第二章第十四話『将軍』
馬車は出雲城の城門に着き、ユダ達は和葉に別れを告げて外務大臣や常世がいる、ギルドの大所帯の方に向かう。
和葉ユダ達に大きく手を振り、「楽しかったでござるよー!!」と陽気に叫ぶが、痺れを切らした恵が和葉の元に駆け寄って、怒声を浴びせた。
「和葉!!!!! なに勝手な行動しているの!!!!」
「客人を迎えにいかないのは武士の恥でござる!!!!」
恵は和葉の頬をつねりながら彼の行動を糾弾する。
「痛い、痛いでござる恵殿! 頬が、拙者の大事な武人の面が千切れるッ!」
「和葉に僕たちはそんな期待していません!! 変な誤解を与えたらどうするのですか!?」
「恵、そんなこと言うのなら王国の御仁達の前で拙者を怒鳴る方が変な誤解を与えるでござる…」
頬つねられ、耳元で怒声を浴びせられた和葉。干された和葉は、これ以上彼に怒られないように考えうる限り丁寧に言葉を作った。
「……あ」
恵の動きが止まった。
和葉の指摘は、図らずも正論だった。
外交の場、それも他国の重鎮である外務大臣や、精鋭の剣士たちの目の前である。そこで身内が取っ組み合いに近い説教を繰り広げるのは、出雲の統制のなさを露呈しているようなものだった。
「……失礼いたしました。お見苦しいところを」
パッと手を離し、何事もなかったかのように居住まいを正す恵。だが、その顔は耳まで真っ赤に染まっている。
和葉は解放された頬をさすりながら、今度はレオンハルトたちに向かって、これ以上ないほど「武士」らしい、深々とした一礼を捧げた。
「アアル王国の御仁……。先ほどまでの無作法、心よりお詫び申し上げる。拙者、紫川和葉。将軍をお守りする三人衆が一人として、皆様を歓迎いたす」
言葉遣いこそ丁寧だが、その目は隠しきれない好奇心でキラキラと輝いている。先ほどまでの「騒がしい大男」から、形だけは「礼節を知る武人」へと無理やり擬態した姿に、ユダたちはどう反応していいか分からず困惑の表情を浮かべた。
「かず、いや恵殿。将軍に合わせて欲しいのだが」
(外務大臣!?、絶対和葉のこと言おうとして言い直したよな!!)
「……っ、承知いたしました。レオンハルト閣下。どうぞこちらへ」
恵は一瞬だけ、和葉に向けて「後で覚えておけよ」と言わんばかりの凄まじい眼光を飛ばしたが、すぐに滑らかな微笑みに戻した。その切り替えの速さは、さすが三人衆といったところか。
一方、背後のユダたちは必死に笑いを堪えていた。
あのアアル王国の老練な外交官であるレオンハルトが、あまりにも和葉のインパクトに引きずられて、呼び名を間違えかける。その事実が、この極限の緊張状態において奇妙な連帯感を生んでいた。
「ガハハ! 外務大臣殿、拙者の名は覚えやすいのが自慢でござる! 『かず』まで出たのなら、もう我らは友も同然!」
「……黙りなさいと言っているでしょう、和葉」
恵の冷たい声が響く。今度はつねる代わりに、和葉の足の甲を草履のまま思い切り踏み抜いた。
「ぐふっ……!? ……い、いやぁ、アアル王国の御仁達は心優しいでござるな……」
和葉は顔を真っ青にしながらも、武人の意地で直立不動を貫く。
恵が城門を守る門番に目線をやると、門番の武士は「は!!」と声を荒げ
「は!!」と声を上げ、門番の武士達が一糸乱れぬ動作で巨大な朱塗りの門を左右へと押し開いた。
その瞬間、城内から吹き抜けてきた風は、先ほどまでの穏やかな春の潮風とは明らかに異なる質を帯びていた。
「……っ」
ユダは無意識のうちに喉を鳴らした。
和葉が足を引きずりながら陽気に先導し、恵がその隣で「死んでも粗相をするな」という無言の圧を放ちながら歩く。レオンハルトは、先ほどの言い間違いを微塵も感じさせない威厳ある足取りで進んでいく。
城内には何人もの武士がおり、通るたびに深々と頭を下げていた。
一行が豪華な装飾が施された大扉の前に着くと、恵が立ち止まり、背筋を正した。
「閣下。アアル王国御一行、到着いたしました」
恵の声が静まり返った廊下に響く。
返答はなかった。ただ、音もなく扉が左右へと滑るように開いていく。
広大な謁見の間の最奥、一段高い場所に、その人物は座っていた。
「お待ちしておりました。アアル王国の皆様」
凛と咲き誇る花。
それが『将軍』を見た時のユダの感想。
豪華絢爛な装束に身を包んでいるわけではない。むしろ、その姿は出雲の静謐をそのまま形にしたかのように質素で、それでいて、周囲の空間すべてを従わせるような圧倒的な「芯」が通っていた。
その女性――出雲桜花は、ゆっくりと座から立ち上がった。
結った髪がなびき、吹流しのように尾を曳ひいた
「私は出雲幕府将軍、出雲桜花。……遠路はるばる、よくぞ参られました。アアル王国の誇り高き使者たちよ」
鈴の音のように澄んだ、けれど地を這うような重みを持つ声。
(あぁこの人は人を指導することができる人なんだ)
言葉一つ一つから、俗人は持ちえない『芯』を彼女が持っていることを理解させられる。
「お待ちしておりました。アアル王国の御一行様。私は出雲幕府『将軍』出雲桜花でございます」
「閣下、こちらがアアル王国外務大臣、レオンハルト卿にございます」
恵が深々と頭を下げて紹介すると、レオンハルトは一歩前に出た。先ほど和葉の名を間違えかけた男とは思えない、非の打ち所がない完璧な一礼を捧げる。
「お初にお目にかかります、桜花閣下。此度は我が国の要請に応じ、このような場を設けていただいたこと、心より感謝いたします。……出雲の美しさと、閣下の気高きお姿に、一同感銘を受けております」
外交官としての社交辞令。なんてことは分かっているはずなのに。
レオンハルトの言葉は、彼が心のそこからそう思っていると、感じさせる力があった。桜花同様、レオンハルトも人の上に立つ存在なのだ。
桜花はレオンハルトの礼に応えるように、わずかに口角を上げた。その微笑みは春の陽だまりのように温かだが、同時に、どこか遠くを見つめているような儚さを湛えている。
「……レオンハルト殿。誠に勝手ながらお願いがあります。どうか早急に同盟の話を進めさせて頂ください」
桜花の放った言葉は、広間にいた出雲側の武士たちをも驚愕させた。
外交において、これほどの大国が初対面で「早急な同盟」を、それも「お願い」という形で切り出すなど、通常ではあり得ないことだ。交渉のカードを自ら捨てたに等しい、あまりに無防備な一手。
レオンハルトは伏せていた顔を上げ、その鋭い眼光を将軍へと向けた。
彼の脳裏には、常世との道中の会話や、城門を潜った際に感じた風の違和感が猛烈な速度で駆け巡る。
「……桜花閣下。我が国としても、同盟の締結こそが此度の最大の目的でございます。しかし、形式を重んじる出雲の長たる貴女が、挨拶もそこそこに焦りを見せられるとは。……この国で、一体何が起きているのですか?」
(っつ!! 外務大臣も知っているはずだ。この国を大罪教が狙っていることは!!)
ユダが船上に常世に教えてもらったように、レオンハルトもその情報を知っているはず。それなのに彼は出雲幕府のトップである桜花の口からその事実を告げさせようとしている。
ユダは息を吞む。
彼女から出る言葉次第で状況は明確変わる。
「将軍!!!! やばいです!!!!」
だがそれも必死な少女の声で、有耶無耶にされてしまうのだった。




