第一章三話『報告』
訓練最終日を翌日に控えた常世は、ユダの訓練についての報告をするため、ギルドマスターの執務室を訪れていた。
「──以上です。これらがユダ君の訓練の報告です。当初の目標通り、刀剣流の中級剣士になりました。実践に投入しても問題ないでしょう」
常世が手に持っている紙を見ながら、ユダの訓練の報告を終えた。
「そうか」
アルデバランは常世に一瞥もくれず、書類仕事をしながら一言だけ発した。
「驚かないのですね。彼の驚異的な成長速度に」
はっきり言ってユダの成長速度は逸脱していた。僅か一ヶ月の期間で、中級剣士になるのは到底できることではない。普通、中級剣士になるには数年という時間を要するのだ。
(ギルドマスター殿の想定通りという訳か…)
「ああ、そうだな。あいつには大罪教と戦う責務があるんだ。これぐらいやってもらわないといけない」
「あまり期待するのはどうかと思いますが…彼に期待しすぎている俺が言えませんね」
アルデバランのことを非難しようとした常世は、自身も同じことを思っていることに気づいて苦笑した。
「常世が誰かに期待するなんて珍しいな」
確かに常世が誰かに期待することは珍しかった。彼は刀剣流の頂点にいる王、大概のことを一人でできてしまうが故に、誰かに期待することはあまりなかったのだ。
(何故彼に期待してしまうのか、それは俺自身もよく分からない。ただ一つ分かっていることがあるとすれば──)
「度々、『勇者』の権能によるものと思われる力が漏れ出していました。やはり彼は『勇者』です。きっとこの先、多くの人を救うことになるでしょう」
常世はこの一ヶ月間で得た結論を口に出した。
どこか満足そうであったが、悲哀の様子もあった。
「…ユダはお前を救う勇者にはなれそうにないか?」
「この魔剣に呪われている俺を誰も救えませんよ」
常世は帯刀している魔剣『常世』に目を下げた。その瞬間、常世は自身の結末を身にしみて思い出し、虚ろな目に変わった。そして言葉を続ける。
「話は変わりますが、『アアルの目』の件はどうするのですか?」
大罪教と結託してテロを起こした『アアルの目』は、テロの傷が完全に消えていないことをいいことに、殺人や略奪を繰り返して復興の邪魔をしている。故に王都の平和を取り戻すために『アアルの目』をどうにかすることは急務であった。
「それは第三部隊に本拠地を探してもらっている。もう直ぐで見つかるはずだ」
『アアルの目』による妨害はどれも中途半端であった。ギルドから見れば嫌がらせのようにしか及ばない行為で、いたずらに組織内から犠牲者を出す。そうして時間が過ぎていく。
(いや、それがその組織の目的なのか)
限りなく真実に近い事に気づくと、アルデバランが口を挟む。
「常世も同じ考えにたどり着いたみたいだな」
「では見つかればすぐに討伐を?」
テロの復興も落ち着いたため、隊員達を動かせるようになった。ギルドマスターの一言があれば直ぐに行動に移せるだろう。
故に常世はアルデバランに問うた。
「いや、少し待つ。ちょっと悪い予感がしてな。それにこれだ」
そうアルデバランが言うと、机の引き出しからあるものを取り出し、緩慢な動作で常世に渡した。
「これは書状…ですか。それもアアル王国からの」
上質な素材が使われていることから、常世はそれがアアル王国から持ち込まれたことを知った。
そして中身を見て、常世は眉をひそめた。
「ああ、ユダとリンに関係するものだ。どうやら王国はあいつらの話を聞きたいらしい...今は訓練に集中させるために、何も伝えていないが」
「…王命ですか、全く、面倒なことばかりが増えていきますね」
「同感だ。だけどこれも必要なことなんだ。…訓練最終日もユダのことを頼んだぞ」
話が終点に向かっている中、常世はずっと気になっていたことを聞き出そうとした。
「ええ、勿論です。時にギルドマスター殿」
「ん?なんだ?」
「その傷はどうされたのですか?」
常世の視線はアルデバランの右頬に向いていた。アルデバランは「ああ、これか」と呟きながら、誰かに殴られたかのような怪我を負っている右頬を撫でた。
次に常世はあまり意味はないと知りながらも気遣いの言葉をかけた。
「医務室から彼女を呼びに行きましょうか?」
常世の言った彼女とは、マナ・イハートのことだ。マナはユダとリンを治療したように、医務室に多くの時間滞在して、傷ついた隊員の体と心を癒している。
「ちょっと狂犬…狂女に絡まれてな。この程度自分で治せるから気にしなくていい」
パチン!と、軽快な音をアルデバランは指で奏でた。そして次の瞬間、アルデバランの言葉通りに傷が一瞬にして癒えた。
(狂女…第二部隊の隊長のことか)
「──それで常世、ユダを...『勇者』のことを頼んだぞ」
アルデバランが真剣な眼差しで、常世を見上げた。それに常世は反応し、短く「わかりました」と答えるのだった。そのまま執務室を出ていこうとすると、
「これからお前はどうするんだ?」
「王都の警備の方に戻ります。依然として破壊工作を続いているので」
常世は分かっていた。否、アルスにフェリスもだ。ギルド本部の平和は偽りで、一度外に出れば大勢の人が死ぬ泥塗れの現実が待っていることを。
けどそれを訓練を頑張っているユダに伝えることはできず、何食わぬ顔で誤魔化しているのだった。
不意に常世は帯刀している魔剣に手を触れる。すると──、
『その刃で俺を殺しても、世界の罪は潰えないぞ!!』『この忌み子がぁぁぁ!!』『お、お願い。もう私は疲れちゃった。その刀で終わりにして』
魔剣『常世』による忌々しい声に、常世は、自分の行く末が短いことを悟るのだった。




