第一章第二十三話『屋上』
「なぁユダ知っているか?」
翌日、アルデバランに屋上に呼び出されてやってくると、風が靡く中王都の街並みを哀愁漂う姿で見ているアルデバランに問いかかけられて、ユダは少しの間言葉を出せなかった。
「何がですか?」
「魂循環の仕組み。肉体が死んで魂が魂の道を通り、別の肉体に宿るってのは常識だ。けどそれには約百年かかるんだ」
魔力を持っている存在は全て魂を持っている。そして肉体を失った魂が、次の生へ向かうまでに魂についた記憶や意識を浄化するために必ずある道を通過する。 それが魂の道である。
その魂の道の存在は皆が知っているし、自分が死んだら魂の道を通り、浄化された後に新たに産まれた肉体の元に向かうことは、魂に刻まれた実感だ。
だが魂の浄化に百年の時間がかかることは
「初耳です…」
「ははっ! そうだろうな。だって普通知り合いが死んでから100年も生きられない。確かめる術なんてないさ。けど俺はこの事実を知っている」
アルデバランは口では愉快そうにしていたが、その瞼の奥には悲哀が感じられた。
ユダは唾を飲みながらアルデバランに問うた。
「どうしてですか?」
「俺は百年以上生きている。魂に『聖獣』フェニックスを宿して、不老不死になっているからだ」
「っ!?」
衝撃の事実にユダは瞠目した。
『聖獣』五大国が五大国である所以。五大国のそれぞれの国を守る役目を持った守護者のような魔獣。
それぞれの国の高魔力領域である『聖域』にいる。
目的はその国の守護。
「聖獣様がギルドマスターの魂に…」
にわかにどころか、大いに信じられない話だ。これまでも彼から見た目以上の大人びた姿を見たことがあるけれど、それを聖獣とくっつけるのには思考が飛躍しすぎだ。
「信じられないよな。見ててくれ」
そうアルデバランが言うと、彼は掌の上に、そこに収まる炎を出した。
「アアル王国を守る聖獣フェニックス。その能力は知っているよな?」
「不老不死に炎…」
何度も御伽噺で聞いてきたのだから、ユダは自然と口に出した。アルデバランは「御名答」と唇を吊り上げ、その炎を自身の左手に落とした。
肉が燃える音にユダは顔を引き攣らせる。アルデバランも見るも無惨な姿になり、重い音を奏でながら床に落ちた。
「ひぃぃ!!」
「ほら治った」
目を逸らしてたが、アルデバランに見るように言われて、隻腕になったはずのアルデバランを見た。
「は…?」
確かに治っていた。
これがアアル王国を守る聖獣フェニックスの能力。炎と不老不死なのだろうか。
「これで信じてくれ。本当はフェニックスを魂から出して証明したいが、そうするとフェニックスに代わってもらっている100年分の怪我と老いが一気に来て死んでしまう。だから信じてくれ」
アルデバランの声色は普段と違って低かった。恐らくこれが彼の本性なのだろう。ギルドマスターという仮面を、道化を演じていない本当の彼。
完全に信じるというのははっきり無理な話だ。だからといって噓っぱちと否定できない。
「取り敢えず信じます…」
「…そうか、ありがとう。俺も惰性で100年生きている訳じゃない。目的が宿願があってそのために生きている。そしてその宿願を果たすために、お前をギルドに誘った。…すまないが、俺の話を聞いてほしい」
アルデバランは頭を下げた。
ユダは喉を震わせながら、こう答えた。「ギルドマスターの話を聞かせてください」と、それは勇気ある答えだった。
「俺の宿願はたった一つ、管理者の座を巡る権能者同士の戦い。それに『勇者』であるお前を勝たせることだ」
(管理者、権能者…)
それらの言葉を舌で転がす。震える指先を隠すために、あえて言葉を繰り返した。頭の中で整理しようが、2つとも聞いたことのないものだった。
「管理者、権能者ってなんですか?」
「⋯まずは権能者について説明しようか。権能者は権能を魂に宿した者たちのことだ。権能は四つ。観測者、支配者、大罪者、そしてユダ、お前のことである『勇者』だ。魂の道で転生を果たしながら、千年前からこの権能者は存在している。」
(千年⋯)
自分にその重みがのしかかっているのだ。
「そして権能者がすべきことはただ一つ。他の権能者達を殺して権能を奪い、四つの全ての権能を集めてこの世界の神である『管理者』になることだ。それが今の管理者が次代の管理者を選定するために取った選別法」
「じゃぁ俺の前世も、その『管理者』になるために他の権能者と殺し合いをしたってことですか!?」
「あぁ、そうなるな」
「っつ!!」
ユダは奥歯を噛み締めた。
千年続く殺し合いの歴史。その血塗られたバトンを、いま自分が握らされている。どうして俺がという思いがユダを支配する。
「どうして、どうして!!」
「⋯考えなかったのか。どうしてお前があのテロで生き残ったのか、どうしてユダがいるアアル魔力大学がテロの狼煙の地として選ばれたのか」
アルデバランの言葉に今までの散らかっていたピースがはまろうとしていた。
大罪教によって行われたテロ。
不自然に生き残った自分。
権能者に管理者。
そして大罪教が信仰する大罪者と、権能者の一人である大罪者の名前が同じなこと。
ユダの顔が真っ青になっていく。
アルデバランはユダの考えを察したのか、
「お前の前世。先代の勇者。そして大罪教を作って自分を崇めさせた先代の大罪者。二人は戦い、そして同時に死亡した。だから権能の譲渡は起きなかったし、正常に魂の道を通って記憶や意識を洗浄し、新たな肉体であるお前に勇者の権能を持った魂が宿った」
「⋯⋯お前の察した通り、大罪教の連中が大学を焼いたのは、単純な虐殺が目的じゃない。奴らが神と仰ぐ『先代の大罪者』の再来を確信したからだ。魂の道を通って、100年ぶりにあの日死んだ権能者が戻ってくる。奴らの探知に引っかかったのが、お前だった」
アルデバランが最初に言った、魂の道を通って転生を果すには100年の時間がかかるという話もここで繋がってくる。
「じゃあ……俺が……」
「ああ、皮肉なもんだな。奴らが跪くべき神を求めて引き金を引いたその場所にいたのは、かつて自分たちの神を殺した仇敵――『勇者』の魂を宿したお前だったんだからな」
世界が、音を立てて反転していく感覚にユダは眩暈を覚えた。
屋上を吹き抜ける風が、やけに冷たく感じられた。
王都の喧騒はいつも通りそこにあるはずなのに、今のユダにはまるで別世界の音のようだった。
「……じゃあ、俺は……最初から狙われていたってことですか」
声が、自分のものとは思えないほど乾いていた。
アルデバランは否定も肯定もせず、ただ静かに頷いた。
「正確には“魂”だな。お前自身ではなく、お前の中に眠る勇者の権能が、だ」
「ふざ……けないでください……」
拳が、無意識に震える。
怒りなのか、恐怖なのか、それとも逃げ場を失った絶望なのか、自分でも分からなかった。
「俺はただ……普通に生きてただけ何です……! 大学に通って、友達がいて……それだけだったのに……!!」
吐き出すように叫ぶと、胸の奥が焼けるように痛んだ。
あの日の炎。瓦礫。悲鳴。
思い出したくもない光景が、鮮明に蘇る。
行き場のない感情は怒りとしてユダを支配した。
「俺を助けたのがその戦いに俺を踏み入れさせるためだったら!! 俺はあの日、貴方に助けられず死ねば良かった!! どうして俺を助けたアルデバラン!?」
ユダはアルデバランの胸倉をつかみながら激怒した。
「――俺は後追い星なんだユダ」
彼の口から出た台詞はまるで諦めで、言い訳のようなものだった。
「俺は、百年前俺を救ってくれた勇者の背中を追うしかなかった」
「おかしいですよ…貴方は」
怒りは消え、ユダはアルデバランの狂気の一部分に触れた気がした。
「あぁ俺はおかしいよ。たった数か月過ごしただけの人に救われ、魂の道を通って転生を果たした、ただの少年だったはずのお前を巻き込もうとしている」
アルデバランはゆっくりと語りだした。
「俺はリンとお互いと守り合うために戦うお前の在り方を否定しない、けど一つ言わせてくれ。もしその時が来たのなら、大義のために他の権能者達と戦ってくれ」
「断言なんか出来ないです…」
確かにユダは勇者になりたいと傲慢ながら思った。
しかしユダが羨望していた勇者は、おとぎ話で出てくるような強くて大勢を守る存在だ。悲しいかな、ユダは『管理者』という座のために他者を傷つける勇者だったのだ。
「くそがぁ…」
ユダが吐き捨てた言葉は、冷たい風に流され、王都の喧騒に吸い込まれて消えた。
アルデバランはそれ以上、何も言わなかった。ただ、胸倉を掴んでいたユダの手が力なく離れるのを、憐れみとも共感とも取れる瞳で見つめていた。
ユダはふらつく足取りで屋上の出口へと向かった。背中に受けるアルデバランの視線が、焼けるように熱く、そしてひどく重い。
階段を降り、ギルドの喧騒の中をすり抜けて表に出る。 行き交うギルド隊員の笑い声や、馬車の車輪が石畳を叩く音が、今のユダにはひどく遠い世界の出来事のように感じられた。
(……俺が、勇者?)
その言葉が、頭の中で何度も反芻される。 救いなどではない。それは100年前の血みどろの因縁から引き継がれた、呪いの名前だった。
気がつくと、ユダの目の前にリンがいた。場所やギルドの渡り廊下。ユダのいる場所には日が当たらず影ができていて、リンがいる場所は太陽の光が眩く写っている。
目の前に立つリンの顔が、ひどくぼやけて見えた。 心配そうに眉を寄せ、瞳でじっと自分を見つめてくるその少女が、今はひどく遠い。
「大丈夫? ギルドマスターに絞られた?」
「……いや、別に。……なんでもないんだ。悪い、今は少し一人に──」
その横を通り抜けようとした瞬間。 視界が急転した。
「一人にさせないし、『なんでもない』わけないでしょ!!」
鋭い叱咤とともに、リンの手がユダの胸ぐら……ではなく、両頬をがっしりと掴み上げた。有無を言わさぬ腕力で顔を固定され、ユダの口が「あ、あふ」と情けなく歪む。
あまりに眩しい彼女の瞳を直視できず、思わず目を逸らした
「むぐ……!? ひん、なには……」
「ユダの悪い癖! 一人で抱え込んで、勝手に世界が終わったみたいな顔して! そういう時はね、甘いものを食べるにかぎりの!!」
リンは空いた片手で、腰のポーチから銀紙に包まれた「何か」を引ったくるように取り出した。それは王都の菓子屋で最近評判の、バターと砂糖をこれでもかと凝縮した超高カロリーな『特製ヌガーキャラメル』だった。
「ひん、ま……むぐっ!?」
抵抗する間もなかった。 リンは強引にユダのこじ開け、その塊を容赦なく奥までぶち込んだ。
「どう? 美味しかったでしょ?」
天使の笑顔でリンが聞いてきて、反射的にユダは首を大きく縦に振った。彼女の食べさせ方は中々にあげつけなかったが、お菓子自体は大変美味だ。暴力的なまでの甘みは疲れているユダに大きく癒やした。
「甘すぎ⋯けど美味かったよ」
「そう、なら良かった! それで少しだけ落ち着いた? さっきまで死にそうな顔をしていたけど?」
リンの言葉にユダは自分がさっきまで思い悩んでいたことを思い出した。どうやらリンの横暴にユダは知らずに救われていたらしい。
「あぁ、リンのお陰で落ち着いたよ」
「無理強いはできないけど、もし良かったら何があったかを教えてくれない?」
彼女は優しかった。ユダの痛みを理解しようと、そう言った。
けど話せなかった。さっきアルデバランに教えてもらった世界の秘密を。自身の絶望を。
「ごめん。話せない⋯」
「そっか…ならこれだけは言わせて! ユダには私がついてる! そして私にはユダがついている! だから何があっても私達二人は大丈夫だよ!!」
爛漫な笑顔で最も言われて嬉しい言葉をリンは言った。
「ありがとう⋯本当に、そう言ってくれてありがとう⋯」
そうだアルデバランも言っていたじゃないか。
俺はリンとお互いと守り合うために戦うお前の在り方を否定しないと、ユダは今のままでいいのだ。リンと互いに守るために戦うだけで。
「……リン。そのキャラメル、まだあるか?」
「え、美味しかったの?」
「いや、次は俺がお前の口に突っ込んでやる!!」
「生意気! 百年早いよ!!」
(この日常を守るために、今はただの少年でいさせてくれ)
―― ―― ――
アアルの目捕縛作戦は終わった。だがユダにはまだやることがあった。
「常世隊長!! ディアブロと話させてください!!」
それはアアルの目の長であるディアブロとの対話であった。




