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壮大な世界の物語~絶望の果てで、少年は勇者になる~  作者: おう


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第一章五話『宴会』

 「それじゃぁみんな!ユダの『第一部隊』の正式入隊を祝して!乾杯〜!!」

 「「乾杯!!」」


 フェリスとの戦いを終えた後、ギルド本部の一室でユダの正式入隊を祝う宴会が行われていた。溢れんばかりの歓喜が場を温め優しく包み込む。ユダはまだ十六歳で酒を飲むことはできないが、この場を十分に楽しむことができた。


  『ユダの第一部隊への正式入隊を祝う』という名目で行われているが、実際のところユダに挨拶をしてくる人たちは少ない。


 (俺から話かけるべきなのか?)


 そうやってうじうじしていると、見慣れた顔の人物が現れた。

  一ヶ月間何度も見たその男は、第一部隊隊長の常世だ。


 「ユダ君、この一ヶ月よく堪えたな」


 背後からかけられた低く落ち着いた声に、ユダは跳ねるように振り返った。  

 そこにいたのは、 


 『第一部隊隊長』常世。一ヶ月間、死の淵を何度も見せてくれた教育者の労いに、ユダは気恥ずかしさを隠せず、手元のグラスを強く握りしめた。


 「……正直、常世隊長にだけは見放されると思っていました」

 「俺も見る目がないらしい」


 常世は自嘲気味に微笑み、ユダのオレンジジュースが入ったグラスに、自身の琥珀色の酒杯を軽く当てた。 だが、その直後、常世の瞳が怜悧な光を宿す。


 「……だが、君には悪い癖がある。謙遜を通り越した自己卑下だ。戦場において己を低く見積もる者は、まず最初に判断を誤り、真っ先に死ぬ」


 宴会の喧騒が、一瞬で遠のくほどの圧。ユダの背筋を冷たい汗が伝う。


「肝に銘じておきます。ですが……この染み付いた意識を剥がすには、もう少し時間がかかりそうです」


 ユダが苦笑いを浮かべた、その時だった。


 「おー! フェリス──って、うわっ! お前、酒臭いぞ!」


 ドロドロに溶けた顔で肩を組んできたフェリスに、ユダは戦慄した。彼はまだ16歳の、アアル王国では禁じられているはずの年齢だ。


 「常世隊長、いいんですかこれ!? 王都を守る組織が法を破るなんて……」

 「他国の文化には寛容であるべき、というのがギルドの不文律だ。……もっとも、フェリス君の『精神年齢』に関しては、法ですら想定外だろうがな」


 常世はそう言って、逃げるようにユダから距離を置いた。


 「ちょっと! 逃げないでくださいよ! ……って、アルスまで!?」


 理知的な瞳の奥で目が泳いでいるアルスが、千鳥足で迫ってくる。


 「おいお兄様……お前ぇ、メイド酷使するなよ……」

 「何の話だよ! 常世隊長! 助けてください!」


 ユダは必死に救援を求めたが、常世は優雅に会釈して雑踏の中へと消えていった。  両側から迫る酔っ払いの壁。逃げ場のない包囲網。


 「う、うぎゃあぁぁぁぁ!!」


 ユダの悲鳴は、楽しげな祝杯の音にかき消されていった




 ── ── ──




 「──ふぅ」


 宴会の喧騒から離れるために建物の外に出たユダ。夜風にあたりながらたどり着いた、ギルド本部内の庭園。そこに丁度よくあったベンチに座り、深く息をついた。

 なんとなく空を見上げると、赤橙色に輝く赤色巨星が後を追っていた。


 (静かでいいな)


 宴は楽しい。けどあの喧騒に溺れて、ただ快楽を享受するのは、頭の片隅にずっとある『思い』が許してはくれそうになかった。

 十分ほどか、庭園に咲く花たちを(暗いせいであまり種類はわからないが)を見ていたユダは、不意に『思い』から王都の街に出たくなった。


 この訓練期間、テロの後の街並みを見ることができていなかったのは、常世にしごかれ続けていたからだ。


 ユダがベンチから腰を上げると──、


 視界の隅で炎が燃え上がった。

 圧倒的な存在感。魔力感知を行わずとも理解できる大き過ぎる魔力。ユダの心臓が大きく跳ねた。

 危機感が鐘を鳴らす中、眼の前に男が現れた。


 「あ、ギルドマスター!?」

 「よぉユダ!!」


 驚きの登場をしてきたアルデバランは、気さくにユダに挨拶をするとベンチに腰をおろした。ユダも再びベンチに座った。


 「宴会から逃げ出してここで何してんだ? 常世が少しだけ心配していたぜ」

 「それは申し訳無いです…ちょっと考え事をしてました……」

 

 ユダの答えにアルデバランは顔をしかめた。


 「考え事だって? 酒を飲んで、美味い飯食って楽しむ宴会に相応しくねぇな。どうせお前のことだから難しいこと考えているんだろ。今日ぐらい忘れな」

 「忘れられたらいいんですけどね。ちょっと難しいです…」


 ユダは影を落とした。


 「そうか。なら俺がお前の話を聞いてやるよ! お前より長く生きているんだ。助けになるはずだ」


 大丈夫です!!と、遠慮の声が反射的に出そうになったが、ユダはその言葉を飲み込んだ。


 (せっかくだ。ギルドマスターに聞いてもらうか)


 「ずっと思うんです。俺がこうしている内にギルドの外ではテロの影響で人が死んでいるって。それなのに俺は、今日みたいに宴会で美味しいご飯を食べ、友達と喋って楽しんでいいのかって」

  「……傲慢だな、お前は」

 「えっ?」

  「自分が笑わなきゃ、救われるはずだった誰かが救われるとでも思ってんのか? 逆だ。お前が暗い顔をしてちゃ、死んでいった奴らは『俺たちの死はお前の笑顔を奪うための呪いだったのか』って悲しむぜ」

 

 アルデバランは夜空を見上げ、痛みを噛み締めるように言葉を紡ぐ。


 「昔、俺がお前と同じような思いをしたとき、最愛の人に言われた」


 「『──が喰い殺されたのも、──が罪人に堕ちて自死を選んだのも、アルは何も悪くない。私達はあんたの描く夢に賭けたんだ。だから……笑いながら前へ進んで』」

 

 声色が、微かに震える。


 「『そうでもしないと、これから死んでいく私達が報われないよ』……ってな」

 

 重い沈黙が落ちる。  

 だが次の瞬間、アルデバランはバッとユダに向き直った。


 「お前がそうやって傷つくのは当然の話だ。その痛みは忘れなくていい。だが、その痛みに殺されるな。その傷を抱えたまま、笑ってみせろ。それが『生き残った者の義務』ってやつだ。そうやって笑えたなら、今度はその痛みを繰り返さないようにやれることをやれ」


 「できることですか。俺には何ができるんですかね?」

 「バーカ。そんなの俺には分かんねぇ。自分で考えろ」


 アルデバランはデコピンをした。

 ぶっきらぼうに言い放ったアルデバランであったが、その瞳は夜の闇よりも深く、どこか寂しげだった


 「アルスもフェリスも、バカやって笑ってるのは、それを分かってるからだ。……さあ、戻れ。主役のいない宴会なんて、締まらねえ」


 アルデバランはそう言うと、ユダの返事も待たずに立ち上がり、一度も振り返らずに建物の方へと歩き出した。その背中は、どんな壁よりも大きく、そしてどこか孤独に見えた。


 一人残されたユダは、ヒリヒリする額をさすりながら、遠くから聞こえる仲間たちの騒がしい笑い声に耳を澄ませた。


(……そうか。みんなも、痛いまま笑ってるんだな)  


 少しだけ軽くなった足取りで、ユダは光の漏れる宴会場へと一歩を踏み出した。


 闇に溶けたアルデバランの脳裏に、古の問いが響いた。


 『だが、その痛みに殺されるな。その傷を抱えたまま、笑ってみせろ……か。アルの坊』


 黄金の火の粉が、誰もいない虚空で爆ぜる。


 『──お前自身は、ちゃんと笑えているのか?』


 魂の同居人の言葉にアルデバランは静かに答えた。


 「道化の仮面を被って、笑っているだけだよ」


 空を見上げた。後追い星は依然として、六連星に追いつけていなかった。



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