第二章第四話『遠征④』
「──皆も知っていると思うが、五日後に『出雲遠征』が行われることが決定した」
「──っ」
それにユダは身が引き締まる思いを感じた。
『五日後』。人によっては情報を出すのが遅すぎると思うだろうが、これでもだいぶ譲歩しているのだ。
現実的に可能かどうかは置いておいて、ギルドの上層部──アルデバランや各部隊の隊長としては、情報漏洩を防ぐためにもっと早く行動したかった。
しかしギルドは同盟を結ぶための使者の護衛。その立場からアアル王国と話し合い、結果的に五日後に決まった。
「今回の目的はアアル王国と出雲の同盟を結ぶための使者の護衛だ。この同盟の件は以前から来ていたが、テロによって国内の情勢が不安定だったことによって放置されていた。ようやく情勢が安定したこともあって、今回同盟を結ぶことになった」
「──。しかしそれは表向きの目的だ」
壇上に上がっていた常世が鋭い眼光で周りを見渡した。
「『アアルの目』の捕縛作戦によって判明した内通者をアアル王国が聴取した際、大罪教が『出雲』、それに『共和国』に進出しようとしていることが判明した」
「「──っ!」」
全員が息を呑んだ。
そこまで大罪教の動向を掴んだというのは衝撃的だった。多くの隊員がこれで一泡吹かせてやれると、高揚感を覚えるほどに。
「故に俺達は『大罪教』の目論見通りに話を進めないために、直接出雲に赴き打破する」
「──すみません。質問をしてもいいですか?」
場も冷めぬ中、ユダとアルスそれにフェリスが座っている長机──その後方に座っている男が声を出した。
「ああ、構わない」
「では失礼します」と、男は立ち上がった。ユダの目線がそちらに向かう。
長身の男は首に十字架のネックレスを携えていた。
(マリア教の人なのか......?)
マリア教を信仰する人が持っているそれから、連鎖的に世界最大の宗教の名前を心の中で出すが、今は対して気にすることではないと思考を切り上げた。
「出雲には私達が赴くとして、共和国の方はどうされるのですか? 情報の真偽はともかく、何もしないということはできないしょう」
「他人任せのようで申し訳ないが、特務部隊が内密に共和国に入国し調査を行うことになっている」
「特務部隊ですか......分かりました。お答え頂きありがとうございました」
特務部隊の名前を訝しむように呟くと、男は緩慢な動作で座り込んだ。
それを見ていたユダは不思議に思い、アルスの耳に口を近づけて小声で言った。 こういう時にはフェリスではなく、アルスの方が適任だ。
「特務部隊に何であんな反応してんだ?」
「う〜ん。言葉にするのは難しいんだけど、やっぱり特務部隊が怪しいからじゃないからな。実際仕事をしているところはともかく、ギルドにいるところも見たことがないからね」
怪しい集団。だからこそ先の男は特務部隊が本当に任務を果たせるのか不審に思ったのだろうとアルスは述べた。
確かにユダも特務部隊の人間に会ったことはなかっため、内心頷きかえした。
「──みんなが色々と思うことがあることは分かる。。俺達が今考えるべきなのは、使者の方を護衛して無事に同盟を結ぶこと、そして大罪教の野望を止めることだ。」
(そうだな......)
「当日には、使者の方を含めてアアル王城で国王陛下直々に出発式を行うことになる。皆! 遠征の人員に選ばれることを想定して準備すること!」
「それでは本日の業務だが──」
『出雲遠征』に向けての準備は忙しかった。
まずは物資の確保。メンバーは決まっていないとはいえ。人員の数は既に決まっている。
22名の食料などを準備するのはやはり大変だ。そこでユダとアルスの二人は通常乗務から離れて、物資の確保を行っていた。
荷馬車を走らせ、洋紙に書かれている必要なものを露店やギルドが贔屓にしている商会に赴いて購入する。
そんなこんなで一日中王都を回っていたユダ達は、日も沈み初めてようやく帰路に着いていた。
「これで終わりっと」
手元にある洋紙。そこに最後のチェックを軽快に入れると、ユダは開放感から大きく体を伸ばした。
血行が促進される感覚と共に、重荷から解放されてユダはようやく一息ついた。
(ようやく休める!!)
あとする事と言えば、ギルド本部に帰った後に購入した物資を運ぶぐらいだ。そうすれば、アルスやフェリスと美味しいご飯を食べ、久し振りに大浴場の風呂に入ったりなど、楽しい時間を過すことができる。
「ユダ〜気持ちを分かるけど、あんまり気を抜くなよ」
気を抜くなと口では言っているが、彼も彼で随分と気を抜いていた。まぁ一日中馬車の運転などに徹してもらっていたからしょうがないが。
いつの間にかギルド本部についており、ユダとアルスは馬から降りて荷物を受け取りに来ていた第二部隊員達に渡していく。
「これお願いします」
そう言って大きな木箱を渡そうとした時、思わずユダは大きな声を上げそうになったが抑えた。
その理由は──、
「リン......」
「あ、ユダ...」
互いに互いを見つめ合う。静寂──なんてものとは程遠い喧騒が耳に入ってきた。
「リンさんー!! 助けて!! あたいこんなの持てない!!」
恐らくリンの友人であろう少女の悲鳴。リンは「はいはい分かった」と軽く流しつつ物資を明け渡した。そのまま友人の方に向かうかた思っていたら──
急にこちらに回転し近づく。そして天使のような笑みを浮かべて、
「ありがとうねユダ。それとお仕事お疲れ様」
耳元に囁かれた天使の息吹のような言葉。それにユダは骨抜きになってしまった。そんな浮かれポンチなユダを友は見逃さなかった。
「おい! タマキン蹴るぞ!!」
「流石にやめろよ! それにフェリスの口調になっているぞ!!」
口調がおかしくなる怒り具合に、そこまでか...?と懐疑的になりつつもユダは体を動かしていた。
「──あれ?」
不意に物資の入った木箱の中身を見てみると、一見よく分からないものが目に入った。
満パンに隙がないように入った本。それをユダは無造作に一個だけ手にとって取り出した。
「アルス。こんなのあったけ?」
友人に声をかける。
少なくともユダはこの本を知らない。遠征のために必要な物資を書かれていた羊髪にも、このような本のことが書かれていた記憶がない。
まだ自分の記憶のことを完全に信じることができない故に、友の記憶の力を借りることにした
「ん?」
アルスは程なくして、ユダと同じように木箱の前に膝を曲げた。
「えっと...題名は──げっ! これまた変なものを」
名前を読み上げようとして、アルスは直ぐにそれをやめた。
「おい、何でこんなのがあるんだ? 俺達買ってないぞこんなの」
「僕だって分からないさ。だれかイタヅラか、それとも...ともかく隠すしかない」
そうやって二人は屈みながら声量を極限まで抑えて話す。仮にこれが女子隊員に見つかったりしたらユダ達は一巻の終わりだ。故に隠し通す必要がある。
二人の中の共通認識ができた頃、早速最大級の危機が彼らを襲った。
「ね〜二人とも何をコソコソ話しているの? 私も混ぜて!」
陽気で軽快なステップを刻みながらリンがやって来る。彼女のほっぺたは少し赤くなっていて緊張しているようだった。
緊張を笑顔で隠す姿は大変健気で、いつもだったら会話に参加するのは大歓迎だ。けど今回ばかりは違う。
「いや〜ちょっと男だけの会話というか。なんというか、ともかくリンが入ってもつまらないと思うぞ。な! アルス!」
「う、うん。そうだねユダ。リンさんとは初対面だからあまり趣味とか知らないけど、あまり楽しめれないと思うよ」
二人そろって笑顔を作り、背後にエロ本を隠す。
「なにそれー? 逆に気になっちゃうでしょ」
流石にこんな猿芝居でリンを騙すことはできなかった。彼女の疑念は高まるばかりだ。
「いやいや本当なんだって」
「もーこうなったら私も奥の手を使うんだから。ノア!! 能力をお願い!!」
さながら執事を呼ぶ貴族のように、彼女は
「尋問をお願い」
(じ、尋問!?)
物騒な単語にユダはたじろむ。
「あいあいさーリンさん。あたいに任せな」
ノアと呼ばれた少女が一歩前に出た。彼女はユダの目を真っ直ぐと見つめる。すると目が赤くなった。それは充血といったものではなく、魔術によるものだった。
「答えて。あなたは何かを隠している?」
声色が変わった。気迫、というのだろうか、今の彼女からはそういった強い精神力を感じた。
ユダの汗が額を伝った。
「隠してない」
「そう、ならまた答えて。あなたは遠征ようの物資の中に、不必要な物資、もしくは不適切な物がありますか?」
「ない」
「そう。ん〜リンさん!!」
ノアの目が変わった。
(何か生きて心地がしないな...)
「この人嘘ついているよ。もう、真っ赤っ赤。心臓がバクバク鳴ってて、魔力の流れがぐちゃぐちゃだもん」
ノアの無情な宣告が裏路地……もとい、ギルドの資材搬入口に響き渡った。 ユダは硬直した。隣にいるアルスの顔も、もはや「爽やかイケメン」の欠片もないほどに引き攣っている。
「ふーん……」
リンが、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。 その笑顔は、さっきまでの「天使の微笑み」ではない。獲物を追い詰めた肉食獣、あるいは悪戯を見つけた母親のような、逃げ場を許さない圧力を孕んでいた。
「ユダ? アルスさん? 二人して背中に何を隠してるのかなー? そんなに必死に隠すなんて、よっぽど素敵な宝物なんだね?」
「い、いや、これはその……ギルドの極秘資料というか、男のロマンというか!」
ユダは必死に言葉を絞り出すが、ノアが横から「あ、また嘘。ロマンの部分だけちょっと本気だけど、基本は後ろめたいこと考えてる」と容赦なく追撃してくる。この少女、尋問のプロか何かなのか。
「見せなさいっ!」
「うわぁっ!?」
リンの素早い手がユダの脇を潜り抜け、背後に隠していた「それ」を奪い取った。 一瞬の静寂。 リンの手元にあるのは、装丁だけは立派だが、表紙にはあまりに扇情的で、かつ「出雲」の民族衣装を際どく着崩した女性の絵が描かれた……いわゆる「春画」の類がまとめられた本だった。
「………………」
リンの顔が、みるみるうちに沸騰したかのように真っ赤に染まっていく。 それを見たノアが「わ、すご。リンさんの魔力が爆発しそう」と危機感を覚えて数歩下がった。
「ユ……ダ…………バカァァァァァァァァ!!」
ドゴォォォォン!! という衝撃音と共に、ユダの視界が反転した。 リンの拳が炸裂したわけではない。彼女が羞恥のあまりに放出した無意識の魔力が、周囲の木箱を数個吹き飛ばし、ユダとアルスを文字通り「物理的に」ノックアウトしたのだ。
「最低! 不潔! 遠征の準備中に何考えてるのよ! そんな本、出雲に持っていく前に私が浄化してあげるわ!」
リンは本をひっ掴むと、怒りと恥ずかしさで涙目になりながら走り去っていった。その後をノアが「あーあ。二人とも、しばらく口きいてもらえないかもね」と肩をすくめて追っていく。
「……ユダ。……死ぬかと思ったよ」
資材の山に突っ込んだアルスが、力なく呟いた。
「……俺もだよ。っていうか、あれ誰が注文したんだよ……絶対に許さねぇ」
ユダは星が回る頭を抑えながら、遠くを睨みつけた。そこには、面白そうにこちらを眺めているフェリス……あるいは、何もかも見通してニヤついているアルデバランの影があるような気がしてならなかった。
翌日。 ギルド全体に「第一部隊の期待の新人ユダは、遠征にエロ本を持っていこうとして彼女に粛清された」という、尾ヒレのつきまくった噂が広まったのは言うまでもない。




