第一章二話『友との時間』
(……生きてる)
そんな当たり前の事実に、思わず安堵する。
トレーを手に取り、適当に料理を盛る。
量は多い。いつぞやの常世に言われた通り、体力をつけなければ話にならない。
席を探して視線を彷徨わせた、その時。
「──ユダ!!」
聞き慣れた声に顔を上げると、手を振っている二人組がいた。
緑髪で快活な笑顔のアルスと、赤髪で獰猛な目つきでこちらを見ているフェリスだ。
「こっちこっち!」
ユダはトレーを持って駆け寄り、二人の向かいに腰を下ろした。
「顔色悪いけど、大丈夫か?」
「大丈夫……って言いたいけど、正直ボロボロだ」
ユダが苦笑すると、フェリスは声を上げて笑った。
「ははっ! 訓練始まって一週間でそれなら上出来だろ」
「いや、常世隊長が相手だと上出来の基準が壊れるんだよ…」
フェリスがスプーンを止め、じっとユダを見る。
「常世隊長に直で剣を見てもらえるって、普通じゃねぇから」
アルスのパンを奪い、その後かじりながらフェリスが身を乗り出す。
アルスの「僕のパンを取るなよ!!」という非難の声は届かない。
「だって常世隊長って、刀剣流の剣王だろ?」
「剣王……?」
ユダが首を傾げると、フェリスは「は?」と驚いた顔をした。
「あ、そっか。まだ教わってないのか」
アルスはパンを諦めて、スプーンでスープをかき混ぜながら、何気ない口調で続ける。
「剣術ってさ、階級があるじゃん」
「……なんとなくは」
詳細を知らないユダは、そんな生返事をした。
「初級、中級、上級。ここまでは年月をかければ目指せる」
「その上が、豪級」
「さらに上が、王級だ」
さらっと言うが、その声には僅かな重みがあった。
強者達への称号を語るアルスの目には憧憬があった。
「王級ってのは、流派の頂点だ。隊長クラスはだいたいここだけど、五大国に一人いるかどうか。ギルドの戦力が高すぎるんだよね」
ユダは、無意識に握った自分の手を見た。
あの一撃。
あの時、確かに——常世の体勢が揺れた。『刀剣流剣王』という圧倒的強者の。
「でさ」
アルスが少し声を落とす。
意識が手から離れた。
「王級ですら、上があるんだよ」
「……上?」
剣の王の上とはいったい何だろう。そんな疑問は重圧感をもった言葉に押しつぶされた。
「剣帝」
その言葉に、ユダは黙った。今の自分が如何にちっぽけなのかを理解したように。
「流派とか階級とか、全部ぶっ壊した存在。その時代で、一番強い剣士にだけ与えられる称号ってわけだ!!」
フェリスは笑って肩をすくめながら補足した。
「ま、伝説みたいなもんだけどな!!」
ユダは、思わず苦笑した。
「……俺には遠すぎるな」
「中級にすら届いてねぇのが現実だ。俺とやったら十中八九、俺にボコされるだろうな」
「うっ……」
ユダが言葉を失う前に、アルスが軽く肘でフェリスを小突いた。
「でも」
フェリスはユダの目を真っ直ぐ見た。
「訓練で、常世隊長が直々に見てる時点で、普通の道じゃねぇ。誇れよ、お前は期待されているんだ」
「中級目指すって言われたんでしょ?」
「……うん」
「それ、簡単じゃないよ」
「中級剣士って、実戦で人を守れるラインだから。他国の騎士団でも新兵を卒業した一人前の兵士がこのぐらいだ」
ユダは、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
(守れる……)
剣の階級。
称号。
どれも、今の自分には遠い。
それでも——。
「ま、」
フェリスが明るく言った。
「まずは生き残ろ。常世隊長の訓練」
アルスが真顔で頷く。
「死ななきゃ、次がある」
ユダは、苦笑しながらスプーンを握り直した。
(中級でもいい。王級でも、剣帝でもない)
──今はただ、
もう一度、あの一撃を出せるようになりたい。あの淡い、御伽噺で聞いたような英雄的なあの一撃が。
そう思いながら、ユダはようやく昼食の手を動かした。
「……でも、目は死んでないね」
「え?」
ユダがきょとんとすると、フェリスは小さく息を吐いた。
「前はさ、もっとこう……焦ってる目をしてた」
「……」
言われて、ユダは言葉に詰まる。
「今は違う。痛そうだけど、ちゃんと前を見てる」
アルスも頷いた。
「確かに。なんか一段階、上に行った感じするぞ」
「そ、そうか?」
ユダは照れ隠しにスープを一口すすった。
だが、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。
(……ちゃんと、伝わってるんだ)
訓練場での一撃。
常世の言葉。
あの瞬間が、ただの自己満足じゃなかったと、初めて実感できた。
「……でもさ」
アルスが声を落とす。
「無理はすんなよ。最近、街の空気おかしいし」
「大罪教の件か」
「うん。アアルの目っていうテロを手伝った組織が、まだ街を荒らしてるんだ」
フェリスが静かに続けた。
「ギルドも、王都も……まだ落ち着いてない」
「だからこそ、だろ?」
ユダは拳を握った。
「俺が強くならなきゃいけない理由は、減らない。リンとお互いを守るために強くなる」
二人は何も言わず、ただユダを見た。
その沈黙は、否定ではなかった。
「……ま、ユダがそう言うなら止めないけどさ」
アルスは肩をすくめ、笑う。
「死ぬほど強くなったら、俺らにも手加減しろよ?」
「常世隊長に瞬殺されるって言われたばっかなんだけど……」
三人は声を立てて笑った。
食堂のざわめきの中で、その笑い声は小さい。
それでも確かに、今のユダを現実に繋ぎ止めていた。
(守るって、こういうことか)
剣を振るだけじゃない。
誰かと笑って美味しいご飯を食べる、この愛おしい時間を失わないために。
ユダは皿の最後の一口を噛みしめるように飲み込んだ。
午後の訓練も、きっと地獄だ。
それでも――
(行ける)
そう思えた。
―― ―― ――
「――常世隊長」
声には重圧感といったものがあった。
今までのユダとは違う気風。
剣を携えているユダは、常世の剣を求めていた。
(言葉交わす必要はないな)
呼応するように、木剣を持ち常世は構えた。
音が消える。
だがそれは刹那的で、瞬きをすれば剣と剣の衝突音が鬱陶しくなるほど聞こえる。
――カンカン!!
「――っ!」
ユダは食らいついていた。
ほんの少し前までは、一手でなぎ倒されて気絶していた少年が、今は二手、三手と増えていっても倒れる気配はない。
(ならば次の段階に)
踏み込みが強くなり、より過酷な斬撃がユダを襲う。
こうしている内にユダは訓練最終日を迎えようとしていた。
その時、常世の視線はユダ以外に向いていた。青い残像を見逃す程常世の魔力感知は弱くはなかった。




