第二章第十一話『到着間近』
「見えてきたぞ出雲の大地が!!」
フェリスの弾んだ声に、アルスとユダの両者は弾かれたように顔を上げ、船の甲板へと駆け寄った。
薄く見えるその島は、明らかにアアル王国と違った。
魔力濃度が王国よりも高く、異質であった。これも『死海』が近い影響なのだろう。
あと一日でつく出雲。歓喜と同時に、疑問が湧き出る。
「出雲側の使者はどうやって俺たちが出雲に着いたことを知るんだ?」
何らかの誤解が生まれて、いざこざになるのはごめんだ。
「外務大臣が持っている書状は魔道具の一種なんだ。それは証である。あと出雲の全島を囲んでいる結界は、その魔道具が結界内に入ったことを出雲幕府に報告させんだ。だからいざこざは起きないはずだよ」
「出雲幕府…この出雲を統治している政権か。出雲ってほんの数年前まで鎖国してたんだろ、話ちゃんと通じるのか?」
「話が通じるかどうかは、相手の度量次第だね。でも、鎖国を解いた今の将軍家は、王国との対話を望んでいるはずだよ」
アルスは眼鏡のブリッジを押し上げ、冷静に付け加えた。 その横でフェリスが「ま、言葉が通じなきゃ拳で語るまでさ!」と冗談めかして笑うが、ユダの表情は晴れない。
魔力濃度が高いこの海域特有の、肌にまとわりつくような重い空気のせいだろうか。
その時、船の先端に立つ人影があった。 常世だ。彼は微動だにせず、ただ真っ直ぐに出雲の大地を見つめている
「常世隊長。外務大臣の護衛は大丈夫何ですか?」
三人で駆け寄る。
ユダがそう聞くと、彼は外務大臣がいる部屋がある方を見ながら、
「邪魔だと、追い出されてしまってな。時間を無駄にするわけにはいかないから、魔力感知をしに来た」
「魔力感知…? そんなこといったってまだ距離があるんですよ? 意味なんて…」
「いや、もう出雲全体を魔力感知した」
「「「は!?!?!?!?」」」」
三人。そして外野全員が驚愕。
「な、何言ってんだよ常世隊長! ここから出雲までまだ丸一日かかる距離なんですよ!?」
フェリスが身を乗り出して叫ぶ。アルスも驚きのあまり口を開いたままだった。
「……不可能だ。通常、広域魔力感知の限界は熟練の人でも数キロ、帝国軍にあるっていう増幅器を使っても数十キロのはず。この距離から島全体を把握するなんて……」
計算せずにはいられない性分なのか、アルスがブツブツと数式を呟き始める中、常世は視線を微塵も動かさず、ただ水平線の向こうにある島影を睨み据えていた。
「いた」
「何がですか?」
「大罪教。恐らく七大罪人の一人もいるだろう」
「――っ!!」
その一言で、甲板の温度が数度下がったかのような錯覚に陥った。 『七大罪人』。世界を破滅へと導く大罪教の最高幹部が、自分たちが向かっている地にもう降り立っている。
「大罪教が出雲を狙っているのは本当だったのかよ…!!」
フェリスの声がわずかに震える。先ほどまでの上陸を楽しみにしていた空気は霧散し、代わりにどろりとした緊張感が場を支配した。
「常世隊長、奴らの場所は!? 今すぐ急行すれば、上陸前に叩ける可能性は……」
ユダが詰め寄るが、常世はゆっくりと首を振った。
「流石に奴らもただの魔力感知で全てを教えてくれるバカではない。それに下手に出雲国内で騒ぎを起こせば、同盟の件が白紙になる」
「そんな!?」
「落ち着け」
常世が悪い方向になっていた興奮を削り取った。
常世の低く、静かな声が、沸騰しかけていたユダの思考を強引に冷却した。
常世は視線を島へと戻し、言葉を続ける。
「出雲幕府も大罪教が国内に侵入したことなど分かっているはずだ」
「あぁ…」
(確かに、な…)
「俺たち単身で大罪教に挑んでも勝率は低い。だから大罪教を潰すために出雲と協力関係を結ぶ。そのための同盟だ。同盟さえ結べば、大罪教を共に討伐するいい理由になる」
「……協力関係、か」
ユダは常世の言葉を反芻するように呟いた。
王国最強の騎士である常世が、単身での戦いを避けてでも「同盟」を優先する。それはつまり、現地に潜む『七大罪人』がそれほどまでに規格外の存在であることを示唆していた。
「向こうからすれば、大罪教という災厄に加えて、友好的かも分からない王国の使者が近づいている状態。……分かるな? 今の俺たちは、一歩間違えれば火薬庫に火を点けかねない不確定要素なんだ」
常世は淡々と言葉を継ぐ。その視線は依然として水平線の先、霧に包まれた島影を射抜いたままだ。
「だからこそ、手順を踏む。外交という表向きの盾を使い、最短距離で出雲城へ、そして『罪人』の元へ辿り着く。それが結果的に、出雲と王国の双方を救う唯一の道になる」
「……分かりました。最短最速で、大罪教を確実に叩くための準備、ですね」
ユダが拳を握りしめ、覚悟を口にする。 ユダは冷静さを取り戻しながら、常世の横顔をじっと見つめてる。
(……常世隊長、さっきから一度も瞬きをしていない……?)
ユダだけが気づいていた。 常世の魔力感知が「凄すぎる」のではない。魔剣の呪いによって五感が摩耗し、視覚や触覚が「現実」を捉えられなくなっているからこそ、彼は魂を削り、魔力そのもので世界を視ることで補っているのだということに。
「あと一日だ。各々、最高の状態で大地を踏めるよう準備しておけ」
常世はそう言い残すと、翻って船内へと戻っていった。その足取りは静かすぎて、まるで重力さえも失いつつあるかのようだった。




