊めてもらえないかというヨルンの頼みはすぐに集落の者たちに伝えられ、快く受け入れられた。


*****


 貸し与えられた小屋の簡素な寝台に、カシミールは腰を下ろしていた。

 さして広くはないが、最初に案内された小屋と同様に、きちんと整えられている。

 ガラスのはまっていない窓からは、街のそれとは違ってとっぷりと暗い、森の夜が広がっている。フクロウの声が、虫のさざめきの向こう側から、細く響いていた。


 不意に気配を感じて、カシミールは入口の方へと眼差しを走らせる。

 そこには、アドナが立っていた。

 ヨルンと別れたあとで話がしたいと、夕食後、カシミールは彼女に声をかけていたのだった。


「ホントに来てくれたんだな」

「私もカシミールさんとお話がしたかったので。声をかけていただけて嬉しかったです」


 アドナが、カシミールの傍へと緩やかに腰を下ろす。甘い、柔らかな香りが鼻をくすぐった。


「……女子供だけで過ごしたこの一カ月、本当は、ずっと心細かったんです。だから余計に、カシミールさんたちが来てくださって良かった」

「まだ、良かったかはわからねえぜ。森の魔物の調査も、どう転ぶかわかんねえし……」

「それは……そうかもしれませんね。でももし、カシミールさんが……」


 アドナの茶色の目が、カシミールを見上げる。淡く光を帯びた瞳の中に、カシミールは、己の像が息を呑むのを見た。


「もしあなたが本当にこの村に残ってくださったら。どれだけ頼もしいか……」


 アドナの細い手が、カシミールの、日に焼けた手へと静かに伸びる。

 やがて、指先が、たじろぐカシミールの手の甲に触れてーー、












 ーー途端、アドナの指先からバチッと鮮やかな火花が散ったかと思うと、眩い光が彼女を包んだ。


*****


 夜の冷えた空気を、アドナの叫び声が震わせる。

 膝を折るアドナに、闇すら焼き払うような白い炎は飽きもせずに纏わりつき、辺りを明るく照らしていた。


 じきに、アドナの叫びは、人間のそれとは似ても似つかないものに変じていく。

 細やかな肢体から、節のある脚がいくつも突き出し、腕からは、人間の手に代わって鋭利な鎌が生えた。

 しかし、いっそ最も酷いのは、顔だけはカシミールの知るアドナと殆ど変わらぬままを保っていることだ。


 カシミールの背に、チリ、と軽い痛みが走る。

 集落を訪れたあと、森に探索へ出ている最中にヨルンに渡された護符。退魔の魔術が込められているというそれが、役目を終えて崩れ消えていくところなのだと、僅か焼けるような感触でわかった。


 アドナは最早、小さく呻くばかりで床に蹲っている。


「……アンタの読み通りだな」


 気づけば小屋の入り口に現れていたヨルンへと、込み上げる吐き気を無理やり飲み下して、声を投げる。

 ヨルンは、白い炎を噴き続けるアドナの側に立つと、悪趣味にもまじまじとその様子を眺めながら口を開いた。


「これはまた、流石、王都で特別に誂えさせただけありますねえ」


 護符の効果を確かめているらしい。

 カシミールに、アドナを呼び出し、物理的な接触を図るよう言い渡したのも、当然この男である。


 平時と変わらぬ、今宵も憎々しいほどに落ち着き払ったヨルンへと、


「な……ぜ……」


 アドナが、掠れて、ひび割れた声で問うた。

 ヨルンは、何でもないようにニコリとすると、


「最初に『おや?』と思ったのは、あなた方が提供してくれた食事でした」


 と、静かに語り始めたのだった。


「男たちが集落を経ってからおよそ一カ月。どういう役割分担をしていたにしろ、慢性的に人手が足りていないと見るのが自然です。あなたは、狩りに出ていた男たちが襲われたとも零していましたしね。加えて、正体不明の恐ろしい魔物が森を闊歩しているわけですから、ネルの実の採取だって命懸けで、常より非効率的なはずでしょう。突然の客人に、すぐさま立派な食事を準備できる食料事情だとは考えにくい」


 炎の白色が、ヨルンの横顔を照らしている。

 その顔に浮かぶ穏やかな表情が、カシミールには酷く不気味に感じられた。


「……森の異変がもしかしたら解消されるんじゃねえかって、それで気合い入れて、俺たちをもてなしたのかもしれねえじゃねえか」


 絞り出した声は、嫌に掠れている。

 今となっては欠片の意味もない反論を、しかし、カシミールは零さずにはいられなかった。


「まあ、その線もゼロではないでしょう。では、次です。集落を出た男たちは、どこでどうしているのでしょうか?」

「それは……」

「馬車の残骸やらが集められていた場所にも、農具の類は見当たりませんでした。ならば、少なくとも幾人かは森を脱することに成功したと見るべきかと思いますが、未だ、森に残された女子供を助けてほしいなんて話は聞きません。カシミール、冒険者のあなたの耳も、そういった依頼の話題は拾っていないのではありませんか?」


 カシミールはもう、すっかり打ちひしがれていた。

 しかしヨルンの口は、ジッとしているのが苦手な性分であるらしい。


「一番の決め手は、集落の子供たちです。元気に外を走り回っていましたね。魔物が襲ったのは成人男性ばかり……とは言え、あなた方は敵の正体を掴めていないという『設定』でした。得体の知れない魔物が森に潜んでいる中で、子供たちを外で自由に遊ばせるはずがありません。総じてこの集落は、不自然に平和すぎたんです」


 カシミールの脳裏に、昼間の、長閑な集落が浮かぶ。記憶の中の光景は、あまりにも、理想郷めいていた。


「……以上が、あなた方が哀れな被食者に擬態した『捕食者』だと判断した理由です。お分かりいただけましたか?」


 ようやく、ヨルンの講釈が終わった。


 アドナは、まだ静かに燃えていて、燃えながら、


「カシミール……さん……」


 カシミールの名を、確かに呼んだ。


 呼ばれて、暫くぶりにアドナの姿を直視する。

 眩しい白の中で、アドナは、つうと頬に涙を伝わせ、


「好き、だったの……本当に……」


 僅かに微笑んでそう紡ぎ、カシミールへと手を伸ばそうとして、


「あ……」


 伸ばした手の先から塵に変じ、サラサラと、嘘のように綺麗に崩れていった。


*****


「全く、とんだ骨折り損でしたね」


 腹が立つほど激しく揺れる馬車の中、ヨルンが、不機嫌を露わにぼやく。


 アドナの件を脅しの道具として、残った魔物たちと交渉を……というヨルンの目論見は、すっかり失敗に終わった。

 集落の人間に擬態していた魔物たちは、まるで蜘蛛の子を散らすように、あっという間に逃げ去ってしまったのだ。

 捨て置かれた集落の空き家には、集落の本来の住民たちや、商人たちの遺品と思しきものが多く残されていた。

 騎士団や魔術師団の手によって魔物が退治され、遺品の数々が帰るべきところへと帰るのを、カシミールとしては願うばかりである。


「……そういや、これ」


 胸元にしまったままになっていたネックレスを外して、ヨルンへと手渡す。

 ヨルンはそれを無感動に受け取ると、


「これは、上手く機能してくれたんですがね」


 と呟いた。


「……は? 全然効果なかっただろうが。俺は、散々な目に遭ったんだぞ?」

「おや、気づきませんでしたか? アドナがあなたに惹かれたのは、これの力ですよ」

「は……?」

「これ、魔物を惹きつける魔道具なので。あなたを餌に、魔物といい感じに接触するために用意したんです」

「はあああっ!? お守りじゃなかったのかよ!?」

「お守りですよ。魔物との佳い出会いがあって、意義のあるフィールドワークになりますようにという……」

「お前ほんと……お前なあ!!!」


 カシミールの怒声を、ヨルンは意に介することなく、


「まあでも、良かったじゃないですか。アレは見たところ、番を食らうタイプの魔物でしたから。あのまま彼女と愛を育んでいたら、あなた近々、次世代の養分になってましたよ」

「お前嫌な情報を小出しにしてくるんじゃねえよマジで!!!」


 カシミールの叫びが虚しく木霊する中、馬車は相変わらず無遠慮に揺れながら、元来た道を暢気に辿っていく。


 カシミールは、遠ざかっていく森を、もう一度だけ振り返った。

 正体を知ってなお、カシミールの胸にはまだ、アドナの柔らかな笑顔が居座っている。


 見上げた空の明るさが酷く目に痛くて、カシミールは、静かに瞼を閉じた。

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