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壮大な世界の物語~絶望の果てで、少年は勇者になる~  作者: おう
アアル王国編

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第一章第二十五話『ディアブロ』



 「ちっ、もう処刑のときか……?」

 

 ユダがそこに入った瞬間、粗末な牢の中央──『アアルの目』の長として拘束されている男が顔を上げた。ディアブロは微笑むでもなく、ただ諦念の滲んだ声で呟いた。

 場所はギルド本部の地下、つい先日まで特務部隊隊長サミュエルが拷問を行っていた場所だ。 正直、気味が悪く吐き気がするが、それが今後の展開を考えてのものか、それともこの場所がいけないのかは分からない。


 「ディアブロ……」

 

 先日殺し合った──いや、蹂躙された相手の名を呼んでも、ユダの心は静かだった。巨悪を前にしても、怒りは沈殿し、代わりに冷たい波が胸を満たしていた。

 ユダは黙ってディアブロの目隠しを取る。


 「へぇ……てっきりアアル騎士団の人間かと思ってたが、こりゃ意外だな」

 「そうだな」

 「で、なんでお前みたいなガキがわざわざ俺のところに来た? 死に際の相手が美人の姉ちゃんじゃなくて残念だったって言いてぇのか?」


 軽口を叩くディアブロ。拘束されてもなお、この男は“底”が見えない。


 「簡単だ。お前と話をしに来た」

 「はっ、そいつは愉快だな。死ぬ間際の俺の相手が、お前みたいな坊主だなんてよ。爆乳のお姉さんに替えてくれねぇ?」

 「俺以外、誰もお前と話したいなんて思わないさ」

 

 ディアブロは肩を竦める。

 

 「じゃあ聞くがよ。てめぇこそ、なんで不快な思いしてまで俺と話す? 悪ぃが『大罪教』の情報なんて出さねぇぞ」

 「わかってる」


 ユダは一歩踏み込んだ。

 

 「どうしてテロを手伝った?」

 

 冷えた空気が落ちる。

 

 「……答えは変わらねぇ。金が欲しかったからだ」

 

 期待していなかったはずなのに、確固とした返答にユダの眉は深く寄った。


 「苦しみを考えなかったのか? 誰かの幸せを奪う未来を想像しなかったのか? 背負いきれない十字架を──」


 「……」


 「黙るな。答えてくれ」

 

 ユダが語調を強めると、ディアブロは一度、浅く息を吐き……そして初めて、目の奥に僅かな陰を宿した。

 

 「考えたさ。考えて……考え抜いた結果、『大罪教』に頼るしか方法がなかった。しょうがねぇなんて言わねぇが……俺にはそれしかなかったんだよ」

 

 それはユダの想像とは違う“弱さ”だった。


 ── ── ── 


 (存外、ユダ君は理性的だな)


 息を殺し、この部屋にいないものとして存在感を消していた常世は、一連の流れを見てユダの成長を感じた。

 当初、ユダの口からディアブロと話したいとの希望が出た時は、彼が何をするのか分からないということから許可をするつもりはなかった。しかし彼のテロを手伝った悪の行動理由を知りたいといった熱意、それに根負けしたわけだ。

 

 (彼が暴挙に出てないようにこうしているわけだが、俺の出番はなさそうだな)


 それはディアブロを傷つけたくないというわけではなく、ユダの手をこんな所で汚たくして欲しくないという師としての思いやりだ。


 (捕縛作戦はユダ君を大きく成長させる一助となったか...これなら俺が消えた後でも大丈夫だろう)


 常世は改めて確定した未来を思い出す。そしてその中に強く成長したユダがいることに酷く安心するのだった。




 ─── ── ── 




 「精々頑張れよ『勇者』。」

 「どこでそれを?」

 「ふっ、傲慢の罪人から聞いたぜ。お前の魂にくっついてる『権能』、『管理者』の座を巡る戦いのことも。」


 彼は毅然とした態度で答えた。そして続けて


 「お前が世界をどうするかなんて心底興味ないが、俺みたいにはなるなよ。自分の命運を成り行きに任せるとんだ阿呆には」


 自嘲しながら言ったディアブロの言葉をユダは嚙みしめながら、静かにうなづいた。彼はそれだけで満足だったのか、目をゆっくりと閉じていきながら浅い呼吸をした。

 ディアブロが静かに言葉を紡ぐ。 


 「俺が...ディアブロとして言いたかったことはもう終わりだ。それじゃぁ後は任せたぜ。『傲慢』!!」

 「ぇ?」


 途端、空気がガラリと変わった。それも悪い方向に。

 彼の体内から黒い魔力が溢れ出た。以前訪れた『学術区』で感じたどす黒い魔力、否、それをより高めたものだ。

 ユダを飲み込もうとするように、大きな波乗のような形をつくってユダを襲った。


 「ユダ君!!」


 常世の声が響いたが、それも『黒』にかき消された。


 「がぁっぁgぁlがlgぁぁ!!」

 

 (痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!)


 突き刺さる。

 無数の針が。

 チクリ、チクリといった生易しいものではない。体の奥に、魂まで刺さっているような言語しようがない苦痛だ。


 「意識をしっかり持てユダ君!! 今見て君が感じていることは現実世界のものではない! 君が強い意識をもってすれば払うことができる!!」


 (って言われても!!)


 「貴様のような勇者など誰も求めていないのだ。皆が求めているのは救世することが可能なほどの強大な力をもった勇者。故に」

 

  価値なし価値なし価値なし価値なし価値なし価値なし


 嫌な声が、言葉が頭を反響する。それはリン、アルス、フェリスといった友人、恩師である常世や自分を救って道を示してくれたアルデバランと声の主を変えてユダを否定していく。

 

 「クソクソクソクソ!! 否定するなよぉ...失望するなよぉ...」

 「命をかけて繋いだ先がお前のような弱く力を持たないものだったのだ。当然の帰結だろう」


 形を作った黒い霧は耳元で囁いた。

 耳を塞いで、自分を世界から断絶したい。けど叶わくて、自分が深く沈んでいくようだった。


 (溺れそうだ) 


 『弱い者同士助け合おう。 お互いのことが大切なら、二人で守り合おうよ。 今の私たちは弱い、全部を守ることなんてできない。だけど、二人で守ることくらいはできるはずだから』


 このまま意識が深い暗闇に落ちそうになった時、一筋の光が見えた気がした。


 「無価値、無意味、無力、無能」

 「うるせぇ!! 黙れ!!」


 絶えずユダを否定する『黒』の言葉、それをユダは精一杯の勇気で根絶した。


 「誰が俺のことを誰も求めていないだ。そんなことはないんだよ!! 生憎、俺に

は俺のことを必要と言って、守りあおうって約束してくれたリンがいるんだ!! だからお前の言葉はまやかしだ!!」


 思い出した。

 リンがユダにかけてくれた言葉。それは欺瞞でも優しい『噓』でもない。彼女の紛れもない真意だった。それだけではない、『勇者』であるユダが権能者達の戦いで有利になれるようにギルドという組織を成長させてアルデバランも、紛れもなくユダを求めていたはずだ。

 その求めに答えるには確かにユダは弱いかもしれない。だが求めていたのは

 故にユダは...

 

 「まだ終わらないんだ!! だから俺をそれで鬱陶しく縛るな!!」


 体の奥底から否、魂から出る力を遺憾なく発揮し、黒の魔力をユダは弾き飛ばした。当たりを覆っていたそれらは散り、ユダの意識は現実に戻った


 「ユダ君...」


 名前が囁かれた。

 視界の先には男がいるが、目がぼんやりとしていて輪郭しか感じられない。

 目を2、3回ほど開閉すると、像ははっきりとなり、男の名前も自然と出た。


 「常世隊長。ディアブロは...」

 「死亡を確認した。だが案ずるな、今回君は一切、ディアブロの死に関与していない。だから何も思うな、今は休め」

 

 優しい噓だなと、朧気な意識の中で思う。きっとディアブロは最後にユダの命を奪おうとして、

 だかたディアブロはユダのせいで命を断ったのだ。


 (常世隊長の言葉に甘えて、考えるのはやめよう)


 「よいしょ」

 「大丈夫か?」

 「ええ」


 安堵の息を常世は漏らした。こんなに心配してもらって申し訳なさを覚える。 

 

 「俺はギルドマスター報告に行く。ユダ君は念のため医務室の方に行ってマナ副隊長に見てもらえ」

 「そうします。俺はここで失礼します」


 これ以上彼といたらもっと心配され、自分の心臓が持たない気がしたので、ユダは足早に地下室を後にした。

 地下室に数時間程滞在していたせいで、ユダの翡翠色の目に映った残ざめく太陽はいつもより表情が明るく見えるのだった。




 ── ── ──




 ──やはり、面白い。


 薄暗い祠の奥で、傲慢の罪人は静かに目を開いた。

 遠く離れたギルド本部の地下。ディアブロに渡しておいた自身の魂の残滓が、今、完全に消失した。その消え方が実に見事だった。


 魂は本来ひとかたまりだが──

 強い魔力、特別な能力、極端な感情などの影響で魂の一部が意図的無意識に剥がれ、

独立した存在になることがある。それが『魂の残滓』。


 魂の一部ということで魔力を、それに魂の道で浄化されるはずである『記憶』や『意識』を持った実態を持たない分割人格というところだろうか。

 今回はディアブロの肉体にこの魂の残滓を植え付け、ディアブロに勇者と接触しだい残滓に肉体の所有権を渡すよう命令した。  


 「破られたか……勇者に」


 そしてその残滓が破れたということはディアブロも死亡したということだ。

 声は低く、愉悦すら含んでいた。

 ディアブロは駒に過ぎなかった。

 器の限界も、精神の脆さも、すべて理解したうえで使った。

 だが──


 (残滓によるあの魔力を、振り払ったか)


 傲慢の罪人は目を細めた。

 勇者とは、強大な『力』と『意思』を持ち、世界を変える存在だ。現に先代の勇者はそういう面では『最強』であった。

 そういう意味では──


 (及第点だ)


 傲慢の罪人魂の残滓。それにおける黒い魔力の侵食は、魂を折るには十分過ぎる代物だった。

 それを精神一つで打ち破り、逆に跳ね返した。

 想定外の結果に心が少しばかり沸いた。今代の『勇者』も捨てたものではないと。


 「しかし俺が楽しみにはまだ早い」


 罪人は立ち上がり、周囲の闇を揺らす。

 床に刻まれた魔法陣が淡く光を帯びた。


 「ディアブロの魂は潰えた。もうじきアアル王国に仕向けた内通者の魂も潰えるだろう」


 アアル王国に仕掛けた駒は壊れた。そして権能者であったユダの奪取にも失敗した。だがそれでも計画の大枠は変わらない。

 大罪教には紡ぎあげてきたものがまだあるのだ。


 「ギルドに『勇者』が渡ったのならこちらも本格的に動き出そう」


 それは実質的なギルドへの宣戦布告。

 今までの小競り合いではなく、本格的にその動きを潰し、管理者の座を廻る戦いを終わらせる宣言であった。

 その為にも。


 「転生を果たした『大罪者』を探すとするか」


 ギルドに勇者が必要なら、大罪教には大罪者が必要だ。


 「『傲慢の罪人』...いや、権能者の一人にして『支配者』ルシファー。大罪者との盟約にしたがい、その魂を必ずや探しだそう」


 『勇者』、『大罪者』、『観測者、『支配者』の四つ権能者、その一角を背負う 『支配者』ルシファーは今後の展開を予想して、唇を釣り上げるのだった。



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