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壮大な世界の物語~絶望の果てで、少年は勇者になる~  作者: おう
アアル王国編

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第一章第七話『ユダの初任務②』

 

 「どうぞ受け取ってください!」

 

 ユダは笑顔を見せて、食料と毛布などの物資を渡していく。少し背伸びをしてみると、自分のところに長蛇の列ができていることが分かった。

 避難所の物資の受け渡しは比較的簡単な業務で、家族構成などを聞いて人数分のものを渡す。注意すべき点は、同じ人が複数回受け取ることぐらいである。

 物資は過剰な程にあり、それを巡った争いなどそうそう起こらないだろう。

 

 (アルスには悪いことをしたな)

 

 少し列が落ち着いた所で、ユダは目線を友人の方に軽く向けた。

 

 「ねぇ...」

 

 ユダは顔を上げた。

 列の向こうに立っていたのは、やつれた女性だった。頬は痩せこけ、眉間の皺が深く刻まれている。疲労と焦燥が、血の色を失った肌に影を落としていた。

 

 「……ユダ君」

 

 掠れた声に、胸の奥で何かがちぎれる音がした。

 

 「え……」


 思わず息を呑む。見覚えがある。忘れるはずがない。

 

 ──アノス。


 彼女は、あの無邪気な友人と同じ目をしていた。馬鹿で、それでいて優しかった大切な友人。それと再び対面したかのような感覚を覚えた。


 「アノスのお母さん……」


 名前を呼んだ瞬間、女性の瞳が大きく見開かれた。

 その光はまるで、閉ざされた闇の中に突如ともる焔のようだった。


 「アノスを……知っているの?」


 声が震えている。縋るように、切羽詰まった声。


 「どこにいるの、あの子は? ……ねえ、教えて。まだ生きているはずなの。あの子の好きだったチェリーパイを、焼かなきゃいけないのよ!」


 両手は宙を彷徨い、ユダの袖を探して掴む。その指は冷たく、痩せて骨ばっていた。

 ユダの心臓は激しく鼓動した。

 言うべきか。言ってはいけないのか。

 

 『……ユダ、水を……』


 熱にうなされ、最後に掠れ声で水を求めた友の姿が脳裏に甦る。

 今思い返せばユダは、あの時アルスを介錯すれば良かったのかもしれない。きっと彼はユダの想像を超える痛みを味わっていた。だからこそユダは彼を楽にするべきだった。

 けどユダは何もできずにただ呆然と立ち尽くした。恐怖に痛みが、ユダの足の動きを止めた。中途半端にあの状況の人に水を与えたらいけないと、知識があったせいだ。

 

 「……」


 喉が張り付いたように声が出ない。

 もし言わなければ、彼女は一生、存在しない息子を追い続けるだろう。けどもし言ってしまえば、その心を深く裂くことになる。

 

 「……アノスは」


  声が震えた。だが、逃げてはならない。だからユダは確固たる『勇気』を持って彼女に、過去の自分の後悔を精算するように言葉を紡ぐ。

 ユダの目には、淡い雫が浮かぶ。


 「アノスは……死にました。僕が……この目で、確かに見ました」

 

 女性の肩が、はっと震えた。

 瞳から光がこぼれ落ち、彼女は言葉を失ったまま、ユダの腕を掴んでいた指先を離した。酷く悲しい静寂が場を包みこむ。                                

 皆の視線がこちら側に向くと同時に全員が何が起こったのかを察した。故に誰も声をかけられなかった。全員が全員、彼女の負った『痛み』を理解することができたから。

 

 「ああぁぁぁあっぁ!!」


 刹那的な静寂の後に響くのは、絶叫の雨だった。誰も憐れみの目も同情の目も向けることが出来なかった。ただ自分じゃなくて良かったと、自分自身も知らぬところで安堵した。


 「くっ!」


 彼女と同じように流れそうな涙。それをユダはなんとか押し殺した。今のユダに悲しむ資格なんてない。そんな感じがして。

 



 ── ── ──




 「──銀髪の少年。これやるよ」


 差し出されたのは小さな包みに入ったチョコレートだった。

 

 「副隊長……」

 

 今は業務を終え、ギルド本部の休憩室に戻ってきていた。避難所への物資搬入は無事終わり、皆疲れた顔で椅子に腰を下ろしている。そんな中、艶やかな紫髪を揺らした第三部隊の副隊長が、いつもの軽薄な笑みを浮かべながらユダの前に現れたのだ。

 

 「俺なんかが食べていいんですかね……」

 

 ユダは包みを両手で受け取りながら、俯きがちに答えた。学術区で見た惨状や、アノスの母との再会が胸に残り、甘い菓子を前にしても心は晴れない。

 両手に落ちる影を見つめ、自嘲めいた吐息を漏らした。

 

 「気持ち悪いこと言うな」


  副隊長はすぐさま切り返した。口調こそ荒いが、その眼差しは妙に真剣だった。

 

 「俺はただ、お前が笑った顔を見たいから渡した。それだけだ。俺が抱きたいと思った相手が、暗い顔でいるのは面白くねぇ。……だから変に『俺なんかが』なんて言うな」

 

  周囲のざわめきが一瞬止まったように思えた。

 避難所で見た母子の別れの残滓がまだ胸を締め付けていたユダには、副隊長の言葉はあまりに不意打ちだった。

 

 (……この人は本気で言っているのか? それとも、またいつもの軽口なのか)


 判断はつかない。だが、チョコの温もりだけは確かに手の中にあった。

 

 「お~いユダ!!」

 

 アルスがやって来る。すると副隊長はハッとした顔をして、すぐさま立ち去ろうとした。

 

 「ありがとうございました」

 

 咄嗟にユダは一礼をした。確かに可笑しい人であったが、彼なりの信念を持っていて、それでいてユダの心を少し軽くしてくれた人物だ。

 奇人変人で済ますことはできなかった。

 

 「おう。今夜あたりにでも俺の部屋にきな。可愛がってやるからな」

 

 相変わらずの口説き文句。それに間髪入れずに「いや、遠慮します」と返すと、副隊長は不気味な文句を言いながら手を振ってこの場から去った。

 

 「ユダ! 何もされなかったか!?」

 「あ、アルス!! あぁ大丈夫だよ。第三部隊の副隊長はあれでいて優しい人みたいだし...」

 

 友の名をユダは咄嗟に口走んだ。彼も自分のことを気遣ってくれたのだ。感謝しかない。

  第三部隊の副隊長の話は程々に、ユダは彼に感謝の言葉を伝えていった。アルスはどこか照れながらも、まっすぐに受け取ってくれる。そして...


 「照れるけど...まぁ友達だから気にしないでくれ。僕が何か困った時にはユダが助けてくれよな!!」

 

 アルスの言葉が心に染みる。

 このままユダの初任務は大団円で終わるはずだったのだが、そう簡単にはいかない。



 「ユダって子は真面目すぎだな。まぁそれが美徳で、気に入ったところなんだがな!」


 彼が今いるのは、王都で一番高い時計塔の頂上だ。

 

 「まぁいいか俺はそれよりも不届き者の対処だな。──ここからなら誰でも撃ち抜けるぜ。ま、人の心は撃ち抜けないがな!!」

 

 彼の口から出たのは、自身の射撃技術に対する絶対的な自信と、どこか諦念の混じった皮肉だった。

 

 「みんな頭が硬いんだよ。それなら身体強化をしていない一瞬の隙を狙うか、それを上回る火力を毒なりなんなりで出せばいんだよ」

 

 それが彼の賢論とは到底言い難い暴論である。だが彼の実力がそんな暴論を無理やりにでも納得させる。

 なぜなら──

 

 「──見えたぜ」

 

 目標を発見。それと同時に腰に吊るしていた弓を手に取った。華麗な動作でそれは馴染むように彼の手に収まった。

 慣れた動作で弦を引くが、弓に矢はかけられていなかった。それなのにどうやって弓として機能させるのか、そんなのは簡単だ。

 魔道具に分類される弓──通称『相棒』の能力を使う。自分の魔力を消費して矢を生成して射った。

 張り詰めた空気と、強い風が交錯する空を、一本の矢が鋭い風切り音を立てて裂いた。その矢は、暴論を現実にする決定的な一手として、敵の弱点を正確に撃ち抜くために放たれた。

 

 (いつもありがとな相棒)

 

 相棒への感謝の言葉を述べ終わった頃には、矢は目標地点に達していた。

 

 「目標着弾確認と。はい〜また今日も華麗に命中。本日初射撃なのに俺ってば天才だな」

 

 自画自賛も甚だしいが、彼がいなければ数百人の命が運ばれた爆弾によって失われていたのだ。多少は目を瞑られるべきであろう。

 その自賛も直ぐに乾いたものとなってしまう。

 

 「...といっても誰もいないがな」

 

 ここは孤独な仕事場だ。

 誰もいなく、ただ王都を守るために悪を射ていく。だがそれでお金を貰えて、自分の弓の技術を活かせるのだから文句など到底ない。

 しかしながら他部隊への文句ならある。

 

 「ちゃんとしてよな第二部隊のお嬢様方。あんたらが検問をしっかりしてくれないから俺の仕事が増えるんだ。まぁ命令とあれば誰でもあいてしやるが」

 

 今回も第二部隊が検問を怠った結果、逃亡を行っていた悪を射た形だ。目標の抱えていた爆弾が放たれたのならたまったもんではない。

 彼彼女らがアアル騎士団と共に頑張っていることは十二分に承知している。

 

 (命令なら相手してやる。例え『魔帝』でもな)

 

 心の中で最強の魔術師の称号をあげた。命令があれば例えそんな存在とも相手するのが彼なりの流儀だ。まぁ勝てるかは別問題として。

 それに人外と区分した方が良いアルデバランは除外するが。

 どうなったのかと、先程矢を射た場所を目を凝らして見てみた。すると一輪の花──否、少女が目に入った。

 するとハッとした表情になる。

 

 「おっ!! あれが銀髪の少年ユダが言っていたリンと言う子か」

 

 聞いた情報を照らし合わせて結論を得る。心臓の鼓動をいつもより大きく感じると、ユダと同じように一目惚れだと勝手に感じた。

 

 「ふふ〜ん」

 

 ポケットから羽ペンと紙を取り出すと、鼻歌を交えながら愛の言葉を書き殴っていく。一分にも満たない時間で狂文を作りあげてしまうと、籠の中から矢を取り出して括りつけた。

 

 「届け!」

 

 そしてそれをリンに向けて放った。想いがたった一回で届くとは到底思わない。弓は百ぴゃく百中であるが、恋愛に関しては数撃ちゃ当たるの精神で行っているのだ。

 

 (まぁ届くのなら今日の夜に俺の部屋に彼女が来るからな。楽しみは後にした方が良い)

 

 ここで反応を見るのはお預けにしておく。

 

 「さて仕事だ。まぁ王都が落ち着いてたら隊長...爺さんに有給でももらってマリア神聖国に行くかな」

 暫くは叶わない願いを秘めながら、第三部隊の隊長である彼は一本、また一本と矢を今日も射るのであった。



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